第四話「決着、好奇、監視、そして古代魔法の影」
「──で、それで、どうなったの?」
静かに紅茶を啜る、茶色の髪に肩にかかるくらいのストレートで知的で端正な顔立ちのお嬢様が、ため息交じりに問いかけた。
豪奢な応接間に並ぶのは3人。屋敷の主ノラムと、さきほど質問した幼馴染のレイナ、そして同じく幼馴染の研究家のナルタ。 机の上には湯気の立つ紅茶と、先ほど焼き上がったばかりのスコーン。
「どうなったもなにも、当然私が止めて、強制終了よ。 これ以上執事同士の殺し合いどころか一方的な蹂躙なんて見てられないわ。」
「……ラインハルトの怪我は? 骨の一本や二本、折れてても驚かないわよ?」
「そう思うでしょ? でも意外とラインハルトは無事だった。少なくとも去り際は普通に歩いていたわ。」
レイナが「恐らく執念ね。」と呟く横で、黒髪ショートに眼鏡をかけた少女──研究家ナルタが、目を輝かせた。
「いやいやいや、それにしてもルーチェさんって本当に謎ですねぇ……! 今の時代には珍しく魔法を使っているところを全然見てませんし、戦闘反応は常識外れ……。あれ、絶対普通の人間じゃないですよ!」
「当然でしょ。あんな変態、凡人に生まれてくるはずがないわ。」
「そういう意味じゃなくて! ルーチェさんの身体の構造ですよ! すっごく気になります! それとあの…
ルーチェさんの噂を聞いたんですけど、
ルーチェさんって
───古代魔法と何かしらの関係があるのでは……?」
ノラムの瞳に、何かを探るような光が灯る。
「噂ね……私も、そう考えているわ。
というのも、最近の検査で彼の魔力出力を測った際、計測機械のメーターが滅茶苦茶になっていたの。
その時の計測員は、たまにあることだ、とか言って言葉を濁していたのだけれど…
あとで問い詰めて調べさせたら、出力の一部の波形が王立研究所に保管されている “古代魔法の書”の記録と一致していたの。」
「な……!?」
ナルタの目が見開かれる。紅茶をこぼしそうになりながら、前のめりに食いつく。
それもそのはず、古代魔法はこの世界で使われる通常魔法より遥かに強力な力を得る代わりに、まったく釣り合わないほどの代償を払わなければならないのだ。 数百という人間が我が物にしようと古代魔法を利用したが、 ある者は急に懺悔し廃人になり、ある者はこの世のどこでもない世界に飛ばされ、またある者は身体の臓器や血液や脳みそに至るまで中身の何もかもが抜かれていた。
「古代魔法の書って、まさか
──あの、“深淵の記録”!? 古代神が残したとされる……!」
「一致していたとはいえ、まだ確定ではないし、推測の域は出ていないわ。この件に関しては慎重に扱うべきよ。」
ノラムの静かな声に、ナルタは渋々頷く。
「……あの、私も調査に協力させてください。絶対に、何かあります……!」
──そして場面は、街へ。
「……ドヴィル様の命令とはいえ、どうして私はこんなやつと街を歩かねばならんのだ?ん?」
不機嫌そうに眉をひそめながら、騎士団長ドレッシーは歩を進める。 その横で、ルーチェは実に楽しそうに鼻歌を口ずさんでいた。
ルーチェは思い出していた。 最初に出会った時はドレッシーは全身甲冑、顔すら見えなかった。
だが今、陽光の下に立つ彼女は──
透き通るような蒼の瞳に、凛とした金髪のポニーテール。 日焼けのない白い肌に、引き締まった輪郭と、軍人らしい佇まい。
(なるほど、“真面目系美人騎士団長”の正体がこれとは……興奮してきましたね。)
ストレスが溜まるとこいつは何をしでかすか分からない、と判断したノラムはルーチェの外出を定期的に許可していたのだ。
────勿論、監視付きだが。
今回はとある理由でドヴィル・プリンセスの秘書兼騎士団長ドレッシーが監視することになった。
「いやぁ、騎士団長殿とデートできるなんて光栄です。まさか貴族社会の監視対象にここまでの特典があるとは……!」
「断じてデートではない。任務だ。そして私は、お前の“暴走防止”の監視という名の苦行中だ。」
「その表現酷くないです?ところで今日は随分軽装なんですね。」
ルーチェの視線は、ドレッシーの身体に突き刺さっていた。 道行く市民たちがちらちらと彼女を見ているが、それに気付いても表情は変えない。
ドレッシーの格好はあきらかに目立っていた。
普段は銀の重装鎧とヘルムに身を包んでいた騎士団長が、今は── 胸元が大きく開いた黒のタンクトップにホットパンツ。 軽装の民間人スタイルに近いとはいえ露出はなかなかのものである。
「意外というか、開放的というか………谷間というか、太ももというか……」
「何か文句があるのか?」
「いえ、谷間と太ももに有難く感謝してるだけです。」
「ふんっ、この服は部下が“街歩きにはこれが一般的です”と用意したものだ。私は普段通りのつもりだが、なぜか視線が多い。」
「……あなたの部下のセンス、わりと攻めてますねぇ。」
ルーチェはもう一度芸術作品を鑑賞するかのように頭のてっぺんから足元のつま先までじっくりと鑑賞する。特に胸元を中心的に。
「……ルーチェ。貴様、今、何か不埒な妄想をしていただろう」
「……ちょっとだけしてました。すみません、あまりにも魅力的過ぎてね。」
「次やったら顎を砕く。」
「選択肢が暴力しかないって、割とドン引きされる時代ですよ?」
「…貴様には言われたくない。」
──こうして、問題児と真面目だがどこか抜けてる騎士団長の“監視つき外出任務”が始まった。