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序章 ソーラ・クラレス②

 スーパーロングの黒髪が、すぐそばで揺れる。

 彼女はレモン色のかばんを近くの砂の上に置き、僕に赤い瞳を向けた。


「これ以上の質問は不毛だわ、アロン」


 そして再度消え、僕から四メートルほど離れた右前方に出現した。


「だからわたしと戦いなさい」


 ソーラが両手で手招きする。

 僕はベルトにくくりつけた三つの巻紙の先端を指でなぞる。


「それこそ不毛だ。僕が恨んでいるのは君じゃなくて君の父親だ」

「そう言いつつ臨戦態勢じゃない? 自分の武器を丁寧に、さわっちゃって。あなたが真っ黒のスーツで砂漠にやって来たのも、亡くなったお父さんを思ってのことよね」


「だからなおさら喪服同然の、この格好で君とけんかしたくない」

「強情ね、だったら」


 ソーラは手招きの仕草をやめた。


「その暑苦しい喪服、わたしが脱がせてあげる」


 彼女は腕をだらりと垂らした。次の瞬間、僕の真正面に現れる。

 手の平をぐっと前にやり、こちらのジャケットをつかもうとする。

 反射的に僕は横に飛び、彼女の攻撃をかわした。


「どうしても戦うのか、ソーラ・クラレス!」

「そうよ。そもそも、ここにわたしを呼び出しておいて、都合が悪くなったら逃げるの? アロン・シュー」


 それから口元を不敵にゆがめ、ソーラはワンピースのスカートを横に引っ張った。なかに空気が侵入したためか、ワンピース全体が、ややふくらんだ。


「せめてわたしのワンピースをはぎとるくらいの気概は見せなさい。それなら戦う理由になるかしら」

「笑えない」


 ひとまず僕は足下の砂を蹴る。巻き上がった砂を目くらましにして、いったん彼女から離れる。


(やるしかない。しかし学園での彼女はクールビューティーという印象が強かったのに。まさか、こんなに好戦的とは)


 砂丘を見つけ、そのかげに身を潜める。


(ソーラはワープを使う。ワープとは物質の特殊な転移。つまり「元いた場所から消えたあと、物理的な移動をはさまずに別の場所に現れる」ことが可能。これはすでに知っている)


 彼女の魔法について、ひとまず整理する。


(自分だけでなく、直接的または間接的に自分と接触するものもワープ対象にできる。だから服やリボンも彼女と共に転移している。ただし自分から離れたものを別の座標に転移させるのは無理だろう。それが可能なら、ソーラはとっくに僕自身をワープで引き寄せているはず)


 が、これ以上ゆっくり考える時間はなかった。


「見つけたわ」


 砂丘の頂上に立って、彼女が僕を見下ろしていた。

 その姿が消える。ワープが発動したのだ。


 対して僕は、彼女が消える直前、あえて砂丘の斜面をのぼった。

 彼女は、さきほどまで僕がいたところに現れた。手を伸ばし、思いきり空をつかんでいた。頂上まで移動した僕を見上げ、淡々と言う。


「わたしがわざと上に注意を向けさせたこと、わかってたのね」

「まあね」


 僕は後退する時間をかせぐため、会話に付き合う。


「不意打ちをねらうならわざわざ相手に声をかけるなんて愚の骨頂。つまり君は、こちらのカウンターを警戒し、あえて自分の位置をばらした。それで僕が上に向かって魔法を撃とうとした瞬間、君は背後にワープし、こちらの隙を突くかたちで攻撃するつもりだったんじゃないか」


 しゃべりつつも、僕は後ずさりを続けた。

 そして予備動作なしに足下の砂をつかみ、彼女に投げた。しかしソーラは平然としている。大きな赤い瞳をひらいたまま口角を上げる。

 僕は瞬時に、また逃げた。


(まともにやってもワープ持ちには勝てない)


 走りながら考える。


(ともかく、これで二つのことが確信できた)


 風に巻き上げられる砂をつまんで、じゃりじゃり、音を鳴らす。


(一つ目。ソーラは自分にぎりぎりふれそうになったものもワープさせることができる。さっき僕が砂を投げても彼女が平然としていたのは、目や口に入りそうになった砂を別の場所にワープさせたから)


 思えば、昼下がりの砂漠にあっても彼女の肌が日に焼けていないのは、肌に到達する直前に日光そのものをワープさせているからではないか。


(ただし限界はある。全身をつつむようなワンピースが、その証拠。いくら光をワープさせるといっても、広い範囲の肌をカバーしようとすれば、さすがに魔法の力のリソースが尽きてしまう。だから長袖やロングスカートでも日焼け対策をしているのだろう)


 後ろからせまる彼女の気配を感じつつも、心を落ち着かせる。


(そして二つ目の確信。一度ワープを発動させれば転移先の座標を途中で変更できない。さっきの砂丘で、僕は彼女が消える直前に斜面をのぼった。ソーラはこちらの動きを確かに見ていた。そのまま待つだけで、高所から僕を攻撃できる有利な状況にあった)


 だが彼女はワープを解除することなく、僕が元々いた場所に出現した。カウンターを警戒するにしても、その状況を放棄する理由としては弱い。


(不可解に見えるけど、そもそも「ワープのキャンセルは不可能」と考えれば説明がつく)


 ここで僕は立ち止まり、振り返った。ワープを連続させて近づいてくるソーラを視界に入れる。約四メートルずつ、彼女が間合いをつめてくる。


「青巻紙」


 僕はベルトから青い巻紙を手に取り、ひらく。

 巻紙には、いくつもの文字列が並ぶ。そのどれかをなぞることで、各文字列のあらわす現象を発生させるのが、僕の巻紙魔法である。上手く発動すれば、対応する箇所がわずかに光る。


 白紙に浮かび上がる「水」「滞空」の字をなぞったあと、「膨張」に指を移す。さらに「分裂」「誘導」「包囲」の文字列を順に青白く光らせる。

 空中に透明な水が現れる。巨大化する。無数のかたまりに分かれた水が、こちらに接近しつつあるソーラに向かって飛んでいき、果ては彼女を取り囲む。


「『砲撃』!」


 続いて僕はその文字列を指の腹でこすった。

 水たちが、一斉に彼女に撃ち出される。


 しかしソーラはすべての水をワープさせ、受け流す。周囲の砂がどんどん水を吸って変色していく。

 もう一度、僕は青巻紙の字をなぞる。

 ただし今度は「膨張」を三回、重ねて光らせた。


「『水』『滞空』『膨張』『膨張』『膨張』『分裂』『誘導』『包囲』『砲撃』!」


 その水の総体積は、さきほどの三倍どころではない。圧倒的な水量が全方位から襲いかかり、ソーラを押しつぶそうとする。


(さすがに、これらすべてをさばくことは、できないはず。よって自分自身をワープさせるしかない)


 ただし、僕は一つの罠を張っていた。さきほど言葉にしたものとは別に、黙ってほかの文字列もなぞっていた。

 すなわち「指定」と「収縮」の二つに指を置き、発動させていた。

 彼女を包囲する水の壁の一部を、わずかに薄くするために。


(四メートルほどのワープを連続させて僕に近づいたことからもわかるとおり、彼女のワープ距離も無限じゃない。だから脱出しやすそうな方向を作ってそちらに誘導し、確実に倒す)


 巨大な水のかたまりが撃ち出され、ソーラがワープに入る直前。

 僕は「水」「滞空」「膨張」「指定」「設置」を続けてなぞった。それにより、彼女の次の転移先に、大きな水の空間を作り出した。

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