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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
紅葉の下には鬼女がいる
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紅葉の下には鬼女がいる 其ノ伍

 呉葉に燃やされそうになった翌日、シゲルたちは屋台が並んだ通りを歩いていた。さすがは祭り当日だ、昨日など比べものにならないほどの賑わいだった。

 彼女の耳に聞こえてくる話はもっぱら燃えた女性のことである。しかし、その場面を見ていない人も多いからだろうか。祭りへの盛り上がりが衰える兆しはなかった。

 そんな中、シゲルの足取りはどこか重い。理由は明白、呉葉からの無茶ぶりだ。


 「鬼の頭」を探すことになったのは百歩譲ってまだいい。問題は、まったく手がかりがないことである。まず鬼の死体についても昨晩が初耳だったのだ。祭りの起源も同じくである。その状態ですぐ調査が始められるわけがない。そもそも調査というのは事前の準備がとても大事で……。


「……あれ? 太宰?」


 隣を歩いていた太宰の姿がない。どこに行ったのかと辺りを見渡せば、飴細工を売っている屋台の親父と話し込んでいるではないか。すぐに彼の元へ駆けていく。


「ちょっと太宰、今の私は不安でいっぱいなんだから置いて行かないでよ」

「自分でそう言えるなら大丈夫でしょうね。あぁ、それより」

「それより? え、今それよりって言った?」

「言いました。で、それより、この方知ってるそうですよ――『鬼の頭』のこと」


 太宰はそう言って、屋台の親父に目を向ける。つられてシゲルの目線もそちらに移動した。そこには、恰幅の良い禿頭の男性が歯を見せて笑っている。


「……え、『鬼の頭』について知ってらっしゃるんですか?」

「おうよ! どこにあるのかも知ってるぜ!」


 まさかの回答に開いた口が塞がらない。太宰を見ると、彼は得意げな顔をしていた。


「どうです? けっこうやるでしょう?」

「やるなんてもんじゃないよ! さすがすぎる! えらい!」


 犬のように頭を撫でてやろうとしたが、如何せん手が届かない。代わりに、彼の大きな背中をよしよしと撫でてやる。


「なんだぁ? 二人して『鬼の頭』のこと調べてんのか?」

「そうなんですよ。ちょっと急ぎで入用になってしまって」

「なるほどなぁ。別に隠すことでもないし、俺が知ってることだったら教えてやるよ。ただし……」

「……ただし?」

「うちの飴買ってくれたらな!」


 その一言にシゲルは少しだけ面食らう。どんな条件がくるのかと思っていたら、飴を買うだけでいいのか? 本当に? それくらいだったら喜んで買ってやる。


「わかりました。では、十本ください」

「あい毎度! 太っ腹な姉ちゃんだな、ほらよ!」

「ありがとうございます。はい太宰」

「食べる担当はあたしなんですか?」

「私は買う担当」

「そうですか。それじゃあいただきます」


 太宰はそう言って飴を頬張る。シゲルは「鬼の頭」について催促するように、店主の親父を見つめた。


「そんな見なくてもちゃんと話してやるよ。まずあんたらが言ってる『鬼の頭』ってのは、祭りの最後に行われる舞に使われるやつのことだと思うぜ?」

「舞、ですか」

「おうよ。『鬼の頭』って言われてるもんを被った鬼役と、刀やら札やらを持った村人役の何人かが出てくる舞だ。内容は鬼を倒した勇敢な村人たち、みたいな感じだったと思うぜ? まぁ俺もばあちゃんから聞いた話だから詳しくは知らないけどな」

「このお祭り、そんな演出もあったんですね」

「古くからあるもんだからなぁ。年々祭りの色は変わってきてるが、舞だけはいつも神社が主催になってやってんだ。だからあんたらが探してる『鬼の頭』も神主が厳重に管理してるって聞いたことがあるぜ」

「そうなんですね。……あの、その舞っていつごろやるんですか?」

「舞は祭りの最後にやるんだ。だいたい夕方ごろかな」


 シゲルは空を見上げる。丁度、太陽がてっぺんに昇ったころだ。まだ時間はある。


「お話しいただきありがとうございます。とても助かりました。なので、追加であと五本ください」

「おぉ! まいど!」


 店主の親父から受け取った五本の飴を再度太宰に渡す。彼は無言で受け取った。




 屋台の親父と別れた後、シゲルたちは「鬼の頭」について呉葉に報告するため山へ向かう。

 苦労して山道を抜け、昨夜と同じ狛犬の像がある場所まで辿り着くと、そこには自分の着物の袖を愛おしそうに眺めている呉葉がいた。


「呉葉さん」

「後輩?」


 声をかけると、彼女はこちらに顔を向ける。


「どうしたのよ。まさかもう『鬼の頭』の場所がわかったの?」

「そのまさかなんです、太宰のおかげで」


 呉葉はシゲルの隣にいる太宰に目をやった。


「……この飴ちゃん頬張りお手つき坊やのおかげですって?」

「もう坊やって歳でもないと思うんですがね」


 太宰は食べていた飴を噛み砕く。これで残る飴の数は三本まで減った。


「まぁいいわ。『鬼の頭』について聞かせてちょうだい」

「はい。お話してくださった屋台の親父さんによると『鬼の頭』はお祭り最後に行われる舞に使われてるそうです。舞が行われるのは今日の夕方。それ以外の時は神主が厳重に管理してるみたいなので、燃やせるとしたら今日しかないと思います。……あ、でも私たちが聞いた『鬼の頭』が本物であるかの確証はないんですけど」


 調べたことを伝えると、呉葉は考え込むように手を顎に当てる。


「……本物だと思うわ、その『鬼の頭』。わたしも確証があって言ってるわけじゃないけど」


 その言葉に、シゲルは面食らってしまう。まさか呉葉がそこまで断言するとは思っていなかったからだ。


「昨日あんたたちと別れた後にね、もう一回山中を探してみたけど、やっぱり見つからなかったわ。でもその親父の話を聞いて納得。……大方昔に誰かが頭を掘り当てた後、禍々しい気を感じる~とか言って神社にでも持ち込んだんでしょ。自分から見つけたくせに祟りだとか呪われるだとか、人間が言い出しそうなことだもの」


 呉葉は面倒くさそうにため息をつく。次いで、シゲルの方へ視線を向けた。


「でもまぁ場所がわかれば十分ね。あとは舞の最中か、終わった後のしまう前に燃やせばいいだけ。お手柄よ、後輩。ご褒美に撫でてやるわ」


 自分は大乗の後輩であって呉葉の後輩ではないのだが……。そう思いながらも素直に撫でられる。

 数えるのも億劫になるほど呉葉が年上であろうことはわかっているが、もうすぐ三十路になるのにここまで子ども扱いされるとさすがに照れてしまう。


「今回の功労者は太宰なので、ぜひ彼にも……」

「あいつはお手つきだから嫌よ。唾つけた奴に逆恨みされても面倒だもの」


 そういえば、呉葉は最初から太宰のことを「お手つき」と呼んでいた。それは一体どういう意味なのだろう。

 思い切って尋ねてみようと彼女の顔を見た瞬間、思わず口を噤んでしまう。


「……やっと、やっとよ。これでやっと終わり」


 呉葉は辛そうに、それでいて嬉しそうに、眉を下げて微笑んでいた。


「頭さえ燃やせば、これで安心して是清から離れられる。少なくとも、彼が鬼に怯えずすごすことができる。……わたしはずっと、この未来を彼にあげたかったの。わたしみたいな化物による危険のない未来、あとはわたしが彼の前からいなくなっておしまい」


 そう言って、彼女は紅葉に彩られた南瓜色の着物を自分ごと抱きしめる。それはもう、愛おしくて堪らないという気持ちがあふれてしまったかのように。

 どうするべきか、シゲルは悩む。大乗からの頼みを遂行したいのに、今の彼女には到底伝えられる雰囲気ではない。

 なんと言葉を紡ごうか迷っていると、太宰が先に口を開いた。


「――そんな顔してなに言ってるんです?」


 責めるような言い方だった。思わず彼の顔へ目を向けると、いつも通りの笑みを浮かべてはいるがどこか違和感を覚える。


「欲を隠してみんなの思う正解を選ぶ、そんなのやめてくださいよ。まるで人間じゃないですか。鬼なら鬼らしくしてください、化物なんですから」


 困惑。誰かの話にここまで主観で話す太宰を、シゲルは見たことがなかった。


「大乗とかいう男のせいですか? あなたがそんなになっちまったのは。惚れたなら隠すなり奪うなりすればいいものを。困るんですよ、そんな姿見せられちゃ。鬼といったら化物の中でも最強種でしょうに、その威厳どこに忘れてきたんです?」

「ちょ、太宰……!」


 さすがに失礼だ。彼の言葉を看過できず、思わず咎めるように名を呼ぶ。しかし、


「……そう、あんた苛ついてるのね」


 呉葉が返した言葉は、大して気にしてなさそうなものだった。


「……なんでそう思うんです?」

「だって、自分が見てきた化物と違いすぎて混乱してるんでしょ? わたしがもっと糞ったれの化物だったらあんたもいつも通りでいられたんでしょうけどね」

「…………」


 彼女の言葉を聞いた途端、太宰の顔から笑みが消える。

 たとえるなら、それは無だった。笑みも、怒りも、何もない。虚ろの如く、無。


「あいにく、あんたの価値観に付き合ってる暇はないのよ若造。他の化物は知らないけどね、私はもう十分楽しんだの。これ以上はいるかもわからない神様の罰が当たるわ」


 呉葉はシゲルたちに背を向ける。


「いいのよ、これが最善策。化物なりにわかってるつもりなんだから。……それに、人間は好きでしょ? こういうの」


 彼女の声が、高い空の下でやけに響いた。それはまるで、自分に言い聞かせているような口調だった。

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

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