第五話「古代魔法と星降る少女」
「──そろそろ、お茶でもしませんか?」
通りを歩いていたルーチェが、ふと立ち止まりながら提案する。
「……」
騎士団長ドレッシーが、わずかに眉をひそめる。
「この近くに、良い喫茶店があるんですよ。
しかも、なんと個室完備! より親睦を深めるにはピッタリです!」
にっこりと笑って返すルーチェに、ドレッシーは無言で舌打ちした。
不本意ながら、視線は喫茶店の看板へと向かっていた。
「親睦を深める必要はない。私は監視をしているだけだ。勘違いするなよ、変態。」
「はいはい、仰せのままに、ツンデレ騎士団長殿。」
喫茶店 【リーヴェル・グラン】
クラシックな内装に品の良い調度品が並ぶ、少々高級志向の店だった。
案内された個室には、重厚な木製の扉とふかふかのソファ。
テーブルには白いティーカップと上品なメニューが置かれていた。
「ここ、人気なんですよ? 貴族級のお客様も来るとか。」
「……よく知ってるな。」
「それは僕がここで女の子とよくお茶するからです!」
「……そうか。」
紅茶と軽食が運ばれ、静寂が訪れる。
サンドイッチを頬張るドレッシーと、紅茶を口にするルーチェ。
そして、ルーチェはおもむろに問いかけた。
「それで? なにか、お話ししたいことでもあるんでしょう?」
「……ふん、さすがは執事。変態でなければその察しの良さも活かされたものを。」
「まぁまぁ、それ以外は完璧ですから」
ドレッシーはティーカップを置き、真剣な眼差しで口を開く。
「単刀直入に聞くが──古代魔法について、知っていることを話せ。」
その瞬間、ルーチェが紅茶を──思いっきり吹き出した。
「ぶふぉおおっ!?」
不幸にも、紅茶の飛沫は真正面に座るドレッシーの上半身を直撃した。
「…………」
濡れた布が肌に貼り付き、タンクトップの形がくっきりと浮かび上がる。
だがドレッシーは無言でハンカチを取り出し、淡々と胸元を拭った。
「……わかりやすく動揺するのだな、お前は。」
「いや、まさかその話題を持ち出すとは……てっきり趣味趣向のことを聞かれるかと。」
「聞きたくない。それより答えろ。濡らした分きっちり答えろ。」
観念したルーチェは、やや真面目な声で語り始めた。
「……2年前、とある戦争に参加していたんです。僕は、まあ、兵士というか……“現地対応型の人員”ということで。」
「つまり傭兵だな。」
「おっしゃる通り。で、戦場でですね、敵軍のとある女性軍人を見かけたんですよ。
それはそれは美しい方でしてね……凛として、凶暴で、魅力的で……惚れました。」
「……戦場で?」
ドレッシーの表情が引きつる。
「で、気づいたら彼女の部隊に囲まれてまして。
結果
────捕虜になりました。」
「……予想以上にバカだな、お前。」
ルーチェは、ふと目を細めた。
「で、処刑されるかと思ったそのとき。
空間が歪み、“何か”が降臨したんです。言葉では表せない存在……古代神です」
「……続けろ。」
「その古代神は、“命の危機にある者よ、力を授けよう”と言い……一つの古代魔法を与えてきました。
ただし、使用条件は“命の危機に限る”こと。
その古代魔法を使い、彼女の部隊は混乱し、彼女は部隊を放棄して降伏しました。
僕はなんとかあの場から生還しました。」
「…なるほど。」
しかし、ドレッシーは疑問を感じていた。あまりにも古代魔法の代償が小さ過ぎる。
使用条件は“命の危機に限る”とそれだけだと?
「ふざけた話だが……信憑性はあるな。
実際、2年前の戦場の記録で、とある部隊の女性上官が突然降伏したと見たことがある。そいつは左遷されたそうだ。」
「おぉ……調べていらしたのですね。」
「……それで、その古代魔法というのはどういう魔法なんだ?」
──その時だった。
ルーチェがふと沈黙し、表情を固める。
「……」
「……おい。どうした、また下らない冗談か?」
ドレッシーが眉をひそめた瞬間、ルーチェの顔が青ざめる。
「……き、きます……」
「な、なにがだ?」
──突如として、空気が歪んだ。
部屋全体が微かに震え、空間の一点が光を帯び始める。
そして、それは現れた。
そこにいたのは、ふわりと銀髪を揺らしながら現れた──少女だった。
神秘的なドレスを纏い、瞳には星空のような輝き。
神性を帯びた存在感と、どこかぽやぽやした空気を纏ったその少女は、静かに微笑んだ。
「ふふっ……やっと見つけたぁ……」
「ル、ルーナちゃん……!?」
「ルーナちゃんだと!?な、なんなんだこいつは!?」
ドレッシー身構え臨戦態勢をとる。
「えっと、えっとねぇ……キュビリアちゃんのことで……その、伝えることがあって来たのぉ〜。」
「おおおおおおおおおお!!!ストーーーップ!!!」
ルーチェが突然立ち上がり、テーブルに金貨を置く。
「これ! お代です!楽しかったです!さようなら!」
そのままルーナちゃんを抱えて脱出するルーチェ。
「……おい、待てルーチェ! 逃げるな変態ッ!!」
──その後。
ダッシュでノラムの屋敷へ戻ったルーチェだったが──
屋敷に入ると同時に、数秒後にドレッシーが追いついた。
「……はぁ、はぁ……貴様素早いな…この私がなにかしら抱えてる奴に追いつけないとは…」
「速すぎませんか!? 騎士団長って加速装置とかついてるんですか!?」
屋敷の応接間には、ノラム・レイナ・ナルタが待ち構えていた。
窓の外から全力疾走してるルーチェとドレッシーが見えたので何事かと思い全員集合したのである。
「……で? また何かやらかしたの?」
ノラムが冷たい目で睨む。
ルーチェが答えに詰まる中、抱きかかえられてるルーナちゃんがぽやぽやと手を挙げた。
「えっとぉ……第3階層のキュビリアちゃんがね、用事が終わったらルーチェに会いたいんだって。だから、私が伝えに来たの!」
─────────────沈黙。
全員がルーチェを見る。
「……ルーチェ、あんた今度はとんでもない問題起こしたんじゃないの?」
「うわあ……私、ほんとに調査していいんですかコレ……」
ノラム口を開く。
「……全て説明してもらおうかしら?」
「僕の人生が、終わりそうです……」