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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
狐か狗か、はたまた狸か
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狐か狗か、はたまた狸か 其ノ弐

「わざわざご足労いただきありがとうございます。鬼門さんのお噂はかねがね。それで、その、こちらの方は……」

「こちらこそお招きいただきありがとうございます。あー、この者はですね……えっと、私の助手です。最近忙しくて身の回りのことに手が回らなくなってきたので、助手を雇うことにしたんですよ」

「どうもこんにちは。先生の助手を務めております、太宰といいます。主に先生の食事面を管理してますね」

「余分なこと言わなくていいんだよ……すみません、この通りひょうきんな者でして」

「いえ、それより、その……助手さんの影が……」


 シゲルたちを出迎えてくれた事務の男性は、青い顔をしながら太宰の足元に目をやった。太陽の下、彼だけ影が落ちない状況に恐怖を感じているのだろう。シゲルは慌てて口を開く。


「う、うちの助手は手品師だったんですよ! その名残で今でも影を見せないようにしてましてね! ハイカラな見た目もそのせいなんです!」

「……そ、そうですか」


 どうにか誤魔化せただろうか。「影無し男」については記事に書いていなかったはずだが、どこで彼が化物とばれるかわからない。それっぽい理由を言っておいて損はないだろう。


「では。すぐに教員の者を呼んで参りますので、校舎内に入ってお待ちください」

「ありがとうございます」


 シゲルたちはそろって頭を下げる。事務の男性が遠ざかったのを確認して二人は口を開いた。


「……こんな誤魔化し方でいけるんだ」

「あの人はもうちょっと人を疑うことを覚えた方がいいですねぇ。まぁこれで無事学校に入れるわけですしなんでもいいですけど」

「それもそうだね」


 シゲルはぐるりと辺りを見渡す。手入れが行き届いた広い校庭だ。この広さでは、校庭を一周走ることすら運動音痴の自分には厳しいだろう。次に、これからお邪魔する校舎を眺める。三階建ての木造建築物であるそれは縦にも横にも大きかった。外観は煌びやかという言葉とは縁遠いが、最低限の加工しか施されていない素材を使用していることが逆に美しさを感じさせる。

 さすがは尾田高等女学校。帝都でその校名を知らない者はいないといわれているお嬢様学校だ。

 シゲルも特に貧しい生活を送ってきたわけではないが、ここまでの学校に通えるほど裕福でもなかった。ここに通っている生徒たちの親は一体どんな仕事をしているのか。金というのはあるところにはあるものだな、と思いながら校舎の入口に向かった。



「すみません、お待たせいたしました。私、尾田高等女学校で国語を担当しております、先島(さきしま)と申します」


 前髪をきっちり七対三に分けた黒縁眼鏡の男性はそう言って頭を下げた。上背があるため、薄茶色の背広がよく似合う。女学生が恋慕しそうな優しい顔立ちだ。


「お互い時間もないでしょうし、学校側の現状を簡単に説明しますね」


 そう言って一瞬太宰の方に訝しげな目を向けたが、事務の男性からおおまかな話は聞いているのだろう。慌てた様子もなく、「こっくりさん」について話し始める。


「鬼門さんに送った手紙にも書いてあったと思いますが、数か月前から急に学校内で『こっくりさん』が流行り始めたんです。実家で貿易業を営んでいる女生徒が従業員から教えてもらったみたいでして、それを学校で広めたと言っていました。方法としては、五十音図の上に『はい』『いいえ』を書き加えた紙を使い、そこへ指を乗せて……えっと、なんだったかな、何か言わなければいけないことがあったような……」

「『こっくりさん、こっくりさん、おいでください』……ですか?」

「あぁそう! それです! さすがは怪異ばかりを取り扱っている雑誌の記者さんですね! そちら方面にはめっぽう明るい! えー、それから知りたいことを質問して、終わった際には大事なものを差し出して帰ってもらうのが一連の流れになるそうです」

「大事なもの? 『お帰りください』と唱えるだけでなく?」


 シゲルの質問に、先島は困惑した表情を浮かべる。


「普通の『こっくりさん』がどういうものか私は知りませんが……うちで広まっているのはこの方法ですよ」


 先島が話してくれた大半のことはシゲルが調べてきた「こっくりさん」と同様だった。しかし、一つだけ引っかかる。

 お帰りいただく際に何か大事なもの差し出さなければいけないという点だ。そんな決まりはなかったはずだが、もしかしたらこの学校独自の発展を遂げた結果かもしれない。


「けっこうな代償ですね。化物相手に大事なものを渡すなって学校じゃ教えてくれないんです?」

「こら太宰」


 その言い方はないだろう、と彼の脇腹を肘で強めに突く。そんなやり取りを見た先島はまったく気にしていない様子で笑った。


「はは、大丈夫ですよ。正直な話、私は怪異というものをまったく信じていないんです。だから今回の『こっくりさん』も、暇を持て余した生徒たちの遊びだと思っているんですよ」


 強がりなどではなく、本当に信じていないような口ぶりだ。目の前に「影無し男」がいるにも関わらず……と思って太宰を見てしまったが、彼はいつも通り軽薄そうな笑みを浮かべているだけだった。


「話を戻しましょうか。……最初は学校側も私と同じく、なんてことない子どもの遊びとして見ていたんです。しかし、被害が出てしまってはさすがに無視もできなくなりまして……」

「手紙にも被害と書いてありましたが、具体的にはどんなものなんですか?」

「そうですね。始めはいじめや根拠のない噂でした。それが徐々に大きくなりまして……あとは見ていただいた方が早いかと。こちらです」




 三階に位置する教室へと案内されたシゲルは言葉をなくす。そこは、もはや教室とは呼べない状態になっていた。

 窓ガラスは全て吹き飛び、黒板は歪にへこんで、教卓や机はもれなく全てひしゃげている。まるで巨大な獣が教室に現れ、好き勝手暴れ回ったかのような有様だ。様々な処理に追われ、一向に掃除が進んでいないのだろう。入りこんだ太陽の光に反射して、床に飛び散ったガラスの破片がきらきらと輝いていた。


「鬼門さんに依頼の手紙を出す三日前の放課後、このような状態になったんです」

「……す、すごい状態ですが、怪我人はいなかったんですか?」

「ええ、怪我人はいませんでした。高崎と夏野という生徒がこの教室にいたようなのですが、二人共かすり傷一つありませんよ」

「無事でよかったですね」

「本当に。……しかし困りましたよ。一体どんな遊びをしたらこんなことになるのか。……はぁ、今時の女子は何を考えているのかまったくわからない」


 シゲルには計り知れない心労があるのだろう。先島は深いため息をついた。肺の中が空になりそうな勢いだ。


「教師も大変ですねぇ。……それで、こちらの被害について警察はなんと?」

「え? あぁ……十代の女子にできる芸当ではないそうです。原因も突き止めず、それだけ言って帰って行きましたよ。……まったく、警察は生徒たちの不安を掻き立てるだけで何もしてくれない」


 先島は少し苛立った様子で太宰の質問に答えた。温厚そうな見た目の割に感情が表に出る人のようだ。

 その時、正午を告げる鐘が鳴った。先島は一度腕時計を確認し、申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません、この後に教員会議がありますので一旦席を外させていただきます。お困りのことがあれば一階の職員室までお越しください。……あと、どこでも好きな所を見てもらって構わないのですが、校舎内には生徒がいるので不安を煽るような言動は慎んでいただけると助かります」

「わかりました……ってあれ? 今日土曜日ですよね? 学生は休日では?」

「勉強熱心な子は休みでも自主学習や教師への質問に来るんですよ。ほかには課題の提出が済んでいない子も来たりしますね。こんな状態の時まで来なくても……と思いますけど」


 顔に疲労の色を滲ませた先島は、再度軽く頭を下げて去って行く。彼の姿が見えなくなったことを確認し、シゲルは口を開いた。


「……この惨状を見ても怪異の類を信じないあの姿勢はある意味尊敬するね、頑固者として」

「十代の女子にはできないって警察のお墨付きですからねぇ。普通は選択肢の一つとして考えてもいいと思いますが」


 太宰はそう言ってシゲルの方に目を向ける。


「……で、どうします? 好きに見て構わないらしいですけど」

「そりゃもうせっかくだから全部の教室を見て回るよ。あと、できれば今日登校してる生徒にも話が聞きたいかな。不安を煽らない程度にね。まぁ、でもまずは……」


 シゲルの髪が揺れる。窓ガラスが吹き飛んでいるため、風が遠慮なしに教室内へ入ってきていた。


「この解放感あふれる教室から見てみよう」

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

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