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第一章 学園ファカルオン③

「はい。では、青巻紙」


 僕はブリーフケースを片手に持ったまま、腰のベルトの巻紙の一つをひらき、白紙に浮かんだ「水」「滞空」の文字列をなぞる。

 字が青白く光る。透明な液体が空中に現れ、静止する。

 ゆかに座ったまま先生は、室内に浮かぶ水のかたまりを観察する。


「成長しましたね。巻紙をひらき、字をなぞり、それを魔法として発動させる。この一連の動きのスピードが入学時よりも格段に速くなっています」

「先生のアドバイスのおかげです。肩の力を抜いて指を動かす、巻紙だけではなく魔法の対象自体を意識する。それらに気を付けるだけで、巻紙魔法の精度が上がった気がします」

「成長したのはアロンさん自身です」


 それからサイフロスト先生は、赤巻紙と黄巻紙の調子も見てくれた。

 赤巻紙の字をなぞって僕は小さな火を出した。黄巻紙のほうでは、パチッと感じる程度の静電気を発生させるにとどめた。

 あらためて三つの巻紙を腰のベルトにくくりつける僕に、先生は拍手する。


「巻紙魔法全体が強化されたようですね。次に開催されるダカルオンでも、いいところまでいくと思います。もう公表されていることですが、次の優勝賞品は自分の存在を一瞬だけ抹消できる古代の魔法装置だそうですよ、興味ありません?」

「どうも僕には使い道が思い付きません」


 なんとなく僕は、壁に立てかけられた銅鏡の一つに目をやった。鏡はさびつき、なにも映していない。


「ただ、これからのために、僕はもっと巻紙魔法を高めたいんです。先生、ほかにアドバイスをいただけませんか」

「いい向上心です。そうですね」


 ここで先生は、クッションのつまったとんがり帽子を両手で揉み始めた。深く考えるときの先生のくせである。

 何回も帽子を揉んだあとに腕を下ろし、手をたたく。


「組み合わせるのは、どうです」


 そう言って、僕の腰の巻紙三つを順に指差す。


「赤・青・黄。せっかく三種類あるのですから、状況に応じて使い分けるだけでなく同時に発動させるのも手ではないでしょうか。アロンさんの負担は増えますが、それができるようになれば今よりもさらに君自身を極められるはずです」


 先生は、僕が見ていた銅鏡に手の平を向ける。

 すると銅鏡から青緑色のさびが落ちた。ぴかぴかになったそれが、僕の顔を映し出す。


「ファカルオンの校訓、復唱してください」

「はい、『君を極めろ』です」

「よろしい」


 サイフロスト先生はふんわりと微笑し、帽子のつばをくるくる回した。


「では、きょうは、ここまで。なんでもかんでも先生がアドバイスしては学生の力になりませんからね。そもそもアロンさんの巻紙魔法とわたしのろくしょう魔法は違うものです」

「はい、本当にきょうも、お世話になりました」

「忘れないでください。最終的に君を高めてくれるのは、他人ではなく君だけです」


 背後で音がする。振り返ると、青緑色のドアが沈んで、廊下への道をあけていた。




 サイフロスト先生のいる研究室棟をあとにした僕は、そこから南東に延びる砂利道を進んで、学園の教室棟に向かった。

 通常の授業は、この教室棟で実施される。


 教室棟は四階建て。壁の色はベージュ。

 上から見ると、建物は内部に穴を持つ正方形のかたちをしている。

 その穴の部分は噴水付きの中庭。外側より、ひとまわり小さい正方形である。

 きのうソーラ・クラレスは、僕と会う場所としてその中庭を指定した。


(彼女との約束は正午。まずは時間割どおり世界史と外国語を受けよう)


 ファカルオンにはクラスや学年の概念がない。したがってクラス専用の教室もない。

 事前に自分なりの時間割を組む。そのうえで、希望した授業が実施される教室に各自が移動する。

 世界史の教室は二階にある。そこには、すでに多くの学生がいた。やや広い部屋に、五十人ほどが集まっている。


 室内のゆかに、赤みがかったダークブラウンのカーペットが敷かれている。

 中央にはマホガニー製の教卓が置かれ、それを囲むように百近くの机が配置される。

 学生用の机と椅子もマホガニーで出来ている。椅子のクッションはカーペットと同じ色。そこに座ると、中央の教卓が目に入る。

 多くの先生は、その教卓の周りを歩きながら授業をおこなう。

 研究室と同じく教室内でも学園長の空調魔法が利いている。


 僕は席に着き、ブリーフケースからテキストと筆記用具を取り出し、ノートをとる。

 先生の話を聞くだけでなく、調べたことや考えたことを学生同士で発表し合い、意見を交換し、レポートにまとめる。一回の授業は、だいたいそれで終わる。


「わたしにはレザウェルの革命が正しかったとは思えません」


「確かに彼は『魔法使いは血統が第一』という考えを崩壊させたがそれは同時に混乱も招いた」


「僕はこの革命についてクウァリファットの動乱との類似点を指摘したい」


 それは純粋な世界史だ。魔法に関わる出来事も関わらない出来事も歴史には登場する。

 学園ファカルオンは確かに魔法使いの教育機関。しかし学園長は入学式の日に、こう言った。


「立派な魔法使いになるには、むしろ魔法以外のことをしっかり学ばなければなりません」


 だから世界史や外国語、倫理学といった、魔法とは直接関係のない一般教養をファカルオンは重視する。


 そもそも魔法は、個人によってその性質に差がある。僕の巻紙魔法、ソーラのワープ魔法、寮長の水道魔法に学園長の空調魔法、サイフロスト先生の「ろくしょう」魔法などを例にとっても、それぞれ特徴が違いすぎる。

 一見、似ている魔法でも、運用方法や力の引き出し方、デメリットなどが異なる。


 よって一律に魔法を体系化して教えることは不可能。

 魔法の基礎の部分を確立させるのは、学校教育よりもむしろ家庭教育の領分であり、それをどう応用していくかは最終的に本人が模索するしかない。


 ただし一般的な授業しかないなら、僕たちはここに入学していない。

 学園には世界最高峰の魔法使いたちが所属し、研究員兼教師として働いている。学生はその人たちから、じかに自分の魔法を見てもらい、アドバイスを受けることができる。


 ファカルオンに入る一番のメリットは、ここにある。

 自分の担当教員から魔法の上達具合などを評価してもらうことでも、卒業単位の一部を取得できる。ほぼ必修のようなものだ。

 一般教養の授業と違い、時間割に組み込むものではない。担当教員の都合のつくときなら、いつでも魔法を見てもらえる。

 その時間は三分のときもあるし数時間のときもある。なかには一日中付き合ってくれる先生もいる。一時間できっちり終わる一般の授業とは、ずいぶん違う。


 きょうの世界史も時間どおりに終了した。

 僕はその教室から出て、外国語の授業が実施される階に移動する。


(四階だったか)


 ひとくちに外国語といっても、言語はいろいろある。この授業は、外国語全般の特徴をまとめたり、自分の知らない言語を使う人と出会ったときにどうするか考えたりするものだ。

 階段をのぼり、その教室に入る。ダークブラウンのゆかや中央の教卓といった内装は同じだが、世界史の教室よりも、ひとまわり小さい。

 机の数も四十ほど。学生の数は二十人に満たない。


 僕は窓際の席に座り、ダークブラウンのカーテンをあけ、外に目を移した。

 そこから黄土色の砂漠が見える。

 きのう、ソーラと僕が戦ったカディナ砂漠である。


 今、僕がいる教室棟と砂漠のあいだには、「閉鎖魔法」でおおわれた白い壁が設けられている。高さ三メートル、厚さ二メートルの壁が横長に続く。

 魔法のおかげで砂漠の砂は壁を越えることができず、こちらには飛んでこない。その閉鎖魔法も、学園に勤務する魔法使いによるものだ。


(正門から学園を見た場合、教室棟は敷地内のもっとも奥に位置する。そのさらに奥に砂漠があるわけだから、確かに裏庭みたいなものだ。ハフルも上手いことを言う)


 そして、ほおづえをついてカディナ砂漠の遠くを見る。


(僕はソーラを、ここから見える場所の、ずっと向こうに呼び出した。話を誰にも聞かれたくなかったから。なのに、このあと中庭で彼女と会っていいものか。まあソーラも考えなしじゃないと思うし、重大なことを人前でしゃべったりはしないだろう)


 そんなことをぼんやり考えながら外国語の授業を受けていた。

 先生は記録媒体を学園の図書館から持ってきて、外国語の音声を再生した。それは最新の魔法媒体で、黒い扇のかたちをしていた。ひらけば音が出る。

 こちらの授業の流れも世界史とほぼ同じ。学生同士で意見を交換する時間も設けられている。


「クウァリファット語は、ほかのどの言語とも文法の規則が違っている」


「でも単語自体は周辺諸国からの派生が多い。ところで君はどう思う」


「そうだな。似た言葉が反対の意味に使われる例もあるようだから注意すべきかも」


 僕はノートをとりながら、ほどほどに発言し、ほどほどに聞き役に徹していた。


(外国語の授業はちょうど正午の五分前まで。終わったらすぐ中庭におりよう)

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