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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
オスガタ様
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オスガタ様 其ノ伍

 濡れて重くなった着物が肌にまとわりついて気持ち悪い。顔を歪ませたシゲルの足は宙でぷらぷらと浮いていた。


「……太宰」

「なんです?」

「腕は大丈夫?」

「駄目って言ったら自分で歩いてくれるんです?」

「ごめん、無理だ」

「なら聞かないでくださいよ」


 太宰が歩を進める度にシゲルの身体も揺れる。今彼女がいる場所は、彼の背だった。

 縄を解かれ帰ろうと言われても、恐怖が残る身体は言うことを聞かず子鹿のように震えることしかできない。そんな状態のシゲルを見た太宰は、半ば呆れたような顔をしながらも彼女を背負ってくれたのだ。……雑ではあったが。

 腕を怪我している彼に全体重預けるのは申し訳ないが、まだ腰から下に力が入らない。歩くのは当分無理だろう。心中で再度謝罪する。それが伝わったのか、太宰はわざとらしくため息をついた。


「……気をつけてって言い出したのは先生でしたよね? それなのに、なんであたしよりも危ない目に遭ってるんですか」

「ぐ、ぐうの音も出ない……けど、それはこっちが聞きたいくらいだよ。田んぼの方で太宰を見かけて――」


 そこまで言って、何度名前を呼んでも振り返ってくれなかったことを思い出す。


「……そういえば太宰、私が追いかけてたの気づいてたでしょ? なんで止まってくれなかったのさ」

「えっと……急になんの話です?」

「とぼけたって無駄だよ。ずっと田んぼ近くの家の隙間を縫うように歩いてたでしょ。名前を呼んだって止まってくれないし、お地蔵様があった所で急にいなくなるし」


 太宰は少しの間黙り込んだ。


「……地蔵様、ですか。そんなのありましたっけ?」

「あったよ。軍刀が五本捨てられてた場所」

「……あぁ、すいません。忘れちまってるみたいです」

「え、あ、そうなんだ……」


 太宰は再度謝りながらうなずいた。

 別に責めたかったわけでも、謝罪がほしかったわけもでもないのだ。上手く話を広げられずに口を噤む。しかし、流れる沈黙がやけに重く感じてすぐ開いた。


「……こ、この村、これからどうなるんだろうね」

「……少なくともいい方向にはいかないでしょう。遅くとも明日には帝都の警察が押しかけるはずですし、村中グルだったでしょうからほとんどの大人はお縄ですね」

「そっか」


 村から出るシゲルたちを、何か大切なものでも無くしたような顔でただ見つめるだけだった田沼たち。

 自分たちがしてきたことを責められるわけでもなく、同情もされない。

 隣の家の猫が鳴いた、太宰にとってはその程度のこと。その事実を理解できなくて、彼らは小さく呟いた。


 ――「オスガタ様」より、あんたの方が化物じゃないか。


 太宰に聞こえていたかはわからない。しかし、シゲルの耳にその言葉は強く残った。

 「こっくりさん」を殺した時、夏野も言っていた言葉。見世物小屋で銃弾をものともしなかった彼に、自分も抱いた恐怖の音。


「……昔ね、聞いたことがあるんです」


 懐かしむような彼の声が珍しくて、シゲルの意識はすぐ太宰の方へ向いた。


「水が無くて困ってた土地に巡礼僧が通りがかって、村人がどうしたらいいか尋ねたら、生贄を差し出せばいいなんて簡単に言ったそうです。でも誰も生贄なんてやりたくない。ならあの巡礼僧にしようって追いかけて捕まえた後、村の沼にそいつを沈めた。すると日に日に沼は透き通って、姿が映るほどきれいな水になっていきました。村人が安心したのも束の間、定期的に生贄を投げ入れないと水はすぐに汚れちまう。それからその村では、通りがかる人を捕まえては池に投げ入れるようになったっていう話です」

「……それがこの村ってこと?」

「さぁ? 昔世話になった人から聞いた話ですから、あたしにはなんとも」


 シゲルの足をつかんでいた化物のような手を思い出す。

 たしかに彼の話が本当なら、殺された巡礼僧の恨みが募ってあんな風になってしまってもおかしくないのかもしれない。


 一体、化物はどっちなのだろう。


 生贄を差し出せばいいなんて言い出した巡礼僧か。はたまた、そいつを追いかけてまで沼に沈めた村人か。

 少なくとも、自分を背負ってくれているこの男のような化物でなかったことはたしかだ。彼は化物じみた身体能力を持っているだけであって、内面まで化物ではない……と今では思う。

 だから、少し興味が出たのだ。太宰という男の――人間の部分に。


「それ、どれくらい前に聞いた話?」

「忘れちまいましたよそんなこと。教えてくれた人の顔も名前も覚えちゃいないんですから」

「お世話になった人なのに?」

「五十年以上は前ですからね」

「うそだよ。だって太宰、どう見たって二十代前半くらいの顔してる」

「見た目通りじゃないかもしれませんよ」

「本当はいくつなの?」

「本当に覚えてないんですよ」


 つくづく隠し事が好きな男だ。だが、それにも慣れてきていた。

 いつもより、一歩踏み込む。


「太宰はさ、なんでも忘れるの?」

「なんでもじゃありません。でも大半は忘れますね。覚えておこうと思うもんがあまりないですし……実際覚えてられないんです。立派なオツムもなけりゃ、残念なことに化物なんでね」

「そっか。なら――私が覚えておくよ」


 瞬間、太宰の体が強張る。


「太宰が覚えてられないって言うなら、私が全部覚えておく。あなたがいつでも見返せるように書き記す。これでも記者だから、太宰がこれくらいは覚えておこうかなって思うものを残してみせるよ。池から助けてくれたことと、おんぶのお礼も兼ねて」

「…………そうですか」


 沈黙。しかし、先ほど感じたような重たいものではない気がした。

 彼の呼吸音が聞こえる。


「……今、覚えとこうかなって思うことができましたよ」

「へぇ、早速だね。嫌じゃなければ聞いてもいい?」


 肩越しに、ゆっくりとすみれ色の瞳がこちらを向く。


「あなたの名前」

「……え」

「だから、あなたの名前ですよ」

「前に名乗ったはずだけど……」


 二人が初めて出会った見世物小屋で、シゲルはたしかに名乗っていた。だが、一度として名前で呼ばれたことはなく、今の今まで「先生」と呼ばれて続けている。……こいつ、覚えていなかったから先生呼びだったのか。

 眉根を寄せ、不満そうな顔で太宰を見る。しかし、彼は気にした様子もなく言葉を続けた。


「言ったでしょう? 大半のことは忘れちまうんだって。だからもう一回教えてくださいよ。次は、覚えておきますから」

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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