狐か狗か、はたまた狸か 其ノ陸
なぜ来賓室で待機していなかったのか、と詰め寄る教師たちをどうにか納得させ、警察からの現場聴取を受け終わったころにはもう日が傾いていた。忙しいため見送りなどできない教師たちに軽く挨拶をし、シゲルたちは尾田高等女学校を後にする。
二人で並んで歩く地面に、影が一つだけ伸びていた。
「……『こっくりさん』は、帰れなかったんだね」
「そうですねぇ、もう『こっくりさん』じゃありませんでしたから」
そう言った太宰は、白い生地で作られたお守りをシゲルに向けて掲げる。
「……ん? それなに?」
「『こっくりさん』の心臓を突き刺した時、手に引っかかったもんです」
「へぇ。……夏野さんが差し出したっていうやつかな。お母さんからもらったお守り渡したって言ってたし」
「おそらくそうでしょうね。……よっ」
太宰は無遠慮にお守りの口を開き、中に入っている護符を抜き出す。……なんて罰当たりな男だ。
「やっぱりなぁ。ほら、見てくださいよ先生」
抜き出した護符をシゲルの目の前に突き出す。そこには達筆すぎて読めない字と共に、墨絵の蛇が描かれていた。
「……蛇だ」
「ご名答。おそらくはどっかの守神様でしょう」
太宰は護符を橙色の日差しに透かす。
「これを『こっくりさん』への対価にして取り込ませたんだから、狐狗狸の他に蛇が混ざってたのも納得です。あれじゃ帰れないわけですよ、儀式は『狐狗狸さん』専用なんだから」
「たった一つ混ざるだけでそんなことになるの?」
「なりますよ。牛に人間の頭がついてたらもう牛とは呼べないでしょう? それと同じで、ほかが混ざったらまったくの別物です。だから殺しました」
――もう、帰れる場所がないから。
言外に、そう伝えられた気がした。
これ以上「こっくりさん」の件について踏み込むことができないシゲルは、そこまで優先順位の高くない質問をわざと選んで口にする。
「それにしても……お母さんからもらったお守りを差し出すほど夏野さんが知りたかったことって、一体なんだったんだろうね」
「なんだったんでしょうねぇ」
一瞬の沈黙が落ちる。
「……もしかしたら、恋の話かもしれませんね」
「恋の話かぁ。でも、それくらいで大事なお守りを渡すかな」
「あれくらいの年頃の子は大人の考えを軽く超えていきますよ。小さな箱庭で一生懸命生きる怖いもの知らずですから。『夏の野の繁みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものそ』とも言いますしね」
「それ、万葉集?」
シゲルの問いに、太宰は少し驚いた顔をする。そうしていると、いつもより幾分幼く見えた。十代と言われても頷ける。
なんだ、少しかわいいじゃないか。
「よくご存じで。さすがは先生」
「お世辞はいいよ。それより和歌好きなんだ。意外だなぁ」
「別に好きなわけじゃありません。昔、耳にタコができるほど聞かされて、目が溶けちまうほど読まされただけですよ」
太宰はそう言って、蛇が描かれた護符を千切って捨てた。すると、その紙片は帰るべき場所がわかっているかのように空へと舞っていく。
風は――吹いていなかった。
この度は本作「鬼門の化物手帖」読んで下さり誠にありがとうございます!
面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。
とても励みになります!




