第七話「古代神降臨、そして禁呪」
──屋敷の応接間。空間を支配する圧倒的な威圧感と沈黙。
キュビリアの登場により場が凍りつく中、当の本人──ルーチェはおろおろとした動きで立ち上がった。
「キ、キュビリア様っ……! お久しぶりでございます! まさか、こうして地上でお目にかかれるとは……!」
ルーチェが緊張しきった笑顔を浮かべる一方で、キュビリアはじっと彼を見つめていた。
「……あんたさ、なんか雰囲気変わったよね?」
「へっ?」
ルーチェの声が裏返る。
「いや、なんかね。昔のルーチェはさぁ、もっとこう……積極的に私にイチャイチャしてきた気がするんだけど?」
「い、いや、それはその……兵士時代は色々荒れてたといいますか、ええ、その……ストレスとか、緊張とか、若気の至りというか……!」
「違う違う。そういう問題じゃない。」
キュビリアが微笑を浮かべる。
「前は、もっと大胆だったわよ?。私の羽に顔突っ込んできたり、抱きついてきたり……ね?」
ノラムが腕を組んだまま、スッと目を細める。
「……ルーチェ? それってどういうことかしら?」
ルーチェが一歩後退する。
「え、あ、いや、それはですね!? あの時はこう、テンションというか、ノリと勢いというか……!」
キュビリアは腕を組み、ふてくされたように言った。
「……もう、いいや! あー、めんどくさいし、全部言っちゃおーっと!」
「え、ええええええ!? キュビリア様!? ちょ、ちょっと待ってください!? それは、言わなくてもいい話なんじゃないですかね!? ね!?」
ルーチェは必死にやめさせようとするが、それも虚しく…
「いやいや〜、ルーチェが私に会いにきた時何しにきたか、みんなにも知ってもらわないとぉ〜?」
ニヤニヤと笑うキュビリアに、ルーチェの顔が青ざめていく。
「……どういう意味だ、それは?」
ドレッシーが低い声で口を開く。
「……言いなさい。古代神相手に何をしたのかしら?」
ノラムは冷静に、しかし威圧を滲ませて言う。
ルーチェ、絶体絶命。
「い、いやいやいや!! これはなんというか、その……まあ、その~……ほら、ちょっとしたかる〜いスキンシップ的な……?」
「いやいやいやいやいや!! そんな可愛い話じゃないからね!? ルーチェ、"古代神の私に" 何してたか、ちゃんと言おうね?」
逃げ場は、完全に消えた。
「…………………」
キュビリアは黙り込むルーチェを見て仕方なく大きく息を吸い込んで——
「こいつね!! 深淵第3階層にまで堂々と乗り込んできて!!!
“私の羽の付け根をクンクンして”
“耳をペロペロして”
“翼に顔を埋めて”
“お腹に頬ずりして”
“胸にダイブして”
“脚を撫で回して”
“『うわぁぁぁぁっ! キュビリア様の匂い最高ですぅぅぅ!!』
って絶叫してた変態ですぅぅぅぅ!!!!!」
──応接間に、静寂が落ちる。
ナルタ、固まる。
レイナ、完全に引いている。
ドレッシー、呆然。
ノラム、静かに目を閉じる。
誰もが言葉を失った。
ルーチェは顔を真っ赤に染め、今にもその場から消え去りそうなほど縮こまっていた。
「……それは……ちょっとした……スキンシップ……ということで……」
蚊の鳴くような声がこぼれる。
「ルーチェ……あなた、"古代神にすら" 欲情していたのね……?」
ノラムが深く、深く、ため息をついた。
「……これ以上驚くことはないと思ってたけど……」
レイナは目を伏せながら、静かに呟いた。
「 」
ナルタは石像のように固まり何も言えない。
「……これは、もう処刑した方がいいのでは……?」
ドレッシーは遠くを見つめながら、口を開いた。
ルーチェは崩れ落ちるように土下座した。
「申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
頭を地面に擦りつけ、声を張り上げる。
だが──
この場にいる誰一人として、許す許さないなどではなく、この男の
──“古代神にまで欲情する”という前人未踏の変態力に、全員が本能的な恐怖を覚えていた。
応接間に沈黙が満ちる中、ひとり紅茶を啜っていたルーナちゃんが、ぽやぽやした声で口を開いた。
「えっとぉ〜……キュビリアちゃん、別に嫌がってなかったんじゃない? 」
「ん〜? うんうん、そうだよ?」
キュビリアがあっさりと肯定する。
「そもそもさぁ、私が第4階層のデュバイル倒してまで地上に来た理由って──」
彼女は視線をルーチェに向ける。
「ルーチェに、会いたかったからだし?」
「えっ……」
ルーチェの目が丸くなる。
「あの、じゃあ……僕がやったこと、別に……その……?」
「うん。別に。むしろ、もうちょっとやってほしかったぐらい」
レイナまたしても驚愕する。
「ちょっ……!? 何言ってるのよこの神様!?」
ドレッシーは肩を押さえて小刻みに震えながら
「……この状況は夢か幻か幻覚か妄想では……」
と呟いていた。
「ふぅ……助かっ──」
安心しかけたルーチェの肩に、キュビリアがぽんと手を置いた。
「……それと、もう一つだけ。ねぇ、ルーチェ?」
「ひぃっ……はいぃっ……」
「……デュバも言ってたんだけどさ」
キュビリアは笑顔を保ったまま、しかし目は鋭さを増していた。
「──アンタ、どうやって“深淵第3階層”まで来たの?」
応接間の空気が再び張り詰める。
「……え?」
ルーチェの額に冷や汗が滲む。
キュビリアは楽しげに話を続けた。
「だって、普通の人間が深淵に来るなんて無理でしょ?
深淵界って“古代神たちの世界”なんだよ?
そもそも第1階層から第2階層に行くだけでも、その階層の支配者の許可が必要で──」
「その支配者になるには、10年はかかるのが普通なんだよねぇ〜?」
その後、それまでふにゃふにゃしていたルーナちゃんが、ふいに姿勢を正す。
まるで別人のように、真っ直ぐな声で名乗った──
「改めまして、私は、深淵第2階層
“殺戮天使”──ルーナ。
深淵界で正式に認められた、第2階層の一柱です。」
「深淵階層と言われてもあまりピンとこないが…」
ドレッシーが、ぎり、と歯を噛みしめる。
「あのルーチェにでたらめな強さの魔法授けた古代神が2階層……!
キュビリアは更にその上をいくのか……!」
ノラムも軽く目を見開いていた。
キュビリアは、ふぅっと息をついた。
「ま、それよりも!
私、思ったの。
ルーチェ……アンタ、“古代魔法”よりももっとヤバいもの使ってるんじゃないかって、用が済んだらスッと消えていったし。」
その言葉に、石像になっていたナルタが悲鳴をあげた。
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
彼女は震える手で眼鏡を押さえる。
「“太古魔法”のこと言ってます!?
それ、旧神の魔法ですよ!?
使用が確認されたのは歴史上3人のみです!
ただ、現在は禁呪中の禁呪ですよ!」
「た、たしか……古代魔法に比べて太古魔法は使用者は勿論、国単位で影響が及ぶから禁呪扱いになってるのよね…
ル、ルーチェがそんなものを……!?」
レイナの目が揺れる。
そしてノラムが冷静に呟く。
「ナルタが言ったけど使用が確認されたのは
3人
1人目は数百年この国を治めている我が国の王女
不老不死の能力
『ドヴィル・プリンセス』
2人目は敵国から我が国を護り切った英雄
暴獣神化の能力
『レクシア・ダッチェス』
私の母上よ。
3人目は…何もかもが不明だけど恐らく治癒能力を持つ者…
そして4人目がこの、変態で、下品で、軽くて、変態で、軟派で、もうどうしようもない変態性欲の持ち主のルーチェになりそうね。」
「な、なんか……すごくボロクソに言ってませんか……?」
ルーチェは完全に落ち込んだ顔で、ソファに背中を沈めていた。