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第一章 学園ファカルオン②

「二人の邪魔をして申し訳ないね、ハフル・フォートくん。アロン・シューくん。でも、たまには寮生と一緒のテーブルを囲みたいとも思うんだよ」


 寮長は激辛カレーを注文して食べ始めた。


「それ、アロンも頼んでましたよ。どんな感じですか」


 すでにほとんど食事を平らげているハフルが、余りの豆をつまみながら声をかける。

 寮長は、いったん水を飲んだあと、口元を隠しつつ無表情で答える。


「ああ、(から)いね」

「いや、さすが寮長ですよ。顔色一つ変えてないですし」

「わたしは我慢してるだけさ」


 ここで寮長は、僕のテーブルに目を向ける。四分の三ほど食べ終わった激辛カレーと、水が半分以下になった透明なコップを凝視する。


「アロンくん。きょうは問いつめて、すまなかったね」

「カディナ砂漠に行っていた件ですか」


「ぼろぼろの服で帰ってきたから、なにかあったのかと気になってね。でも元気に遊んでいたのなら、それでいい」

「いえ、僕も、はしゃぎすぎました。心配をかけてすみません」

「君は、いい寮生だな」


 寮長の視線は僕の前のコップに釘付けになっている。


「アロンくんは自力で水が出せるにもかかわらず、ちゃんと出されたものだけを飲んでいる」

「この食堂の水も寮長の水道魔法によるものでしたね」


「そうさ、洗濯に使うものやシャワー室のやつとは処理方法が異なる。ちゃんとした飲み水だ」

「僕の青巻紙で生み出したものよりも、こっちのほうが、よほどおいしいんですよ」

「嬉しいね。でもわたしよりもアロンくんのほうが、すごい魔法使いだと思う」


 それからは、とりとめのない会話が三人のあいだで続いた。

 なぜ学園に入ったか、意中の相手はいるか、故郷が恋しくならないか。そういった、あたりさわりのない話をした。




 翌日、僕は太陽がのぼる前に起き、身なりを整えた。


 ファカルオンには指定の制服がなく、学生は自由に服装を選ぶことができる。

 魔法を行使する際、「服」は重大な要素。好きな格好になれば、自身の気持ちが高揚する。結果、感情が魔法の力そのものを増大させる。


 当の僕は真っ黒なスーツを着て授業を受けることにしている。

 きのうと同じ黒いジャケットとパンツに身を固め、黒いネクタイを首元までしっかり結ぶ。黒い靴下で足をおおい、フェイクレザーの黒靴をはく。

 僕は同じ種類のスーツをいくつも持っており、それらをクローゼットに収納している。シューズラックに置いている複数の靴も、ほとんどが黒いフェイクレザーである。


 きょう着ているのは、きのうソーラ・クラレスと戦ってぼろぼろになったものとは別のスーツ一式。

 父の形見の虹巻紙を「鏡の巨像」から取り返すまで、この喪服スタイルをくずすつもりはない。寮長のこだわりが燕尾服なら、これが僕のこだわりだ。


(例外として、リラックスするときは、肌ざわりのいいリネンの上下を着たりするけど。確かに僕はハフルの言うとおりオンオフの差が激しいな)


 赤・青・黄の巻紙を腰のベルトにくくりつける。授業で使うテキストや筆記用具を黒いブリーフケースにつめこむ。


「よし」


 僕はつぶやき、部屋のドアノブに手を伸ばす。

 レバーハンドルの「とって」をにぎる。

 そのとき、彼の眠そうな声がベッドから聞こえてきた。


「アロン、おまえ、きょう授業なにがあんの。ずいぶん早いじゃん」

「おはよう、ハフル」


 いったんハンドルから手をはなし、僕は彼のほうにつまさきを向ける。


「僕は午前中に世界史と外国語を受ける。午後は倫理学」

「そうかい。倫理学は俺も受講してっから、そんとき、またな」


 ハフルは、ねずみ色の寝巻きを着たまま、あくびをした。目をこすりつつ僕を見る。


「ちなみに俺、きょうの午前に授業ない。いやいや、単位はだいじょうぶ。ちゃんと計算してるからな。とりあえず、まだ眠いし二度寝するわ」

「おやすみ、ハフル」


 あらためて僕はレバーハンドルをにぎって、ドアをあけた。廊下側から、それをしめる。

 食堂で朝食をとったあと、男子寮から出て東に向かう。

 灰色の砂利道を進む。


 空には朝焼けが広がり、赤と薄い紫がぼんやりと上空に浮かぶ。

 道沿いには一定間隔で、高さ十メートルのユズリハの木が植えられている。

 緑の葉に見下ろされながら、わずかな木漏れ日のなかを抜けていく。

 さらに女子寮のそばと、警備員たちが勤務する建物の横を過ぎる。


 しばらく歩いて目的地の前に立ったとき、朝焼けの色はすっかり消えていた。

 そこは研究室棟。先生たちの研究室が集まった横長の建物である。学園の教師は合計五十二人だが、彼等一人につき部屋が一つずつ割り当てられている。

 学園ファカルオンは魔法使いの教育機関にして研究機関でもあるのだ。


 僕は研究室棟の重い鉄製のドアをあける。

 廊下を進み、右に曲がり、階段をおりる。

 地上だけを見れば研究室棟は五階建て。ただし、それとは別に地下一階も存在する。

 かがり火がたかれた暗い廊下を抜け、突き当たりのドアの前に立ち止まる。


 このドアは銅製。全体が青緑色のさびで、おおわれている。それをノックする。

 すると向こうから、けだるげな声が返ってきた。


「このノックの力加減はアロン・シューさんですね。どうぞ、入ってください」


 ドアが下方向に沈み、突き当たりの先に道が現れる。

 僕が通り抜けたあと、さびたドアが背後でせり上がり、再び道をふさぐ。

 奥に歩を進めれば、僕がお世話になっている先生の研究室に入ることができる。


「失礼します、サイフロスト先生」


 赤茶けたレンガで囲われた部屋。四つのすみにかがり火が一つずつともる。壁際のほとんどは銅の器物でうめつくされている。銅鐸や銅鏡。古代に使われていたという「銅貨」でいっぱいの銅のつぼ。銅の斧、剣、鎧など数えればきりがない。


 青緑色のさび「ろくしょう」におおわれたものと、さびずに赤い状態を保っている銅が半々。

 室内には書棚が一つだけある。七段の棚すべてに冊子と巻物が無造作に置かれている。虫食いはないものの、それらの紙は薄赤く変色している。


 意外と部屋の空気は悪くない。嫌なにおいもしない。

 天井には通気口があけられ、そこを介して学園長の「空調魔法」が利いている。おかげで室内の空気が良好な状態に保たれている。


 そんな部屋の中心に腰を下ろしているのが、サイフロスト先生。

 本名はメアラ・サイフロスト。

 若い女性に見えるが、実年齢は不明。

 髪はダークブラウンで、やや乱れた毛先をボブカットに切りそろえている。

 紫のローブを身にまとっており、すその下からは、ぶかぶかの黒靴下がのぞく。

 本人いわく、レンガのゆかに気持ちよく座りたくて厚着しているらしい。


 そして先生は、つばの広い黒のとんがり帽子をかぶっている。

 レンガの天井からときどき破片が落ちてくるので、落下物から身を守るべく、帽子のつばを伸ばしたそうだ。それだけではなく、とんがり帽子のなかには衝撃を吸収するためのクッションがつまっているという。

 そんなサイフロスト先生が、人形のように整った顔立ちをのぞかせ、緑の瞳で僕を見る。


「用件はわかっていますよ、アロンさん。巻紙魔法を見てもらいに来たのでしょう。余計なあいさつは要りませんから、すぐに使ってください。あ、いつも言っているとおり、わたしがゆかに座っているからといって君も無理にしゃがんだりする必要はないですからね」

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