第20話:近隣領主との出会い
開拓から二ヶ月目に入った頃、ノヴァテラに初めての正式な訪問者が現れた。
その日の朝は、いつもより少し肌寒かった。秋の気配が、少しずつこの地にも訪れ始めている。窓の外では、木々の葉が黄色く色づき始めていて、風に揺れるたびに、まるで金色の蝶が舞っているかのような美しさを見せていた。
「レン様、お客様です」
シャルロットが、少し緊張した面持ちで書斎に入ってきた。その表情には、いつもの落ち着きとは違う、どこか警戒するような色が浮かんでいる。
「お客様?」
「はい。隣接領地の領主、ヴォルフ男爵が訪問なさったとのことです」
ヴォルフ男爵——その名前は、以前シャルロットから聞いたことがあった。隣接する領地を治める貴族で、あまり評判の良くない人物だと。
「分かった。応接室に通してくれ」
「かしこまりました」
シャルロットが去った後、俺は少し考えた。隣接領主との関係は、領地運営において重要だ。できれば友好的な関係を築きたいが、相手次第では難しいかもしれない。
応接室に向かうと、クレアが廊下で待っていた。
「レン、気をつけろ。あの男、あまりいい噂を聞かない」
「分かってる」
クレアは、剣に手をかけている。何かあればすぐに動ける体勢だ。その姿勢が、まるで獲物を狙う獣のような緊張感を纏っていた。
応接室の扉を開けると、そこには一人の中年男性が座っていた。
太った体格に、派手な服装。顔には傲慢さが滲み出ていて、その目は値踏みするように俺を見つめている。まるで、商品を査定する商人のような、冷たく計算高い視線だった。
「初めまして。レン・タカミです」
俺は、丁寧に一礼した。
「ふん」
男は、鼻を鳴らすだけで挨拶を返さなかった。その態度は、明らかに俺を見下している。
「私は、ヴォルフ・フォン・グライツ。隣接領地の領主だ」
ヴォルフは、ふんぞり返ったまま答えた。
「よくぞお越しくださいました」
俺が席に座ると、ヴォルフは改めて俺を見た。
「辺境の新参者が...と思っていたが、まあ、若いな」
その言葉には、明らかに侮蔑の色が込められていた。
「で、何の用でしょうか?」
「単刀直入に言おう」
ヴォルフは、腕を組んだ。
「お前の領地、我が領地に併合したらどうか?」
その言葉を聞いて、俺は内心驚いた。だが、表情には出さない。
「それは...どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。お前のような若造に、領地運営など無理だろう。私が面倒を見てやる」
ヴォルフの言葉は、まるで施しをするかのような傲慢さに満ちていた。
「お断りします」
俺は、即座に答えた。
「...何?」
ヴォルフの顔が、一瞬で険しくなる。
「私は、この領地を自分で治めるつもりです」
「お前、私の提案を断るのか?」
「はい」
ヴォルフの目が、怒りで燃え上がった。
「...いいだろう。後悔するなよ」
ヴォルフは、乱暴に立ち上がった。
「この辺境で、私の助けなしにやっていけると思うな」
そう言い捨てて、ヴォルフは応接室を出ていった。その足音は、まるで地響きのように重く、怒りを露わにしていた。
扉が閉まると、クレアが入ってきた。
「聞いていたぞ。あの男、最低だな」
「ああ。だが、ああいう人間は珍しくない」
シャルロットも、心配そうな表情で入ってきた。
「レン様...あの方を敵に回して、大丈夫でしょうか?」
「心配するな。俺たちには、力がある」
「でも...」
「貴族社会では、よくあることなんだろ?」
俺がシャルロットに尋ねると、彼女は少し考えてから頷いた。
「ええ...弱小領主が、強い領主に併合されることは、珍しくありませんわ」
「だが、俺たちは弱小じゃない」
「...その通りですわね」
シャルロットは、少しだけ安心したように微笑んだ。
レイラも、廊下から顔を出す。
「聞いたよ、相棒。あの男、商売の邪魔されたら困るな」
「大丈夫だ。何かあったら、対処する」
「頼もしいね」
レイラは、豪快に笑った。
その日の午後、今度は別の訪問者が現れた。
「レン様、またお客様です」
シャルロットが、今度は穏やかな表情で報告してくる。
「今度は?」
「エリス子爵です。こちらも隣接領地の領主ですが...先ほどの方とは違い、評判の良い方です」
「そうか。では、お会いしよう」
応接室に入ると、そこには一人の女性が座っていた。
三十代半ばくらいだろうか。落ち着いた雰囲気を纏い、知的な印象を与える。黒髪を後ろで結い、深緑のドレスを着ている。その姿は、まるで森の賢者のような、穏やかで優雅な気品に満ちていた。
「初めまして。レン・タカミです」
「初めまして。エリス・フォン・アルトハイムです」
エリスは、穏やかに微笑みながら立ち上がり、優雅に一礼した。その仕草には、貴族としての品格がありながらも、堅苦しさはなかった。
「よくぞお越しくださいました」
「いえ、こちらこそ。以前から、噂は聞いておりました」
「噂...ですか?」
「ええ。短期間で領地を発展させた若き領主がいると。興味がありまして」
エリスは、俺を見つめた。その目は、値踏みするようなものではなく、純粋な興味と好意に満ちていた。
「お恥ずかしい限りです」
「いえ、本当に素晴らしいことです。私も、この地を訪れる途中、整備された街道を見て驚きました」
エリスは、本心から感心しているようだった。
「実は、お願いがありまして」
「お願い...ですか?」
「ええ。交易をさせていただけないでしょうか? 私の領地は、商業が主な産業なのですが、新しい取引先を探しておりまして」
「交易...」
俺は、少し考えた。エリスの領地と交易できれば、ノヴァテラの経済はさらに発展するだろう。
「もちろん、喜んで」
「本当ですか!」
エリスは、嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとうございます。では、詳細は後日、改めて話し合いましょう」
「はい」
エリスは、立ち上がった。
「それと...もう一つ」
「何でしょう?」
「もし、困ったことがあれば、いつでもご相談ください。私で良ければ、協力いたします」
その言葉には、嘘偽りがなかった。エリスの目は、まっすぐに俺を見つめている。
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ええ。では、また」
エリスは、優雅に一礼して応接室を後にした。
エリスが去った後、クレアが入ってきた。
「あの女性、いい人そうだったな」
「ああ。信頼できそうだ」
シャルロットも、安心したように頷く。
「エリス子爵は、貴族社会でも評判の良い方です。彼女と友好関係を築けるのは、大きな利点ですわ」
「そうか」
レイラも、満足そうに笑う。
「交易相手が増えるのは、嬉しいね。あたしも、早速商談の準備をしよう」
その夜、俺は五人を集めて今日の出来事を報告した。
「ヴォルフという敵対的な領主と、エリスという友好的な領主...か」
リリエルが、冷静に分析する。
「興味深いな。政治的な駆け引きが始まったということか」
「そうだな」
ミーナは、少し不安そうだった。
「ヴォルフって人、怖そう...」
「大丈夫だよ、ミーナ。レンがいるから」
レイラが、ミーナの頭を撫でる。
「でも、気をつけないとな」
クレアが、真剣な表情で言う。
「あの男、何をしでかすか分からない」
「そうね。警戒は必要ですわ」
シャルロットも、同意する。
「でも、エリス子爵が味方になってくれたのは心強いわ」
「ああ。これから、もっと慎重に動こう」
俺は、五人を見回した。
「でも、怖がる必要はない。俺たちには、力がある」
「その通りだ」
クレアが、力強く頷く。
「私たちは、この領地を守る」
「ああ。みんなで、守ろう」
五人が、決意に満ちた表情で頷いた。
窓の外では、月が綺麗に輝いている。その光は、まるで俺たちの未来を照らすかのように、優しく穏やかだった。
これから、様々な試練が待っているだろう。敵対する領主、政治的な駆け引き、そして予期せぬ困難。だが、俺たちは負けない。
この領地を、必ず守り抜く。
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