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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
ドッペルゲンガー
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ドッペルゲンガー 其ノ肆

 浅草はずれにある、整地すらされていないだだっ広い空間。地図で見たらここだけぽっかりと口を開けているように見えるだろう。それだけ、帝都には様々なものが多い。建物も、人も、化物も。


「あれ? 思ったよりも決断が早かったな」


 口ではそう言っているが、今のドッペルゲンガーに面食らった様子はない。まるでここに来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。


「結局お前はすぐ死ぬ方を選んだわけだ。延命するでもなく、医者にかかるでもなく、先生の提案をのむわけでもなく。身体も戻らず、やり合ってるうちに絶命するかもしれない。それでもこっちを選んだ」

「――違います」

「は? 何が違うんだよ」


 ドッペルゲンガーは訝しそうに眉根を寄せる。対する太宰はへらりとした笑みを浮かべた。


「あたしは残ったもんを片づけて隙間を作りにきただけです」

「意味がわからないな」

「わからなくていいんですよ。これは人間の話ですから」


 除け者にされて不愉快なのだろう。拗ねた子どものように口を曲げる。


「じゃあ先生は知ってるってことか。なんだ、知らないの俺だけかよ」

「そういうことです」


 離れた位置で己たち二人を観察しているシゲルに目を向ける。手帳と万年筆だけ持って、彼女の目は火傷するくらいの熱を孕んでいた。

 一つ、息を吐く。


「――あちらさんも準備はできたみたいですし、そろそろおしゃべりはやめにしましょう」

「同意。といっても、誰かに見られながら殺し合うなんてまるで試合みたいだよな。あぁでも今回は死ぬ方の死合か」


 やめにしようと言った矢先にこれだ。この化物は口数が多くて本当に困る。


 ――刹那、かつてもこんな感情を抱いたような懐かしさに襲われた。


 でも、覚えているわけがないのだ。

 切り替えて、低く腰を落とす。次いで、右手を突き出し相手との間合いを測った。

 ドッペルゲンガーも同様の構えをとる。まるで鏡写しのようだ。

 視線が、交わる。


 ――化物と元人間。


 根っこから何もかもが違うその二人は、まるで示し合わせたように、お互いに向かって駆け出した。



◇◇◇◇◇



 雪と見紛うほど、大量の赤が舞った。

 太宰は目を抉るように突き出された指を避けるが、こめかみにかすったようで血が噴き出す。それ以外にも、腕、足、腿、口、血が流れていない箇所の方が圧倒的に少なかった。しかしそれは彼の目の前にいる化物も同じである。太宰の回し蹴りを避けきれずくらったため肋骨が折れていた。内臓もどこかしら破裂したのか、口からはとめどない赤があふれている。


 ――シゲルは絶えず手を動かし続ける。頁はすぐ黒く染まり、次へ次へと進んでいった。


 超近距離にいた二人が距離をとる。それは仕切り直しでも逃げでもない。強く速く攻め込むための助走だった。

 太宰の耳元で、ごうっ、という音が鳴る。ドッペルゲンガーが下から蹴り上げたのだ。片手でその足を押し横への移動を試みるが、間髪入れずに踵落としをお見舞いされる。これは間に合わない。いなすことすらできず手首にくらってしまう。ばきっという骨の砕ける音が聞こえると同時に、内側から皮膚を突き破る鋭利な形の白いものが視界に入る。折れるだけではなく骨が出てきてしまった。これじゃもう左腕は使えない。そう思った瞬間、凄まじい勢いで頭突きされた。額が裂けて大量の血が舞う。


「先生もかわいそうになぁ」


 太宰の血を雨のように浴びたドッペルゲンガーは言う。


「こんな死に目を記録するなんて」

「……同情するような感覚があったんですね」

「お前の次くらいには先生のことも好きだからな。この身体ごと俺を個として見る人間、すごく貴重だ」

「そうですかっ」


 口の中に溜まった血をドッペルゲンガーの目に向かって勢いよく吹き出す。頭突きが可能なほどの超至近距離だ。一瞬にしてドッペルゲンガーの視界は赤に染まる。ろくに見えなくなってしまった中で、太宰が拳を突き出すような動きをしたことを悟った。片方の手で拳を受け止め、空いた手で目を拭う。しかしすぐに、受け止めた拳の衝撃が弱いことに違和感を覚える。拭うこともそこそこに、ドッペルゲンガーは拳をつかんでいる方の手を見た。そこには血まみれの、骨が突き出た左腕がある。


 もう使えないほどぐちゃぐちゃになっている左腕で殴ろうとした、それはなぜだ。右腕はどうした。


 刹那、ひゅっという風切り音がドッペルゲンガーの鼓膜を揺らす。目だけでそちらを追えば、月明かりを反射する何かが振り下ろされた。粘り気のある音をたてて左目が機能を失う。太宰の胸を蹴り飛ばし、先ほどよりも長く距離をとった。


 左目を刺された。目元に手をやると、つるつるとした質感の細長い物が刺さっているようだ。両の先端は細く、中腹が緩やかに太くなっている。これは――


「は、ははっ! どうです――筆は剣よりなんとやらって言うでしょう?」


 言葉と共に血があふれて、聞き取れる音になっていない。だが、ドッペルゲンガーは理解できた。

 ――万年筆。学のないこの男がこんな物を持っているなんて、きっとあの記者の影響だ。


「驚きですよね。人間って、いくつになっても成長するんですよ」

「元人間もそれに該当するのか」

「普通はしないでしょうね。でも、あたしは自分で思ってたよりも人間だったみたいなんで」


 戦闘が開始した時と同じように、二人は向かい合って再度構える。もう限界だった。一歩だって踏み込むのが辛い。身体中が痛い。ドッペルゲンガーの怪我は言わずもがな、太宰も先ほどくらった蹴りで胸骨が折れている。息が苦しい。肺が傷ついているのかもしれない。


 ――それでも、最後までやらなくちゃ。今この瞬間でさえ書き記している人がいるのだから。


 空に月。地は赤。伸びる影は一つ。音もなく、同じ姿を持つ二人が突進する。


 そして、長く続いた「影無し男」の話は、これにて幕を下ろすのだ。

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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