第ニ話「ライバル令嬢と宣戦布告の執事」
ドヴィル公国の上流階級には、ノラム・ダッチェス家に並ぶもう一つの名門がある。
──シェリア・ダッチェス家。
剣と政略を兼ね備えた実力派貴族であり、その当主を務めるのは──
「ノラム・ダッチェス、久しぶりね」
鋼のような意志を宿す瞳、青みがかった黒髪を優雅にまとめた令嬢。 名は、シェリア・ダッチェス。
「相変わらず高飛車なご登場ね、シェリア。」
「ただの挨拶に来たのよ? それとも……この程度で動揺するようになったのかしら?」
いつものように火花を散らす二人。 貴族社会の未来を担う二大お嬢様──その間に、場違いな空気をまとった男がひょっこり顔を出す。
「おぉっ……素晴らしい……ノラム様とはまた違うタイプのクール美人ですね!
どちらが優れているか、これは触診による厳正なデータ収集が必要ですね!
…もっ、もちろん純粋な研究目的で!」
「……この変な人の噂は聞いているわ…」
シェリアが冷ややかに見下ろすその男、ルーチェ。
ノラムの専属執事であり、貴族社会最大の問題児。
「……私の執事よ。一応、ね」
ノラムが強調するように言うと、シェリアは先程の高飛車な態度はどこに行ったのやら、同情するように小さくため息をついた。
「なるほど。あなたの屋敷が噂の温床になっている理由が、ようやく理解できたわ」
──そのときだった。
「失礼ながら、お嬢様。私から、この男に一言言わせていただきます。」
前へと一歩進み出たのは、シェリアの背後に控えていた長身の青年執事。 その整った金髪、完璧な所作、研ぎ澄まされた視線──すべてが一流。
「私は、シェリア・ダッチェス家執事長──ラインハルト・フォルカスと申します。」
ルーチェは品定めするように見て評価する。
「おぉ、なんて格式高そうな名前……いや、姿もキマってますねぇ。まるでモデルみたいだ。」
「……戯言は結構。私は、貴様のような変態執事を“執事”とは認めない。」
場に、ピリリとした緊張が走る。
「おぉ……なんだか、正義感たっぷりの裏にこう……隠しきれない血の匂いがしますねぇ……
執事でありながらも暴力で解決しようとするとは、これはいいライバルポジションになりそうですね。」
「……まったく、真剣な対話ができない相手とは」
ラインハルトは手袋を外すと、ルーチェに向けて静かに言い放つ。
「このままでは、貴様と私が所属している組織、『黒山羊』の名が貴様のような存在と同列に扱われかねん。 故に、今から“執事としての技量”を見せてもらう機会を設けさせてもらおう。
まあ結局は貴様の言う通り暴力で解決するつもりだが。」
ルーチェは背筋を伸ばし、敬礼のポーズを取りながらにやりと笑った。
「ほう……つまりは決闘と来ましたか。いいでしょう。僕の実力、たっぷり魅せてあげますよ?
完璧に、ね。」
しかし、ノラムが素早く制止する。
「お待ちなさい、ラインハルト。
黒山羊に所属していると聞いた時点で、あなたの実力に疑いの余地はないわ。
──でも、あなたほどの人物なら、変態でお調子者で……本能のままに生きてるこのルーチェの“本質”にも、気づいているはずよ?」
「ノ、ノラム様?ちょ、ちょっとは褒めてほしいかな〜って…」
ラインハルトはルーチェの反応は無視し、僅かばかり動揺する。
「ノラム・ダッチェス、無論承知しております。
ですが、私めの我儘にお付き合い頂いたシェリア様の為にもここで引くわけにはいきません。 ルーチェ、表に出てもらおうか。」
ラインハルトは静かにその場を去っていく。
「ノラム様!勝利した暁にはご褒美をお願いします!」
呆れ果てたシェリアが呟く。
「本当に……貴女、よくあんなのを飼っていられるわね」
「ええ…その通りよ」
ノラムがぐったりと肩を落とした。
──だが、その表情の奥に、どこか楽しげな色も滲んでいた。