最終章 幸せの新しい定義
エリシアは「エル」として、フィンと共に旅を続ける道を選び取った。
彼らは、旅先で得た古書の翻訳と出版を事業として始めた。フィンは、知識の源となり、エリシアは、貴族時代に培った緻密な事務処理能力と経営能力で、フィンの散漫な天才を支えた。
事業は成功を収めた。古代の叡智を分かりやすく現代語に訳した彼らの本は、多くの読者に熱狂的に受け入れられた。
エリシアの頬には、かつての貴婦人のような緊張した美しさではなく、自由と充実感に満ちた、穏やかな笑みが浮かんでいた。彼女の指先は、今でも縫い物には不器用だったが、古代語の文字を正確に写し取る作業には、誰よりも優れていた。
ある日、エリシアはフィンに尋ねた。
「私たちは、結局、結婚しないのですね」
フィンは、新しい書物の表紙をデザインしながら、顔を上げて答えた。
「結婚? それは、二人の人生を一つの家に縛り付けるための契約だ。私たちはすでに、一つの魂の目的、知識への探求によって、世界という名の屋根の下で結ばれている。これ以上の誓いが必要かね?」
エリシアは静かに微笑んだ。彼の言葉は、彼らの関係性の本質を突いていた。彼らの間にあるのは、社会的な契約や、熱狂的なロマンスではなく、何物にも代えがたい深い信頼と、魂の共鳴だった。
エリシアは、フィンというかけがえのない異性の親友と共に、誰にも縛られず、真の自分として生きる人生を選び取った。
追放は、彼女を奈落の底に突き落としたが、同時に彼女を最も自由な世界へと導いた。彼女は、遠い地平線を指し示すフィンの横顔を見つめながら、悟った。
幸せとは、与えられるものでもなく、公爵夫人の地位でも、完璧な宝石の輝きでもない。それは、親友と共に、自分の足で踏みしめて歩く、毎日の道そのものなのだと。
そして、彼らの旅は、これからもずっと続いていく。知恵と自由という、二つの光を抱えて。




