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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
狐か狗か、はたまた狸か
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狐か狗か、はたまた狸か 其ノ参

 破壊された教室を調べることに、そう時間はかからなかった。


「これ、完全に化物……『こっくりさん』の仕業でしょうねぇ」


 亀裂が入ってしまった壁を撫でながら太宰は言った。

 シゲルも目の前にあるひしゃげた机を見て、見世物小屋での太宰を思い出す。成人男性を平手打ちのみで吹き飛ばす力を持ち、銃弾で貫かれても動き続ける。そんな男が化物の仕業だと言うのであれば、きっとそうなのだろう。

 だが、腑に落ちない点もある。


「でも『こっくりさん』は動物の霊だって考えられてるんだよ。狐も狗も狸だって、どれも腕一本分くらいの大きさだし……教室一つ、ここまで壊滅状態にできるものかな」

「先生の言い分も一理ありますが……でも狐の化物なんてたくさんいるんじゃないですか? 会ったことないですけど」


 シゲルは呆れたような目を太宰に向ける。

 こちとらこの件を記事にしなければいけないのだ。根拠もなく、「狐の化物の仕業でした」なんてぶっとんだ内容で「こっくりさん」の記事を書いたとしても恐怖と面白みに欠けてしまう。


「うーん……他の教室も見てみようか」




「あれ? なんだろうこの傷」


 別の階の教室へと向かっている途中、廊下の壁に爪で抉られたような痕を発見する。

 真一文字に残る傷。学生がつけたものだろうか。


「どうしました先生。何か気になることでもありました?」

「あ、うん。なんかこの傷が目に入って……」

「傷?」


 太宰が覗き込んでくる。その傷を目で追えば、現在二人がいる場所だけでなく、もっと先まで続いていることがわかった。


「今時の子はお転婆さんが多いね……太宰?」


 いつもだったらすぐに返答が帰ってくるはずだが、今回は何も言ってくれない。思わず目を向けると、彼は何かを考え込んでいる様子だった。いつものへらりとした笑みも鳴りを潜めている。


「……先生、その傷の上に指を沿わせてもらえませんか?」

「え、別にいいけど……」


 急になんだというのだろうか。意味がわからないが、彼の言うとおりに傷の上へ己の指を重ねる。すると、その傷はシゲルのどの指よりも太いことがわかった。


「けっこうしっかり太い傷だね」

「ですねぇ。そんじゃあたしも」


 そう言った太宰も指を合わせるが、どうやら彼のものよりも太いようだ。


「最近の子はこんな傷つけられる道具を常備してるもんなんです?」

「そんな危険な物、学校側が子どもに持たせるわけないよ」

「だとしたら、この傷は一体誰が作ったんでしょうね」

「……これも化物の仕業ってわけ?」

「件の『こっくりさん』かも」


 この傷がいつのものだかシゲルたちは知らない。十年前かもしれないし、はたまた一週間のものかもしれない。だが、もしも本当に直近で傷つけられたものなら。もっと言えば、「こっくりさん」の儀式によって教室に被害が出た日以降につけられたものなら――


「――『こっくりさん』は、まだこの学校にいる可能性が高いってこと?」


 そう口にした直後、軽そうな足音が聞こえる。シゲルたちの右側にある階段の方からだ。

 誰もいないと思ってそのまま上ってきた女子生徒は、おかっぱ頭の女と見るからに怪しい大柄な「影無し男」の組み合わせに驚いた顔をした。

 シゲルたちは胡散臭い笑みを浮かべて、全身から若さがあふれる少女に近づいていく。蛇柄の水色着物にえんじ色の行灯袴を履いたその子は、警戒心が隠しきれない目で二人を見ていた。


「急にごめんなさい。私たち、ここの先生方から依頼をいただいてお邪魔させてもらってる記者の者です。私は鬼門、こっちは助手の太宰です」

「……鬼門? 鬼門ってあの『見世物小屋事件』の? 本当に?」

「本当ですよ。名刺をお渡しした方がよければ……」

「い、いや! 大丈夫です! 疑ってしまってすみません!」


 謝罪する少女の瞳に、もう警戒の色はうかがえない。


「ご挨拶が遅れました……! わたくしは夏野(なつの)トメといいます。記者としても職業婦人としても有名な鬼門さんにお会いできて嬉しいです」

「え、いやぁ……そんな、えへへ」

「なに照れてるんですか」


 夏野の嘘偽りない称賛に思わずにやついてしまう。だが、太宰のぴしゃりとした一言でやるべきことを思い出したシゲルは、わざとらしく咳ばらいをして姿勢を正した。


「んんっ! 夏野さん、実は私たち、今とあることについて情報を集めていまして。ちょっと教えて欲しいことがあるのですが……」

「はい、わたくしでわかることなら」

「ありがとうございます。では早速……三階の壊れた教室、当日あそこにいた生徒というのはあなたですか? もしそうでしたら、ぜひ詳しいお話聞かせていただけたらと」


 先島は、「高崎と夏野という生徒がこの教室にいたようなのですが」と言っていた。他に夏野という名字の生徒がいなければ、この少女は現場参考人となるわけだ。そういう理由で質問をしてみたのだが……。

 シゲルがそう尋ねた瞬間、一目でわかるほどに夏野の顔色が変わる。動揺しているのか、真ん丸な黒い目が泳いでいた。

 ……これは、何か知ってるな。

 彼女に声をかけたのは正解だったようだ。シゲルは続けて何か言おうと口を開く。だが、そこから生まれた音は誰にも届かなかった。

 突如、学校内に響き渡った轟音にかき消されたからだ。


「うわっ⁉ な、なに⁉」


 思わず腰を屈めてしまう。あまりにも大きな音のせいで鼓膜がびりびりと痛い。学校自体も地震が起きた時のように揺れていた。


「上の階……三階ですね。行ってみましょう」


 轟音や揺れなどどこ吹く風。まったく慌てた様子のない太宰にそう言われ、シゲルは大きくうなずく。次いで夏野の方に顔を向けた。


「夏野さんは危険なので、一階の職員室に――って夏野さん⁉」


 シゲルが言い終わる前に、夏野は走り出していた。それが下の階だったら何も問題はない。しかし、彼女が向かった先は上り階段、つまりは三階だ。


「ちょ、夏野さん! 危ないから上には行かないで!」


 すぐに彼女の背を追いかける。だが、若者の速さについていけない。階段を一段飛ばしで駆け上がるがどうにも遅いのだ。さすがに太宰も呆れたような目を向けてくる。これでも頑張っているんだ、そんな目で見るな、と言いたいが口を開く余裕すらない。

 息を切らしてどうにか階段を上り切る。そこには夏野が呆然と佇んでいた。


「はぁ、はぁ……夏野さん、よかった、はぁ、何事もなくて……」


 シゲルはそう言って彼女に近づき、ある光景に言葉をなくす。

 夏野の見つめる先――そこには一つの教室がある。窓ガラスが全て吹き飛び、引き戸が内側に倒れ、教卓もただの木材と化してしまった、例の教室に似た惨状の部屋だ。

 口が開いたまま塞がらない。そんなシゲルの耳に、ぼそぼそとした声が聞こえる。夏野の声だった。


「……やっぱり帰ってなかったんだ、だから来たんだ、だから……」


 震える声でそう言いながら、彼女はぐちゃぐちゃになった教室を凝視している。顔色は青を通り越して白かった。尋常ではない怯えようだ。


 ――「来た」とはなんだ、一体何が来たというのか。


 そう問おうとするも遅れて駆けつけた教師たちの悲鳴により、シゲルの言葉が紡がれることはなかった。

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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