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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
見世物小屋の影無し男
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見世物小屋の影無し男 其ノ参

 シゲルは一瞬ぽかん、と口を開けたまま硬直してしまう。まさか断られるとは思っていなかったのだ。


「ちょ、ちょっとこの見世物小屋を案内してくれるだけでいいんです! それでも駄目ですか?」

「駄目ですねぇ。それにほら、いい子はもう寝る時間でしょう? 危ない橋は渡らずに帰った方がいいです」


 すぐに言い方を変えて頼み込むが、答えは変わらない。軽い口調がより取り付く島もないことを示していた。これは、どんな報酬を用意したところで無駄だろう。


「…………わかりました」

「あら、急に聞き分けがいいことで」

「まだ帰りませんけどね」


 シゲルは檻から出るため、男が開けた扉の位置を手探りで確認する。


「……あたしの話、聞こえてませんでした?」

「聞こえてましたよ、ご忠告ありがとうございます。でも私、もういい子って歳じゃないので」

「いくつなんです?」

「もうすぐ三十路……ってなんで答えなきゃならないんですか」


 まんまと答えてしまっているくせに何を今さら、とでも言うように男が笑った。暗いせいでよく見えないが、その顔は帝都に住む人たちと何ら変わらないように思う。

 目が二つあって、鼻があって、口がある。しかし、舞台に上がれば見世物と称して珍獣と戦い、降りれば檻の中に入れられる。これは、普通の人と言えるのだろうか。

 たしかに現時点で、この見世物小屋に法律で罰せられる点はない。観客も楽しんでいるし、「影無し男」自体が被害を訴えているわけではないからだ。よく言えば、少し過激な演目程度。

 だが、人間としてこの行動はどうなのか。

 司会の男が言っていた「化物」という言葉を思い出す。

 「影無し男」なんかより、人間の方がよっぽど化物じみているじゃないか。

 自分なんかの一声でこの状態を変えられるわけがないのに、どうにかできないのかという考えが頭をよぎる。……いや、無理だ。そんな力があったらこんな風にこそこそネタ集めなんてしていないし、とっくの昔に英雄になっているはずである。

 自分にできることは何もない。ただ見たことを記事にして伝えるだけだ。

 そう思いながら腰を上げたその時、


「いだっ‼」


 檻全体が鈍い音をたてて揺れる。立ち上がった拍子に頭をぶつけたのだ。思っていたよりも狭い檻のようで、女性のシゲルでも腰を曲げて移動しなくてはならない。それがこの「影無し男」だったらどうだろう。腰を曲げたとて頭をぶつけそうだ。

 音のせいでまた司会が戻ってくるかと危惧したが、幸いにも足音が聞こえてくることはなかった。


「あら、大丈夫です――ッ」


 不自然な言葉の区切りと、息を呑む音。そしてわずかな沈黙の後に、


「……気が変わりました。ここ、案内してあげます」

「……え」


 あまりにも急な手のひら返しに呆然としてしまう。


「手伝ってくれるんですか……?」

「ええ、ちょいと気が変わったもんで」

「ほ、本当ですか? 急にやっぱやめたはなしですよ?」

「言いませんよそんなこと。最後までお手伝いしますとも」


 誠意を見せるように、男はシゲルよりも先に檻を出た。どんな心境の変化か知らないが、どうやら本当に案内してくれるらしい。彼の気が変わらないようシゲルも急いで檻を出る。腰を曲げずとも頭をぶつけない環境にありがたさを感じた。


「あ、自己紹介が遅れました。私は鬼門シゲル、帝都で刊行されている雑誌の記者をしています。今回はこちらについての記事を書かせていただきたく……その、不法侵入まがいなことをしました」

「『まがい』じゃなくて完璧に不法侵入でしたけどね」

「うっ……そこはあまり触れないでもらえると助かります。それであなたは、えっと……」


 少しの間といえど協力関係にあるのだ。身分は可能な限り明かすべきだろうと思い自己紹介をしたはいいが、シゲルは男の芸名しか知らない。つい彼の名を呼ぶ工程で詰まってしまう。

 失礼にあたるかと思ったが、男は大して気にする素振りもなくシゲルの言葉に続けて名乗る。


「『影無し男』です。でもそれじゃあ長いんで、太宰(だざい)と呼んでください。……あとほかに伝えられることあったかな……あぁそうだ――」


 太宰と名乗った男はわざとらしく手を打った。


「――元、人間です」


 その動作は三流の俳優にも負けるほど演技くさかった。

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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