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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
紅葉の下には鬼女がいる
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紅葉の下には鬼女がいる 其ノ参

 闇の中、二人は山道を進む。

 先ほどまでシゲルの中にあった、太宰に対する申し訳ないという気持ちはすでに霧散していた。

 本当に、太宰が来てくれてよかった。今はもうこの一心だ。

 山の入口である鳥居までは難なく着いた。見張りもおらず、立ち入り禁止なわけでもなかったのですぐ山道に入れた。

 しかし、問題はここからだったのだ。

 整地などされていない地面に、悪意があるのかと思えるほどに好き勝手伸びた枝。闇も相まってシゲルを執拗に襲うそれらの攻撃は、日中山に入るよりも威力を増した。でこぼこの地面に足を取られ、山道を転がり落ちそうになる彼女を太宰は何度も支える。もはや子どものお守りだ。


「ほら先生、やっと開けた場所に出ましたよ」


 枝や葉から目を守るために下を向いていたシゲルは、太宰の言葉で顔を上げる。すると、先ほどまでの凶悪な道はなんだったのか、と問いただしたくなるほどきれいに開けた場所に到着した。

 そこら一帯の樹木が伐採され整地もされている。まるでこの空間だけ人のことを思って手入れされたかのようで少し不気味だ。周囲を見渡すと、苔に覆われた二匹の狛犬の像が目に入る。どちらも所々欠けてしまっている部分があるが、凛々しさは失っていないように見えた。


「狛犬が置かれてるってことは神社でもあったのかな。山道入る前に鳥居もあったし――ぐぇっ」


 狛犬の像に近づこうとしたシゲルは潰れた蛙のような声をあげる。

 太宰に着物の襟首をつかまれ、無理やり引き戻されたのだ。


「ちょ、太宰、なにす――」

「そこにいる人、出てきたらどうです? ……いや、人じゃないか」

「は、なにい――」

「……ふふっ」

「――っ!」


 太宰の言葉を理解できずにいると、彼の呼びかけに答えるように小さな笑い声が聞こえる。そして狛犬の背後から現れたのは、日本人離れした暗い赤毛を持つ美女だった。

 あまりの美しさに息を呑む。猫のように大きなつり目、月明かりによって影を落とすほど長いまつ毛、紅葉のように色づいた唇、細身だが出るところはしっかり出ている女性らしい体つき、月のように白い肌。もはや芸術品の域だ。紅葉に彩られた南瓜(かぼちゃ)色の着物は、冷たそうな雰囲気をまとっている彼女にはいささか幼すぎる気もするが、その不釣り合いな姿もより彼女の魅力を増すものとなっていた。

 その美しさに見惚れているシゲルとは反対に、太宰の顔からはいつもの笑みが消えていた。


「人じゃないのはあんたもでしょ? 半端なお手つき臭させてよく普通にすごせるわね」


 そう言った美女はシゲルの方に目を向ける。


「なんだ、本当の人間もいるの。……あー、どうしようかしら、面倒くさい奴らに見られたわね」


 頭を無造作に掻く仕草も様になっている。しかし、その後に続いた言葉は、


「……まぁいいか、燃やせば一緒ね」


 物騒なことこの上なかった。

 美女の右手が青く光る。それはただの光ではなく、燃え盛る青い炎だった。

 その色をシゲルは知っている。目の前で燃え尽きた女性を死へと誘っていた、あの炎と同じ色だ。

 それを認識した瞬間、一気に体温が下がる。シゲルが感じたもの、それは純粋な恐怖だった。これから自分は殺されるという限りなく確定に近い直感。

 太宰がシゲルを背に隠すような形で前に立つ。その背中越しに、とてつもない速さで突進してくる美女の冷ややかな瞳が見えた。これから人を殺すというのに、そこには何の感情も浮かんでいない。

 すでに太宰は腰を落とし、臨戦態勢に入っていた。このままでは化物同士の殺し合いが始まってしまう。


「――ちょ、ま、待ってください!」


 張りついた喉からどうにか声を出す。


「あなた、呉葉さんですよね⁉」


 名を音にすれば、美女の動きが太宰の目の前で止まった。青い炎をまとっている手は、もうすでに彼の目と鼻の先だ。

 呉葉と呼ばれた女性は、太宰の背後にいるシゲルを訝しげに覗き込む。そして数秒後、肩眉を上げて口を開いた。


「……あんた、もしかして是清の後輩のおかっぱちゃん?」


 声もなくシゲルは何度もうなずいた。それを見た呉葉の視線は、何かを考えるように右斜め上を向く。


「これは……燃やした方が面倒そうね」


 そう言った彼女の右手から炎が消えた。命の糸がかろうじて繋がったことに安堵する。相当恐怖を感じていたのだろう。ぶわり、と汗が噴き出た。


「……あの、呉葉さん。今回私が――」

「――待って」


 大乗からの頼み事について話そうとするが、白魚のような指を目の前に出されてシゲルは思わず口を噤んでしまう。


「聞かなくてもわかるわ。是清になんか言われたんでしょ? あの人、思いきりだけは一丁前だからね」


 呉葉は苛立ったようにため息をついた。まるで聞き分けのない子どもを見ているかのような顔をしている。


「あなたは聞かなくともわかるかもしれませんが、あたしは聞かなきゃわからないです」


 黙ってシゲルたちのやり取りを見ていた太宰が口を開いた。まだ警戒を解いていないのか、その顔に笑みはない。


「あなた、こんな暗い時間にこんな場所でなにしてたんです?」


 太宰は問う。その問いに対して、呉葉は心底面倒くさそうに、


「燃やしてたのよ、死体を」


 そう短く答えた。

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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