第一話「ルーチェ、貴族社会の"監視対象"となる」
この物語の舞台は、ジール大陸に存在するドヴィル公国。
…おおっと「げっ、またややこしい舞台設定かよ」と思った読者諸君。
すまない、ちょ〜っとややこしいが頑張って読んでほしい。お願いします。
ここは中世風の建築や文化が残る一方で、現代社会に匹敵するほど文明が発展した国である。
だが、この国には現代社会と決定的に異なる点がある。
それは──魔法の存在だ。
魔法は、使用者の持つ魔力を消費して発動される。
魔力の大小は生まれつきの遺伝でほぼ決まるが、特殊なトレーニングを積めば、より強力な魔法を扱うことも可能となる。
しかし、魔法は戦闘向きではない。
火球や雷撃を生み出すことはできるが、消耗が激しく、長時間の戦いには不向きだ。
本気で相手を仕留めるなら、剣や槍や銃といった武器を使うほうが早く、効率的である。
そんな「そこそこ便利なまあまあ平和な国」──ドヴィル公国。
しかし、ここに
**莫大な規模で引っ掻き回す災厄の執事"**がいた。
彼の名は──ルーチェ。
──究極完全変態執事ルーチェ、貴族社会へ──
ドヴィル公国の中心に位置する、ノラム・ダッチェス(公爵)家の屋敷。
その格式高い門をくぐる一人の青年の姿があった。
「はぁ……今日も美しい女性がたくさんいるなぁ」
銀灰色の髪を靡かせながら、
彼──ルーチェは屋敷の敷地内を悠々と歩いていた。
彼の身につけた執事服は完璧な仕立てで、どこから見ても貴族に仕える者として遜色ない。
中性的で整った顔立ちを持ち、男性・女性どちらにも見える美しさ。
透き通る白い肌に、光の加減で青みがかる銀色の瞳。
やや吊り目の鋭い視線が印象的な、美貌の持ち主である。
──だが、彼の発言と行動だけが"致命的"だった。
「さぁて、レディ達の履いてるパンツでも予想するか。最近の貴族界隈のトレンドのパンツは──」
その瞬間。
「はぁ……本当に学習しないわね、あなたは」
背後から冷徹な声が響き、次の瞬間には"鉄の手"が彼の襟首を掴み上げる。
「っぐ、ノラム様!? ちょっと優しく──」
「何度言ったら分かるの? この屋敷の名誉を傷つけるなら、即刻"消去"も辞さないわ。」
彼を掴んだのは、ダッチェス家の当主
──ノラム・ダッチェス。
黒髪のロングストレートと深紅の瞳を持つ、美しくも威厳ある貴族令嬢である。
深紅の瞳が鋭く光り、まるで裁きを下す裁判官のような威圧感を放っていた。
「うーん、こんなに美しい女性に怒られるのもまた乙──」
ノラムはため息とともに、無駄のない動きでルーチェの首を絞めた。
「がっ!? ノラム様、落ち着きませんか!? これは親愛の表現で──」
「あなたの中での"親愛"の定義をマシなやつに変えなさい。いい加減にしないと、本気で物理的に拘束するわよ?」
「いやぁ……いいですねぇ、僕を縛りつけようとする美女が存在するなんて……最高の環境じゃないですかぁ♡」
「はぁ……」
ノラムは何を言っても響かないルーチェに頭を抱えた。
執事としての能力は勿論、彼の戦闘能力、魔法の才覚、そして驚異的な適応力を持っていながらも、致命的な欠点──"変態"であることが、彼の価値を損なわせている。
──ルーチェは貴族社会最大の"問題児"だった。
遡ること半年前。
ルーチェは元々ただの一般人……ではなく、超一流の執事としての才能を持つ問題児だった。
彼の料理は一級品、屋敷の管理能力も抜群、戦闘技術も暗殺者レベル。
しかし、本能的な(主に性的欲求による)行動が、彼の信用を地の底まで貶めていた。
そんな彼が、なぜ貴族社会になんとか受け入れられているのか?
それは──
「この男は貴族社会、もしくはそれ以上の規模に厄災を引き起こす可能性がある。"適切な管理下"に置かなければならない」
貴族会議で、ノラム・ダッチェスが監視すると決まったとき、彼女は本気で貴族の地位を捨てようかと考えた。
こうして、ルーチェは"監視対象"としてノラム・ダッチェス家の執事に収まり、ノラムによる厳重な監視のもとで生活することになったのだった。
そんな彼が今日も屋敷でセクハラ問題を起こしていると、屋敷の門前に一人の騎士が現れた。
「ノラム・ダッチェス殿、話がある」
現れたのは、ドヴィル・プリンセスの騎士団長──長身の女性の騎士だった。顔はヘルムで隠されていたが。
ノラムは心当たりがあるものの、一応問いかけた。
「騎士団長、何か問題でも?」
「……あの変態に話がある。」
ノラムはルーチェを一瞥した。ルーチェはきょとんとしながらも、すぐににやりと笑う。
「いやいや、騎士団長様……そんなに僕に会いたかったなんて、照れますねぇ♡」
「貴様……!!」
騎士団長の手が剣の柄にかかる。殺気が漂う。しかし、それを制するようにノラムが静かに口を開いた。
「一応理由を聞かせてくれるかしら。」
「……この変態が、我が騎士団の兵士に"無礼な言葉"を浴びせた。」
「はぁ…それで、どんな?」
「……『筋肉が美しいですね! もっと近くで触れてみても?』……と。」
「…………」
ノラムの視線が、ルーチェに向けられる。
「ルーチェ?」
「くっ、睨まれてるだけでダメージが……でも美女に睨まれるのも悪くないなぁ♡」
「もう救いようがないな……もういい、この変態の処罰はノラム・ダッチェスに任せる」
「ノ、ノラム様?えっと、その、いや〜僕はあの、女体のその素晴らしさが気になってその〜…」
「黙りなさい、あと恥も知りなさい」
ルーチェは言い訳がめっちゃヘタクソだった
────────こうして、ルーチェは"監視対象"としてノラム・ダッチェスの専属執事となり、そこそこ便利でまあまあ平和だったドヴィル公国は、彼によって莫大な規模で引っ掻き回されることとなる──。