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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
紅葉の下には鬼女がいる
24/38

紅■の↓■■ッ鬯シ■■ゲ■ー■? 其ノ■

 その夜、シゲルは中々寝付けなかった。

 「鬼の頭」のことや呉葉のこと、その他諸々。日中に色々なことがありすぎて脳が興奮しているのかもしれない。

 しかし、明日の早朝には列車に乗って帝都へ帰らなくてはならないのだ。眠れなければ困ってしまう。

 ……散歩でもすれば、適度に疲れて眠れるだろう。

 そう思ったシゲルは、足音を立てないよう気をつけながら大戸口へ向かう。客人用の雪駄に足をつっかけ外に出た。




 恐ろしいくらい月がきれいだった。地面にくっきりと濃い影が描かれている。

 文章を書く仕事をしているというのに、月並みな感想しか出てこない。自分でも呆れながら歩を進めた。


「――先生」


 その瞬間、聞き慣れた声に呼び止められる。振り向けば、そこには鼠色の髪を持つ大柄な男がいた。


「こんな夜更けに散歩ですか? ご一緒しますよ」


 シゲルが了承する前に、男は隣に並んで歩き出す。

 その男は饒舌だった。この村のこと、大乗のこと。たくさんのことを話してくれたが、そのどれもが薄っぺらく、シゲルの記憶には残らなかった。

 どれくらいそうした時間をすごしていただろうか。あてもなく歩いていた二人は、一本の紅葉の下に行き着いた。


「やだなぁ先生、つれないじゃないですか。なんだってそう無視するんです?」


 笑った男の顔がよく見える。

 本当に、月がきれいで、明るい夜だ。

 月光を遮るものは散り始めた赤い葉しかない。


 あぁ、だからだろう――


「あなた、誰ですか?」


 ――太宰と同じ姿をしたものから、長く濃い影が伸びているように見えたのは。


 目の前の男は一瞬驚いた顔をして、すぐに邪気のない顔で笑った。


「なんだ、ばれてたんなら早く言ってよ。恥ずかしいじゃないか」


 照れくさそうに、鼠色の髪をかき混ぜる。


「それにしてもおかしいな。池に人間を投げ入れる村ではまったく気づかず追ってきたのに、なんで今回は別人だってわかったんだ? それほどまで親しくなったようには見えなかったけど……。それとも違いがわかるほど見慣れたのか。……まぁどっちでもいいか」


 そう言って、男は腕を振り上げる。


「――どうせ死ぬしな」


 それはまるで、旧友に手を振るような行動。しかし、シゲルの命を確実に刈り取る前動作。

 あまりに自然なそれに恐怖を感じることもなかったシゲルは、その状況を他人事のようにただ眺めているだけだった。

 そんな時、後方に肩を引かれる。態勢を崩した彼女の後頭部は、温度を感じない何かにぶつかった。


「なんだよ、お前も来たのか」


 目の前の男は心底嬉しそうに笑う。しかし、


「……何しに来たんです」


 頭上からは感情をこそぎ落としたような、あまりにも正反対な状態にある声が聞こえた。

 目を向ければ、そこには目の前にいる男と同じ顔をした男がいる。次いで、下を見た。影が無い。

 正真正銘、シゲルの知っている太宰――「影無し男」だ。


「そんな目で見てくれるなよ。照れちまうだろ?」


 目の前の男は視線を逸らして頬を掻く。


「いやぁ、そのさぁ……最近のお前、そこの先生とよくつるんでるだろ? だからなんつーのかな、ちょっと興味が出ただけなんだよ。ほら、お前のことは何でも知っておきたいからさ」


 薄っぺらい。なぜこんなにも実が入っていない言葉が出てくるのか。

 本音を隠している、なんてものではない。まず、この男には本心がないのだろう。


「お前も俺に体取られる前はちゃんと人間だったわけだし、この感情も理解してくれるだろ? なぁ……えっと、あ、あー……」


 男の視線が宙を泳ぐ。そして、


「ごめん、お前の名前なんだっけ?」


 まるで遅刻を謝罪するかのような軽さで、そう言った。

 シゲルの肩を支えている大きな手に、少しだけ力がこもる。


「わ、悪かったって! そんなに怒らないでくれよ! 今日の目当ては本当に先生だけだったんだ。だからもう行くよ」


 居心地悪そうな顔をした男は数歩下がった。どうやら言ったことは本当のようだ。


「なぁ。本当はもう少し隠れてようと思ったんだけど、せっかくこうして出てきたんだ。だからさ、ちゃんと俺のこと追いかけて、見ていてくれよな。あぁもちろん、先生も来てくれるなら歓迎するよ」


 男は後方へ進んでいく。すると、闇に溶けるように跡形もなく消えた。


「…………」

「…………」


 沈黙。月だけが、この場に残った者たちを見下ろしていた。


「太宰」

「…………」


 名を呼ぶ。だが、返事はない。


「帰ろう」

「…………」


 同意もない。


「寒くなってきたよ」

「…………」


 共感もない。


「私は風邪ひきたくないし、わざわざ迎えに来てくれた太宰にもひいてほしくないよ」

「…………」


 風の音しか聞こえない。


「だからさ、まずは帰ろう」


 肩に乗ったままの大きな手に、自分のものを重ねる。


「………………はい」


 少しして、風の音にかき消されそうなくらい小さな声が聞こえた。

 彼がどんな顔をしているかは、見えなかった。


 そしてその翌日、太宰は姿を消した。

 やけに広く感じる列車の二人席に座って、シゲルは帝都へ帰ることになった。

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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