第六話「変態は出禁 神は降臨」
──屋敷の応接間に、重い空気が流れていた。
ノラム、レイナ、ナルタ、ドレッシー、そしてルーナ。
全員の視線が一点、ソファに座るルーチェに向けられている。
ルーチェは逃げ道がないと悟り、ついに口を開いた。
「……観念しました。ええ、はい。まずはドレッシーさんに話した内容を再度──」
彼は紅茶を一口すすり、話し始めた。
2年前、戦場で敵のお姉さんに惚れて捕虜になったこと。
処刑される寸前古代神ルーナちゃんが降臨して命の危機に瀕したルーチェに“古代魔法”が与えられたということ。
「……戦場で色恋沙汰を起こすなんて。」
ノラムが冷たく遮る。
「その頃は精神的に大変だったんです!」
「分かったわよ、次に進みなさい。」
ルーチェは一呼吸おいて、続けた。
「与えられた古代魔法の名前は
──**淫紋刻印**です」
応接間が静まり返る。
「……はい?」
ノラムの眉がひくりと動いた。
レイナが紅茶を口から吹き出し、ドレッシーが額に手を当てる。
「だからその反応やめてください! 名前はアレですが、日常生活では一切、絶対に、断じて使ったことはありません!!」
「その“必死な否定”が一番怪しいのだけど……」
レイナが冷めた声で言う。
「……興味深いですねぇ」
唯一、目を輝かせたのはナルタだった。
「で? その魔法の効果はなんでしょう?」
ルーチェは、真面目な表情で説明を始めた。
「効果は……理性の低下、魔力制御の崩壊、そして従順化──要するに“何を言っても従わせられる”ってやつです。
…名前のせいで誤解されてますけど、これ本当に強力なんですよ?」
「……最低な魔法だが確かに強力だな、」
ドレッシーが少々嫌悪感を出しながらも感心した。
「補足ですが、効果は消えても刻印自体は消えません。永続です。」
「それはお前の趣味か?」
「違います、古代神が決めました。」
「……なるほどなるほどなるほど! すっごい興味深いです!」
ナルタが身を乗り出す。
「じゃあっ! 今ここで私に試してください! 責任は取ります! 一生研究対象でいてくれたらOKですから!」
「ナルタお嬢様!?なんてこと言い出すんですか!?」
ルーチェはひきつった笑みを浮かべた。
「……そもそも無理なんです。この魔法は“命の危機”でしか発動できないんです。僕が半死半生でないと出ないんです。」
「惜しい……」
そのやり取りを聞きながら、ノラムが静かに切り込んだ。
「……はぐらかしてるのかしら?ルーチェ。
あなたが“深淵第3階層”とかなんとかに行った理由。それとキュビリアという古代神について話しなさい」
「…………」
ルーチェが口を開く前に、ぽやぽやとした声が割り込んだ。
「えっとぉ〜、それはねぇ、私が説明した方がいいかも〜。」
ルーナちゃんが手を挙げた。
「ルーチェが深淵第3階層に行ったのは、わたしがその階層にいるキュビリアちゃんのことを話したらルーチェが会いに行ったからなの。
でもね〜、そのせいで色々あってルーチェ、深淵出禁になっちゃったんだよ〜」
「出禁!?」
レイナが机を叩いた。
「深淵を出禁になるって何したのよ!この変態!」
「……えっとその、いろいろとですね…」
ルーチェは目をそらした。
ルーナはぽやぽやと話を続けた。
「深淵の階層って、この世界で言うと“神々の権力階級”みたいなものなんだ〜。
深くなるほど、力も影響力も強くなるの。」
「じゃあ、そのキュビリアって……」
ノラムが言いかけたとき、ルーナがうなずいた。
「うん、第3階層の支配者。とっても怖いけど、ルーチェのことが好きなの〜。
だから、“深淵出禁のルーチェに会いに行く!”ってこっちの世界に来ようとしてるの」
「……いや、ちょっと待て、それは“災厄”の定義に近いのでは?」
ドレッシーの声が震える。
「でもねぇ〜、キュビリアちゃんはすぐ来れなかったの。
第4階層のディバイルくんが“ルーチェに会うな”って止めててね〜。
それで話し合い──という名の“戦争”を1年くらいしてるの」
ナルタはそれを聞いて飛び上がる。
「真紅の処刑神ディバイル!?古代文明の古書物に記録されている最強の古代神ですよ!」
「なんでそんなことに!?」
ルーチェは天を仰いだ。
──その時だった。
空気が震える。
ドレッシーが即座に剣に手をかけ、ノラムとレイナが身構える。
ナルタはワクワクしていた。
「……これは……なんというか次元が捻れているわね。」
ノラムが警戒する。
「やっぱ来るんだ……」
ルーチェが青ざめた顔でつぶやいた。
そして──
虚空が裂け、裂ける音と共に圧倒的な気配が流れ込んだ。
そこから現れたのは……
──闇と美を纏う神の姿だった。
黒紫の長髪を揺らす長身の女神。
肌は月光を映すような青白さで、瞳は紫炎を宿し、背には六枚の黒翼が広がっていた。
露出度の高い戦闘装束は神々しさすら漂わせ、全身からは空間を圧する威圧感がにじみ出ている。
深淵第3階層───
──いや、違う。
深淵第4階層
“終焉の黒翼”キュビリア降臨────
「ルーチェ!会いに来たわ。深淵の禁を捻じ曲げてでもね!」