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鬼門の化物手帖  作者: 福島んのじ
オスガタ様
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オスガタ様 其ノ肆

「なにするんですか! 離してください!」


 三人の男たちに担がれたシゲルの両手足は麻縄で縛られていた。どうにか逃れようと暴れるが、芋虫が動いているようにしか見えない。


「ちょっと、田沼さん!」


 足部分を持っている男を睨みつける。そこには虚ろな目をした田沼がいた。快活な姿は今や見る影もない。


「あぁ、服を脱がし忘れた。これじゃあ『オスガタ様』がお怒りになるだろうか」

「どうせいつも中身だけ喰うんだ、浮いてきたら回収すりゃいい」

「そ、それもそうだな」


 彼女の声など聞こえちゃいない。物騒な言葉の応酬が、シゲルを抱える男たちの間で行われていた。

 理解ができずにいると、ふとあることに気づく。今、担がれて通っているこの道には見覚えがあった。彼女も一度自分の足で歩いた、姿池に続く道だ。

 浮いてきたら回収すればいいという言葉が脳内で再生される。最悪な未来が見えてしまった。

 息が浅くなる。より一層激しく暴れるが、ガタイのいい男三人相手ではなんの意味もなさなかった。みるみるうちに池が近づく。


「悪いな、記者さま」


 一切悪いとは思っていないような、形だけの空っぽな謝罪。それがシゲルの耳に届いた瞬間、彼女の身体は宙に放り出される。浮遊感を感じた時には、もう水の中だった。

 目の前が暗くぼやける。夏とは思えないほど水は冷たく、針で刺されるように痛かった。筋肉が、骨が、じわじわと凍っていくような感覚に襲われる。


「――っ‼」


 深い。底が見えない。苦しい。肺が痛い。耳鳴りがする。

 手すら伸ばせない彼女に、死がたしかな音を立てて近づいた。その速度はあまりにも早く、走馬灯が流れる暇なんてない。

 口から大量の泡が漏れ出る――その瞬間、シゲルの襟を何かがつかんだ。

 ぐん、と重力に逆らって彼女の体は水面近くまで引き上げられる。しかし、足首にかかる凄まじい力によって、再度水底へと引きずり込まれた。上へ下へと力が加わり、体が引き千切れそうだ。

 水面に上がれない理由はなんだ。足に蔦でも絡みついているのか。苦しさと痛みに顔を歪めたシゲルは水底へ目を向ける。


 ぼやける視界に映ったもの、それは――青白く骨ばった手だった。


 暗い底から伸びる成人男性の頭三つ分ほどの手が、彼女の足をつかんでいる。まるで、シゲルが日の下へ戻ることを拒むように。


「がぼっ⁉」


 水の中にいることも忘れて悲鳴をあげてしまう。しかし、彼女が発した言葉は泡となり、くぐもった音を奏でただけだった。

 闇の中から一本の巨大な手が水底へ引きずり込もうとしてくる。触れられた部分から恐怖がせり上がり、シゲルの身体を支配した。指一本動かない。その手から、視線がそらせない。

 瞬間、鼠色の何かが視界の端に入り込んだ。それが何なのか理解する前に、彼女の体は痛いほどの力で地上へ投げられる。


「――ッ、はぁッ‼ げほッ、げほッ、おぇッ‼」


 咳と共に、喉の奥から大量の水が吐き出された。ささくれだったように気管が痛み、胃が刺激されたことによって吐き気が湧き上がる。背を大きく丸めてえずいた。苦しさで涙がにじむ。

 ばしゃり、と水から上がった音がした。肩で息をしながらどうにか音の方へ顔を向けると、そこにはシゲルと同様に頭からつま先までびしょ濡れになった太宰がいる。


「……はぁ、しんど」

「な、なんでこの池から出てこれるんだ……! だって、今まで誰も無事じゃ、」


 青ざめて叫ぶ田沼を、太宰は視線だけで捉える。じとりとしたすみれ色の瞳には何の感情も映していなかった。


「あなたの言う通り、無事じゃないですよ。ほら」


 そう言って、太宰は右腕を上げる。力が入っていないように見えるそれは血まみれだった。

 腕を覆っていたシャツの生地は使い物にならないほど破れており、その隙間から覗く素肌には無理やり抉られたような痛々しい五本の傷がある。指と同じ数だが、到底人間ではつけられないほどにその傷は深い。そこから流れる赤い雫は水と混ざり合い、音を立てて地面に鉄臭い水溜まりを作っていた。

 その光景に、田沼やほかの男たちは声もなく怯える。


「まったく、なんてもん祀ってんですかこの村は。あんなの化物じゃないですか」


 お前も似たようなものだろう、と男たちの目が訴えている。太宰は犬のように頭を振って滴る水滴を飛ばした。


「こうなってくると、自分から生贄になったっていう修行僧の話も噓っぱちじゃないです? 生きたまま沈めでもしたか、殺してばらしてから池に投げたか……どっちにしても、それくらいのことしなけりゃあそこまでの化物にはならないでしょう。あれは徳の高い坊主が来たってどうにかできる範囲じゃない」


 何か思い当たる節でもあるのか、田沼は青を通り越してもはや白い顔で俯いた。


「ま、経緯はどうでもいいんです。今回あたしの仕事は、なんで行方不明者が出続けるのかを調べることだったんで」


 太宰は心底興味がない様子でそう言うと、尻部分にある衣嚢(ポケット)に手を突っ込む。そして、「帝」の字が刻印された(ボタン)を取り出した。彼が燃えカスの山から発見した物だ。


「ここに派遣された五人の警察、あんたらみぃんなこの池に喰わせちまいましたね? でも駄目ですよ、証拠になる物はよく焼かないと。……それにしても、水底にいる方は美食家なんですかね。人の肉しか喰わないなんて」


 状況からすれば、太宰は絶対的な証拠を持って彼らの悪事を暴いている。だが、表情はいつもと同じく軽薄そうなものだった。そのちぐはぐさが逆に不気味だ。

 田沼の体が震える。力いっぱい拳を握り、勢いよく顔を上げた。


「……し、仕方ねぇんだ‼ 定期的に生きた人間を投げ入れないと、『オスガタ様』はきれいな水を出してくれねぇんだよ‼」


 そう叫ぶ彼の目は血走っている。まるで、何かに憑りつかれているような、焦りを感じているような。


「でも、あいつらは、あの警察たちは、生贄の存在に気づいた瞬間それを責めやがった‼ なんも知らんくせに、おれたちがどれだけ辛い思いでこんなことしてるかわからんくせに‼ だからあいつらを投げ入れてやったんだ‼ そうすりゃおれたちは次の生贄を村の中から選ばずに――」

「――ちょっと待ってください」


 血まみれの腕とは反対の手を前に突き出し、太宰は待ったをかける。


「あたし、別にあんたらが悪いとは言ってませんけど?」

「…………は?」


 田沼は太宰の言葉に理解が追いついていないようだった。どうにか息が整い始めたシゲルも面食らってしまう。


「あたしの仕事はあんたらを捕まえることじゃありません。さっきも言ったでしょう? 行方不明者が出続ける理由さえわかればそれでいいんです。だからもう帰ります」


 太宰はさも当たり前のように言った。そしてシゲルの方へ近づき、両手足を縛られて芋虫状態の彼女に目線を合わせるよう屈む。


「さ、帰りましょうか。先生」

この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!

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