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序章 ソーラ・クラレス④

「君ほどじゃないよ。赤巻紙・封」


 とりあえず僕は赤巻紙をベルトに再度くくりつける。

 一方の彼女はぐっと両腕を前に伸ばし、ふっと消えた。


 そして、すぐに戻ってきた。砂の上に置いたままだったレモン色のかばんと共に。

 あらためて彼女は、そのひもを右肩にかける。

 続いてかばんから水筒を取り出し、かたむける。しかし水はわずかしか出なかった。


 水筒の口を真下に向けるソーラを見て、僕は青巻紙をひらいた。

 空中に一リットルほどの水を浮かせる。


「よかったら、すくって飲んで。確かに、君をカディナ砂漠まで呼び出したのは僕だ。このくらいは、させてほしい」

「ありがと。ごくごく」


 水を飲む彼女から目を離し、僕は自分の服装を見る。

 スーツは、ぼろぼろだった。ところどころ切れたりほつれたりしている。全体的に黄土色のよごれが目立つ。


(思った以上にダメージが大きい。さっきの戦いが始まる前は、ちゃんとした見た目だったのに。大半は砂漠のなかを激しく移動したことで負ったものみたいだ。カディナの砂は細かいけれど、よく見たら意外にとがっているし、そのせいだろうね)


 ネクタイが、ほどけかかっている。ワイシャツやジャケットのボタンが、ほとんど取れている。とくにシャツのえりの変色が目立つ。汗と黄土色の砂が混ざったようなよごれだ。ジャケットやパンツのすそも、ささくれたように乱れている。

 黒靴も靴下も傷だらけ。


(無事なのはベルトと巻紙くらいか。普通の洗濯やクリーニングだけだと元どおりにならないかもしれないし、あちこちに出来た傷とよごれをどうにかするためにも、ちゃんとした修理屋に頼みたいところ。といっても、学園の近くにそういう店なんてあったかな)


 全身を確認したあと、僕はソーラに再び視線を向けた。


「そういえば君、僕の暑苦しい喪服を脱がせるとか言ってなかった?」

「あおるためよ。つまり、わざと。ごめんなさい」


 かばんから取り出したハンカチで口をふきながら、ソーラが視線を投げ返す。


「だって父があなたに迷惑をかけたみたいだから。身内に憂さ晴らしでもしたいかなって。だけど、あなたのほうから仕掛けることは、なさそうと思ったし」


 ソーラはハンカチをかばんにしまい、空中に残った水を見つめた。

 僕も、その余った水から一部をすくう。


「それで、あんなことを。ごくごく」

「ええ。わたしはアロンを戦いに誘導した。だからあなたのスーツがぼろぼろになったのは、わたしのせい。そのぶんは後日、弁償する」


 彼女は長いまつげを動かして、まばたきをくりかえす。


「だけどわたしがあなたに戦いを挑んだのには、もう一つ理由がある」


 ついでソーラはレモン色のかばんから、ハンカチではない別のなにかを取り出した。


「レジャーシートよ」


 それを広げ、砂漠の上に敷く。


「わたしの隣に座りなさい、アロン」


 ソーラはサンダルを脱ぎ、シートに腰を下ろした。


「ここなら人に聞かれる心配もない。そもそもあなたがこのカディナ砂漠にわたしを呼び出したのも、アリアンをさぐっていると誰にも知られたくなかったからでしょう。あの犯罪者のことを学園で話せば、みんなドン引き、待ったなしだもの」


 そう言われた僕は青巻紙に封をした。

 片手をかざして上空に目を向ける。すでに昼下がりは過ぎ、太陽は下降気味。

 僕は黒靴をはいたまま、足だけを外に出してソーラと同じシートに座った。


「靴下に砂が、たまっていてね」

「ならわたしも、そうしましょう」


 再びソーラはサンダルをはき、僕と同じ姿勢になった。

 僕たちは今、背中合わせに座っている。


「アロン・シュー」


 背後にレモンの香りを感じながら、僕はソーラの声に耳をかたむける。


「わたしが戦いを挑んだ本当の目的は、あなたの力量をはかるためだった」


 彼女は背中を倒した。そのとき、僕たちの肩がふれ合った。


「結局、わたしのワンピースも、はぎとられたようなもの。でもアロンはスーツを守りきった。そういう意味ではあなたの勝ち。アロンは強いわ」


 ソーラは、肩がぶつかったことを謝って、背中の位置を戻す。


「あなたは父親の形見の虹巻紙を取り返すために、『鏡の巨像』アリアンの手がかりをさがしているのよね。だからわたしに近づいた」

「そうだ」

「だったら、目的は同じね。わたしもあの男をさがしている」


 僕は、ほどけかかっていたネクタイをぎゅっと結びなおし、彼女の次の言葉を聞く。


「そもそもアリアンの居場所や、あいつが盗んだ物の保管場所についても、手がかりがまったく見つからないの。心当たりがないとあなたに言ったのも嘘じゃないわ」


 ソーラは深呼吸して、続ける。


「わたしが呼び出しに応じたのは、あなたのほうがアリアンの手がかりを持っているんじゃないかと期待したから」

「僕が『鏡の巨像』関連で君の周辺をさぐっていたのも、とっくにばれていたと」


「確信はなかったわよ。『いつも黒いスーツを着てる人がわたしのこと知りたがってる』って、うわさを聞いて、もしかしたらと思っただけ」

「露骨に聞き込みをしたつもりは、なかったんだけど、服装があだに。いや、そのおかげで君が呼び出しに応じてくれたとすれば、かえって悪目立ちして、よかったのか」


「あなたも父について肝心なことは知らないのよね。とはいえアロンがアリアンをさがしているのなら、わたしと目的は同じ。そこで、あなたの力量を見た。実力がじゅうぶんなら協力できるんじゃないかって。果たしてあなたは申し分なかった」

「つまり?」


「互いの目的を果たすまで、これから一緒に動かない? 利害の一致による協力関係よ。もちろん、すべてが終わったあとは、他人同士に戻るってことで」

「いいよ。僕としても、君と協力して『鏡の巨像』を追えるなら心強い。このまま君からなんの情報も得られず終わったら、それこそ不毛だ」


「決まりね。これからわたしたちはアリアンをさがすために協力する。まずはアロン、あすの正午、中庭の噴水に来て」

「わかった」


 僕はソーラに了承の返事を伝え、シートから腰を浮かす。

 彼女も立ち上がり、レジャーシートを折りたたむ。


「じゃあ話もまとまったところで帰るわ」

「その前に、一つだけ聞きたい」


 シートをかばんに収める彼女を見ながら、僕は質問する。


「君はどうして父親をさがしているんだ。肉親だから?」

「わたしも盗まれたクチよ。髪を」


 ソーラは頭頂部に右手をかぶせる。


「五年前、母の遺髪をあいつは奪った。母は遺言で、自分の遺髪をアリアンにだけは渡すなと伝えていたの。だから、さがし出して取り返す」


 そう言い終わらないうちに彼女は、かばんとワンピースと黒髪を揺らし、僕の目の前から姿を消した。

 次の瞬間、五メートル向こうに現れ、また消え、さらにその五メートル先に姿を見せた。これをくりかえしてソーラはどんどん遠ざかり、消え去った。


 あとには黄土色の砂だけが残った。

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