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間章

 外を吹く風は冷たく、その一部は戸を震わせ寝屋にまで入ってくる。

 乾いたそれは火を揺らし、体を冷やし、魂まで凍えさせるようだった。

 斑鳩宮で皇子は床に就き、死を目前にしていた。

 妻も逝き、母も逝き。

 皇子自身も病魔に倒れた。

「ああ、来世では妻にまた会えるだろうか」

 皇子が悲しみの声を上げた時だった。

 空気がのしかかるような重さになった気がして、あまりの息苦しさに咳き込む。

 人を呼んだが誰も応えない。まるで世界が孤立したようだった。

 と、戸が開かれ、一人の男が入ってきた。

「……お師様!?」

 かつて幼い皇子に仏法を説き、慈悲を示してくれた師がそこにいる。それも、かつてと変わらぬ姿で。

「幻……」

 生きているはずがない。よしんば生きていたとしても、あの時と変わらぬ姿でいるはずがないのだ。

 師は皇子の横に膝をつくと、身体にかけた布を整えた。

 そして、静かに経を上げ始める。

 

 それは、かつて共に並んで上げた、あの経そのものだった。

 

「ああ、お師様……。ありがとうございます……」

 

 屋敷の者が皇子の様子を見に訪れた時には、すでに息を引き取った後だった。

 しかしその顔は、病にあったとは思えないほど安らいでいた。

 

 

 数え切れない程の卵、その一つからその魚は生まれた。

 共に生まれた兄弟たちは、しかし少し泳ぐ間もなく他の魚に呑まれて死んだ。

 自分は運が良かったのだ。

 金色の瞳を持つその魚は、急な流れを誇る川を住処に方方を泳いでいた。

 水底には水草が踊り、時折蟹が石の影に隠れる。

 降り注ぐ陽に暖まった水が岩に当たり、弾けた飛沫も見えるほどに水面に近づく時もあった。

 時折他の魚が鳥に攫われる事もあったが、自分はそこまで迂闊ではないと思っていた。

 時が移ろい、子供も卵から孵り、流れを泳ぐ姿も見届けた後のこと。

 水面に虫が叩きつけられ、そのまま眼前に沈んできた。

 愚かな虫が葉から足を滑らせたのだろう。

 魚は迷わずそれに食いつき、水底に引きずり込もうとした。

 しかし、その抵抗は思いのほか強かった。いや、違う。

 

 口に鋭い痛みが走り、体が水面に向かって引き上げられる。

 

 身を捩って抵抗したが、それは意味をなさず、ついに水から上げられ空気にさらされる。

 息ができず、口を大きく開け、閉じ、開けた。

「見ろよこれ、大きいぞ!」

 魚を捕らえたのは、川の中から時折見かけた動物だった。

 

 ヒト。

 

 魚の頭に、何かが形作られようとしたが。

「うわっ、こいつ目が光ってる!」

 妖しいものに触れたかのように、その動物は魚を地に叩きつけた。

「川の神様に祟られるんじゃないか? 今日はもう帰ろう」

 そしてそのまま去っていってしまった。

 

 取り残された魚は、もう跳ねる力すら残っていなかった。

 空気はゆっくりと命を削っていき、苦しみながらその金色の瞳を持つ魚は干からびて、死んだ。

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