紅葉の下には鬼女がいる 其ノ肆
「あ、勘違いしないでよ。死体って言っても『鬼の死体』だから。まだ殺人は犯してないわ」
世間話でもしているかのような軽さで呉葉は言う。というか「まだ」とはなんだ、「まだ」とは。いつかは犯す予定でもあるのだろうか。
そう思っていると、呉葉は髪をかき上げながら口を開いた。
「そういえばあんたたち知ってる? この鬼無里村はね、鬼がすっごく好む場所なのよ」
「鬼が好む場所?」
シゲルが復唱すると、呉葉はうなずく代わりにまばたきを返す。
「そう、鬼無里村は元々鬼が寄ってきやすい場所なの。地形や空気、その他諸々の理由でね。その中でも、平安時代にいた鬼の親玉はそりゃもう驚くくらいの悪さをしたらしいわ。人喰い、山火事、強姦、火炙り、串刺し、たぶんやってないことの方が少ないわね」
「……うぇ」
「気分悪くなるには早いわよ後輩。まだ物語でいったら序章なんだから。……まぁそんな悪を体現したような鬼がいたわけなんだけど、人間も人間で中々手強くてね。負けっぱなしじゃいられないって力を合わせて鬼に立ち向かったの。そうして人間が勝利し、繫栄させてきたのがこの鬼無里村よ」
なるほど、とシゲルはうなずく。今回は記事を書くための調査ではなく大乗の頼みが主だったため、村に関することはろくに調べられていなかったのだ。この情報はありがたい。
「それで殺した鬼の死体をどうしたのかって話なんだけど、これが燃やしても燃やしても灰にならなかったのよね。村の人は知らなかったけど、鬼の死体は同族の炎じゃないと燃やせないの。だから当時の人々はその死体を活用しようと思った。なんだかわかる? 後輩」
「え⁉ えっと……埋めて肥料にする、とか?」
「ぶふっ」
太宰が吹き出す。むかついたため肘で彼の脇腹をど突いておいた。
「うーん、そうね、半分正解で半分間違い。……村の人たちはね、死体を各部位ごとに切断してこの山に埋めたのよ。鬼の死体を使って、他の鬼を呼び寄せないようにするために。ほら、見せしめのために死体を入口とか目立つ所にぶら下げる地域あるでしょ? あれと同じよ」
「今の日本にはそんな地域ないんじゃ……」
「あらそう? 少し前まではたくさんあった気がしたけど……まぁいいわ。明日この村でお祭りがあるでしょ? この死体の話はお祭りの起源よ。記者なら知っといて損はないんじゃないかしら?」
たしかに、祭りはある種の儀式だと聞いたことがある。つまり、平安時代の村人は鬼の死体を使って結界のようなものを張っていたということか。あれ、でも大乗は……。
「先輩は、村の平和を祝うだけでなにも珍しいことはない、と言ってた気が……」
「そうよね、問題はそこなのよ後輩」
びしっ、と指をさされる。
「昔の風習とかって数百年もすればすぐ風化するでしょ? 村から出る者もいれば、婿や嫁として入ってくる者もいるわけだしね。そうして本当の祭りの意味は時代と共に薄れて、いつしか平和な村であることを祝うだけのものになってしまったってことなの。だから是清もこの起源を知らないのよ」
「でもそれってまずいんじゃないです? 鬼避けの儀式としてあった祭りが本来の意味をなさなくなったら、昔は退けられてた他の鬼たちがなだれ込んできますよね」
「正解よ、お手つき野郎。見た目の割りに中々頭がきれるのね」
太宰の言い分を聞き、その通りだ、と考える。
元はといえば、村を脅かす鬼の侵入を防ぐための儀式であった祭り。しかし、もう何十年と楽しむことだけが目的となってしまった祭りしか催されていないのだろう。太宰の言った通り、鬼の死体は結界の役割を果たさず、それを知った鬼たちは村へなだれ込んでくる。
「おじいさんの葬式から帰ってきた是清に鬼の匂いがべったりついてた時は驚いたわ。そのまま放っておいたら危険だから、すぐこの村に来て侵入していた鬼たちを見つけて燃やしたけど。ついでに彼の家族も助けてやろうと思って忠告しといてやったの。山には近づくなって。あっても意味のない埋められた死体燃やして、わたしの匂いをつけて回ってるんだもの。間違って一緒に燃やしてしまっても寝覚めが悪いでしょ。たとえ鬼避けがなくなっても、こうして別の鬼が管理してるって思えば大抵の奴らは寄ってこないわ」
「それは自分よりも強い鬼だった場合だけでしょう?」
「あら、わからない? 大抵の鬼より強いって言ったつもりなんだけど」
呉葉は人を殺せそうな視線で太宰を睨む。太宰も何を考えているのかわからない目で正面から彼女を見ていた。
「……ま、まぁまぁまぁ! 話の続きいきましょう!」
シゲルは一触即発の空気に耐え切れず、太宰と呉葉の間に割り込む。話す度にこんな空気になったら堪ったものじゃない。冷や汗を流すシゲルを目だけで見た呉葉は息をつく。
「いいわ、後輩の希望に応えてあげる。……今日、村の方に燃えた女がいたでしょ? あれ、わたしの匂いにすら気づかず村に入ってきた低級馬鹿野郎よ。あまりにも弱いし調子乗ってたから燃やしたけど」
「な、なるほど……」
大半のことは燃やして解決するお人のようだ。いや、鬼か。
「では、呉葉さんが山に埋まってる鬼の死体を全部燃やして匂いもつけてくれたので、もうこの村に危険はないってことですかね……?」
「いいえ、全部は燃やせてないわ」
「え?」
「頭だけがどこ探しても見つからないのよ。その他の部位は体の形になるように埋められてたからわかりやすかったんだけどね。胸が埋められた場所付近は探し尽くしたわ。でもなかった。……そんな時、あんたらに見つかったってわけ」
呉葉は美しい顔を不満そうに歪めてシゲルたちを見る。
「まったく面倒な時に来てくれたわ。……でもそうね、せっかくだから手伝っていきなさいよ」
「え、でも私たちは死体を燃やせませんし……」
「誰が燃やせって言ったのよ。それはわたしがやるわ。あんたらには頭を探してほしいの」
彼女は白く美しい指で己の脳天を指し示した。
「わたしはもう一度山を探すわ。あんたらは村の方を探してみて」
「呉葉さんがご自分で村に行くことは……」
「是清に見つかったら面倒なのよ。後輩、あんた記者でしょ? 足で稼ぐのが鉄則なんじゃないの?」
「そうですけど……今回私がこの村に来たのは……あ、やります。やらせてください」
それとなく断ろうとしたシゲルだが、呉葉の右手が再度青く燃え始めたために全力で了承する。断った先にあるのは焼死だ。
「あ、わたしが鬼だってこと、是清には絶対に言わないでよ。言ったら燃やすわ。あと山にいることも言わないで。言ったら燃やすから」
鬼の頭を探すという道以外に焼死を免れる方法はないのだろうか。
しわくちゃな表情で呉葉の言うこと全てにうなずくシゲルを、太宰は呆れたような顔で見つめていた。
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