音無き落道
それからまた年月は移ろい、夏に汗を流し、冬は凍えて日をありがたがる。
そういった営みをいくつ超えた先のことだっただろうか。
馬子が身なりの良い稚児を連れ慧輪に引き合わせた。
「慧輪、皇子の事は知っておろう? 本日よりお前に皇子の師僧となってもらいたい。都では上宮だの厩戸だの豊聡耳だの大仰な名で呼ばれているが、お前の好きに呼ぶがよかろう」
そうして馬子は皇子に向き直る。
「皇子よ、いずれお前は大和を背負って立つ身。慧輪を師僧と敬い、良く従い、聞き、聡くなれ。仏法に明るくなれば、それ即ちお前の先行きも明るくなろう」
皇子は馬子に頭を下げた。
「承知仕りました、馬子様」
それから慧輪に向き直ると深く頭を下げる。
「本日よりよろしくお願い申し上げます、お師様。まだ何も分からない愚かな子ではありますが、懸命に学んでまいりたいと思います」
大王の血を引くだけでなく、本人がとても聡く、時には大人ですら舌を巻くほどだということを慧輪は耳に挟んでいた。
確かに目の前の皇子はその年に似つかわしくない智慧の宿る目をしていたが、しかし稚児らしいあどけない活発さも併せ持っている。
「こちらこそ、未だ届かぬ身で皇子の師などおこがましくはありますが、共に御仏の慈悲を学んでいきましょう」
皇子はその赤い頬を緩ませ、にっこり微笑むとまた頭を下げた。
「さあ、皇子よ。俺は慧輪とまた話があるから向こうへ行っておれ。屋敷の者には伝えているから仏堂を眺めておくのもいいだろう」
馬子がそうして皇子を払い、彼がいなくなると神妙な顔を作る。
「我が『兄』守屋のことだ」
皮肉を相当に込めて言う。
「先日百済から船が来てな、大王へ貢ぎ物としてまた仏像を持ってきたのだ。もしや阿河が手を回したのやも知れんな。そして大王はもったいなくも俺にそれを任されたのだ」
しかし、と言をつなぐ。
「守屋はそれが相当に気に食わんらしい。もともと廃仏派の物部だ、いい顔をしないことは当然だが」
「しかし大王から賜われたのであれば、物部氏とは言えいかようにも言えないはずでは?」
「何もなければな」
馬子は慧輪を見据える。力強さと、疲弊が同時に見える。
「蘇我の中で再び疫病が現れおった」
慧輪の中であの日の光景が蘇った。
次々に倒れる人々。
ただ御仏にすがることしかできなかった自分。
そして、法仁の死。
「かく言う俺もそれに襲われておる。幸いにして俺に取りついた病魔は弱く、またまだ倒れるわけには行かん」
目を光らせながら馬子が唸る。
「しかしな、守屋はこの疫病を仏を祀ったせいだという。仏像を捨てた報いだとな。燃やし、あまつさえ水路に捨てたのは父君尾輿殿であろうがと言ったら鼻で笑いおったわ」
「御仏が帰依する馬子様にそのようなことをなさるはずもありません」
「そうだとも。しかしこの件でどうも大王に何か入れ知恵をしておるようだ。俺もこうしてはおれんのでな」
馬子はそう言って仏堂から出て行った。
「近く守屋が動くやも知れん。身辺には気をつけておけ」
「勝海よ、お前さんも連名で書いてくれ」
黄で染めた衣をまとい、首や腕に飾りを多くつけた少し背の低い口ひげのある男。その口調は軽妙にして、しかし人を従える響きを持ち。
その男、物部氏の長物部守屋は木簡を横にいる男に放った。
「大王に訴えをなさるのですな」
木簡を受け取った男は、その名を守屋の横にしたためる。
中臣勝海。中臣氏の長にして大和の吏を務め、物部とも浅からぬ関係にある。
「疫病の蔓延は仏像を祀ったからだというのは明らか。大王にも進言して今度こそ仏法の広まりを止めてやるさ。それにな」
守屋は言を切って空を睨む。
「馬子の野心は危険だ。いずれ大王に仇なすかも知れんからな。蘇我の勢いも削いでおく必要もあるだろうな」
「古き神々の理はこちらにあります」
勝海は木簡を返すと、守屋はそれを検めた後懐にしまった。
「もちろんだ。大王も同意して下さることだろう。しかし備えはあって困るもんでもない。兵ももう少し集めておくことにしよう」
「我が方もそのように致します」
勝海がそう言って屋敷を辞すると、守屋は簡単に身支度を整えて大王の宮へと向かうのだった。
「栄元、今日は外に出て人々の声を聞こうと思う。御仏の教えだけでなく、他にも必要なものも分かるかも知れないからな」
少し軽めの僧衣をまといながら、慧輪は横にいる弟子に話しかけた。
「何も和上御自らが出向かなくとも我々が行きますのに」
「私とて元々は御仏の御慈悲を伝えに渡ってきた身。今はこのように寺主を仰せつかってはいるものの、外に出て人々と話す方を好んでいるのだよ」
「和上の言葉を聞いていると、とても百済から渡って来られたとは思えません」
栄元の素朴な言葉に慧輪は軽く笑う。
「私も時々忘れそうになる。もう大和に来てから長いからね。では少し出かけてくるよ。後のことはよろしく頼む」
「行ってらっしゃいませ」
そうして慧輪は仏堂を出、都の内外の人々の声を聞きに出かけていった。
その日は殊の外人々が良く話してくれた。
慧輪は人柄も良く、仏堂では飢えた民に施しをする事も知られており、仏法は好かぬが慧輪は認めるといった声も多いのだった。
そのような実りのある一日を過ごし、そろそろ仏堂に戻ろうかという時。
「おい和上さん! あんた、のんきに話してていいのか?」
突然都の方からやってきた男が慧輪に声を荒げた。
「と言いますと?」
「大連様だよ。大連様があんたのとこを燃やしに行ったそうじゃないか!」
「なんですって!?」
血相を変え慧輪は走り出す。
かつて物部尾輿に焼き払われた寺の残骸が脳裏をよぎった。
「ああ、そんな……。また、なのか……」
仏堂はすでに炎に包まれ、幾人かの僧は負傷し座り込んでいた。
栄元や親籃もその中の一人であった。
そして、炎を見つめながら背を向け立つ男。
「戻ってきたか」
物部守屋は振り向き、慧輪に語りかける。
「久しぶりだな、和上さん。あんたに対して騙し討ちのようなことはしたくなかったが、大王の御言葉は絶対だ」
守屋は懐から木簡を取り出し突きつけた。
「大王の御言葉を頂いている。都に蔓延りし疫病は仏法に対する祟り也。火によって清め祟りを鎮めるもの、物部に命ずる、とな。悪く思うな」
「祟りなど……。そのような事が」
「疫病が流行っているのは事実だ」
守屋が鋭く言う。
「事実がどうであれ、大王の御言葉がこうである以上俺は仏堂を、仏像を焼き払う。蘇我に疫病が発生したことを恨むんだな」
そして守屋は兵を呼び寄せると、仏堂を包囲させた。
「ちと強引ではあったがな、僧達は外に出している。安心しろ、中にもう人はおらん。だが、もし邪魔をすればこの火の中に入ることになる」
その軽妙な語りとは裏腹に、守屋の声音は有無を言わせない冷たいものがあった。慧輪の背筋が凍りつく。
「守屋!!」
突如凄まじい怒号が響き、皆がそちらの方を向く。
馬上で怒りで顔を夜叉の如きに変えた馬子がそこにいた。
「貴様……! このような狼藉、許されると思うか!」
「思うも何もすでに大王からお許しを頂いている」
守屋は馬子を指差し続けざまに言った。
「それに俺が何も知らんと思うか? 仏法に対し厳しい大王に、お前が常日頃どう思っているかを」
馬子が少したじろいだように慧輪には見えた。
「顔色が悪くなったぞ、大臣蘇我馬子。いや、病のせいか?」
「くそっ!」
馬子は吐き捨てると身を翻した。
「覚えておれよ! この報いは必ず受けてもらうぞ!」
去っていく馬子の背を、慧輪はもう言葉もなく見つめていた。
「さて、あんた達も下がってくれ。焼け残ったものがあれば捨ててこいとの御言葉でな」
守屋はそう言うと慧輪に背を向けた。
「和上……、申し訳ありません。仏像を守ることができませんでした」
そう言って涙を流す僧達に歩み寄り、慧輪はその肩に手を置いた。
「そなた達のせいではない。御仏の力も及ばなかったのだ」
炎が焦がす空を見つめ、慧輪が独り言のように呟く。
空が一瞬碧暗くなり、音が消えた気がした。
「お師様、馬子様から仏堂の事をお聞きしました」
仏堂が焼け落ちてから数日後、蘇我の屋敷で慧輪は皇子と向き合っていた。
「大変胸の痛む出来事でした。せっかく皇子に仏堂で御仏の教えをお伝えしようとしていましたのに」
皇子の澄んだ目を真っ直ぐに見て慧輪は答える。
「ですが馬子様のお計らいでお屋敷の隅をお借りすることができました。仏像もこの通り、置いていただいています。朝夕の勤めも変わらず果たすことができましょう」
そして慧輪は仏像に向かって合掌し、経を上げ始めた。
その経が揺るがせたのは、慧輪の声か仏堂の風か。
「お師様」
皇子はごく小さな声で呟いた。
「お師様のお心は、ここにありますか?」
その声は風に溶け、慧輪に届くことはなかった。
それから少しの時が経った。
蛍が川にいなくなり、日の中の風が暑さの盛りにある頃。
「慧輪、大王がお隠れになった」
馬子が再建された仏堂で慧輪に語った。
「お聞きしております」
「そうか」
そこで馬子は周りを見回し、誰もいないことを確かめてから小声で続ける。
「真を言うとな、大王は仏法に厳しく我ら蘇我の地位も危ういところであった。忌々しい物部が再び力を付けたりしてな。しかし次の大王は仏法に寛容だ。我らは滅びん。我、蘇れり、だから蘇我なのだ」
「馬子様のお力の賜物でございましょう」
「とは言ってもだ」
馬子が手を振る。
「これは秘中の秘だが、大王がお隠れになって俺は心安い思いだ。そして次の大王は皇子の御父上。さらには我が父の外孫、つまりは俺の甥になる」
「つまり新たな大王の下、仏法と馬子様が力を増す、と」
「そう思っておる。そしてそれに反対する者は大王に弓引く者となる」
馬子は口の端を上げて笑みを作る。
「先日の某の争いのように血が流れるかも知れんし、誰とは言わんが、今度は燃やされる立場になるやもな」
慧輪の胸中には、二度に渡って燃やされた仏像の姿がよぎった。
今度は物部がそのようになると?
当然それを期待も喜びもするはずもなく、彼はただ吹き抜ける風を眺めるのみであった。
新たな大王の御代になってから馬子の目論見は当たり、蘇我は力を盛り返した。
馬子は大王に積極的に働きかけ、仏法をその庇護下にあるよう願い、大王はその通りにした。
蘇百寺以来となる寺も新たな都に建造し、慧輪も引き続き寺主を務めた。
慧輪はそこで朝に夕に経を上げ、訪れる者に教えを説き、また皇子に語って聞かせるのだった。
そんなある日の夕暮れの頃のこと。
「お師様、これを」
皇子が小さな壺を取り出し、慧輪に手渡した。
「これは何でしょうか?」
「灰です」
少しためらいがちに、しかし強さを感じさせる声で皇子は続ける。
「ずっと迷っていました。お師様にお渡しして良いものかどうか。あのお話を聞いてすぐ、私は仏堂の焼け跡に行き灰を集めてまいりました。遠い西の国では、御仏の灰をお祀りしそれでもって御仏を偲ぶと聞き及びました」
「ああ、遠い昔、百済で聞いたことがあります。しかしここ大和に仏の灰が伝わることがなく、故にそれを行うこともありませんでした」
受け取った壺を、初めて見るはずのその壺を、慧輪はどこか懐かしそうに眺め懐に抱いた。
「この灰はお師様の心の在処だと思います。空はしかし無にあらず。お師様が大和で行われたことは、御仏もきっと見ておられます」
真っ直ぐな皇子の目に、慧輪は胸を貫かれるようだった。
「ありがとうございます、皇子。この灰は大切に寺に保管させていただきます。皇子に仏のお導きと加護があらんことを」
慧輪は寺の奥、仏像の傍らにその壺をそっと置いた。
「さあ皇子、こちらに。共に経を上げましょう」
そうして慧輪と皇子は並んで仏像に経を上げ始める。
瞑るその瞼の裏に、黒い炎に包まれた仏像。
僅かに揺れた経に、皇子が目を向けたことに慧輪は気付かなかった。
都に疫病が現れたのは翌年のことだった。
以前のように数多の人が倒れてゆくことはなかったが、その病魔は確実に忍び寄っていた。
「このところ馬子様は忙しくされているようですね。寺にお姿を見せることも減りました」
経を写している皇子に慧輪は話す。皇子は顔を上げて眉間にしわを寄せた。
「大王の御身体が思わしくないのです。それだけではないようですが……」
「聞き及んでいます。重い病に冒されておられると。皇子も御父上の事ゆえ、さぞ心を痛めておいででしょう。そして更には、大和において仏法がまた危難に合うかも知れない、と」
「まさに先日、そのことについて大王から召されました。寺を建て、仏像を建て、篤く祀るようにと。大和を御仏のお力で護りたいとお考えのようでした」
それを聞いて慧輪は合掌の形を取る。
「おお、御自身がお辛い時に大和と仏法を優先なさるとは。なんと御心の尊いことでしょう」
皇子は頷いて再び経を写し始めたが、その手は止まりがちであった。
「お師様、私は嫌な予感がします。この大和が二つに割れるかのような、そんな予感が」
その若者はじっとりと汗をかいていた。
日が照りつける中、長い時間を歩いてきたからだけではない。余りにも気が張り詰めているためであった。
目の前にあるのは、自分が住んでいる集落とは比べものにならない規模の都、そしてその中でも一際大きな屋敷である。
「止まれ! 何者か!」
門の両脇で矛を構えた門守が誰何の声を上げる。
「あ、あの……、物部の長様のご命令に従いやってまいりました。なんでも、兵を集めておるとか言うて……」
おずおずと言を発する若者を門守が胡散臭そうに眺める。
「……ふむ、よいだろう。物部守屋大連様が直々にお会いなさる。ここを真っ直ぐに進み、屋敷を右に折れそこで待つがよかろう」
「は、はい、ありがとうございます」
交えていた矛を解いた門守の横を抜け、若者は屋敷内の少し開けた所に歩みを進めた。
そのまま待つことしばし。高い屋敷の威圧に足が震えていた。
やがて屋敷の中から鉄で武装した兵が二人現れ、そして一人が戸を引く。
「物部守屋大連様なるぞ! 地に伏せい!」
兵の怒号が飛び、若者は慌てて膝をつく。
「遠いところから苦労したな。そう怯えるでない。俺が大和の大連、物部守屋である」
屋敷から現れた守屋は自ら先に名乗り、若者を落ち着かせた。
「何も知らない山の者なので、どうかお許しください」
「よいよい。名は何という」
若者は頭を上げ、そして名乗った。
「はい、アはここから急がずとも、日の昇ってから落ち切る前には着きます村から参りました、カワタヒの子ヤマトゥと申します」
若者ヤマトゥは少し落ち着いた様子で守屋を見上げた。
「変わった名だな。ヤマトゥよ、知っているか分からんが今都は少々きな臭い。働きに期待しておるぞ。手柄があれば褒美も出す。なにはともあれ休むといい」
守屋は左を指さす。
「兵を集めた小屋がある。そこで寝泊まりし、都にも慣れるといいだろう」
「ありがとうございます」
ヤマトゥは深く頭を下げ、守屋の指した方に向かう。
小屋には村で見るよりも多くの男がおり、それを集めるだけの力を持った守屋にヤマトゥは改めて感服するのだった。
「お、お前ヤマトゥじゃないか」
一人の若者が彼を認め声をかけてくる。いつかの時に顔を合わせ親しくなった、隣の村の若者であった。
「そう言うお前はノベコじゃあないか。久しぶりだなあ」
二人は声を掛け合い手を結ぶ。
「どこかの立派な人の墓所に土を盛った時以来か? 張り付ける石が重いと泣き言を言っていたお前が兵などと」
ノベコはそう言って笑った。
「お前こそ鳥がどいてくれないとすごすごと避けていたじゃないか。鳥も追い払えない男に兵なんて向いてないぞ」
ヤマトゥが笑いながら言い返すと、ノベコは少しだけ顔を曇らせる。
「母がな、もう長く伏せっていてな。物部様のお役に立てば褒美ももらえると聞いた。体にいいものも食わせてやれると思ってな」
彼が隣の村まで知られる親思いであることを思い出し、ヤマトゥは顔を伏せた。
「そうだったのか……。ならば長様のお役に立つ折が来るといいな」
「ああ。戦はもちろん剣も握ったことはないが、なに、いざとなればシシを相手にするようにすれば……」
ノベコはそう言って拳を握ったが、ヤマトゥは首を振った。
「お前がシシを? ウサギがいいところじゃないか」
二人はそうして軽口を叩き合いながら笑うのだった。
慧輪が皇子と語らい、ヤマトゥが守屋の兵となってから暫くの時が過ぎた。
大王の病はますます重くなり、明日をも知れぬ身となっている。
そこで大王は自らの寝屋に集まるよう群臣に命じ、蘇我馬子を筆頭に主だった一族が、そして物部守屋や中臣勝海をはじめ、大和の力ある者達が大王の下に集った。
寝屋には甘い香が焚かれ、それがかえって大王の病の重さを物語っているようだった。
「皆の者、よく集まってくれた。皆も知っての通り、我が病は極めて重く、この命長くは持つまい」
大王の細い声に、群臣は声を詰まらせる。
「おお、おいたわしや。大王、そのような事を仰ってはなりませぬ」
馬子が御床の帳より外から声を上げた。
「蘇我大臣よ、我が身体は我が一番良く分かっておる。そこで皆の意をまとめて欲しくここにこう述べる」
大王は間を置くと、その声も強く群臣に命じた。
「我は三宝に篤く帰依し、もって災いを消し去らんと願う。ついては皆、これに対しどのように行うか議を設けよ」
大王の言に馬子とその一族達は身を即座に屈めた。
「とても良き事と存じます。大王のお考えはとても尊く、その御言葉が成されますように」
「お待ち下さい!」
鋭い声が飛び、馬子達は何事かとそちらを見やる。立ち上がり声を上げたのは中臣勝海であった。
「なりませぬ。我が大和は大王のおわす前より土地の神々を崇め祀ってきたもの。若し蕃神を祀り身を屈めるのなら、必ずや天津神国津神の怒りを買いましょう!」
そして守屋もまた立ち上がる。
「大王、中臣連の言う通りかと。我らには既に身を屈めるべき神が古来よりおわします。外つ国よりもたらされし蕃神を祀るなど」
それを聞いて馬子が怒りで顔を染めた。
「大王の御言葉なるぞ! 貴様らなどは自分の位を危ぶんでの進言であろうが!」
守屋の手が我知らず剣の柄に伸びる。
「何を言う! 蕃神により大王の御心を惑わし、もって大和に災いをもたらさんとするお前こそ大王に叛く者であろう!」
誹りと嘲りが交わされ、既にいつ腰の剣を抜いてもおかしくない程に場が張り詰める。
「止めよ!」
御帳の内より叱責が飛ぶ。
「我は皆に議を行えと申した。蘇我大臣、物部大連、そちらの議とは声を張り上げて罵る事を指すか!」
直ちに群臣は平伏し、大王に服した。
「今一度我は皆に命ずる。和を以て議を行い、大和から災いを祓う道を歩め」
「仰せのままに、大王」
大王の言葉に群臣は深く身を屈めたが、馬子と守屋の間には既に消えぬ亀裂があることをその場にいた皆は感じ取っていた。




