第1話 おめでたい一日
おめでたい一日となりました。
明るい声で女性アナウンサーが言った。彼女の背景には晴ればれとした青い空がひろがり、背後を行きかう若者には、祝福するように金色の日差しがさしていた。——久しぶりに友だちに会えて嬉しいです。——大人になった自覚はないですけど、責任感をもっていきたいと思いました。——夢を叶えられるように頑張っていきたいです。インタビューを受けた若者はみな美男美女に分類される容姿で、スーツや振袖を着て笑っていた。彼らの瞳には、希望に満ちた光が宿っている。
その光は、桐谷優太の姿を明滅させた。カーテンを締め切った、六畳の暗い部屋。白を基調とした家具は必要最低限のみで、ベットとテレビと小型冷蔵庫以外にはなにもない。ビジネスホテルのように簡素な部屋の真っ白なベットの上で、桐谷は横になっていた。電灯を点けていないため、テレビの映像が明るくなるたびに、桐谷の瞳も茶色く光る。
「……ということで、本日行われた成人式の特集でした。今日晴れて良かったですねー。新成人のみなさんも笑顔で素敵でした」
意外と傷つかなかったな。
ニュース番組のMCが次の話題に移るのを眺めながら、桐谷はぼうっと考えていた。成人式に出る権利を持っていた彼は、その権利を捨てて、今日一日をベットに横たわって過ごした。しかし、光に満ちた同学年の彼らを見ても、彼の心は動かなかった。まるで、電池切れの時計のように、彼の心は静止していた。
「ここで速報です」
——自分の人生に、慣れてきたのかもしれない。良いことなんてないと、やっと身体が、脳が、認識してくれたのだ。だから期待することがない。期待することがないから傷つかない。
「過去に干渉することのできる粒子、干渉粒子が発見されたという情報が」
桐谷は試しに、小学校のクラスメイトを思いだそうとした。六年間、中学も同じであれば九年間、同じ環境で過ごしてきた仲間。成人式で出会うはずだった彼らを、まったく思い出せないわけではなかった。名前や特徴は、ぼんやりと浮かんでくる。しかし、顔を思い出せるのは、一人を除いていなかった。
「この発見から、新たな可能性が広がっていくのかもしれませんね」
桐谷の頭には、一人の少女の姿が浮かんでいた。そのため、彼は歴史的瞬間を——MCの女性が期待に満ちた瞳で語るのを、見逃していた。
「たとえば、タイムマシンとか——」
その瞬間、視界の変化に気付いた桐谷は、やっと空想から外に意識を向けた。
本当に驚いた瞬間は声がでないのだということを、桐谷はここで理解する。
テレビを遮り、桐谷の前に、一人の人間がいた。
チノパン、白のコート、赤いマフラー。
視線が徐々に上がり、その人間が、同世代の女子であることを、桐谷は認識する。
「桐谷優太くんですか?」
「はい」
桐谷は、とっさに声を出す。何日も発声していない口から出た声は、かろうじて彼女に届いたようだった。大きく、丸い瞳が、桐谷をじっと見つめ、「よかった」とつぶやく声が聞こえた。
そのまま、しばらく、彼女は桐谷を見つめていた。暗い部屋のせいで、そこに浮かぶ感情までは、桐谷には読み取れなかった。その間、ニュースを伝える声と、テレビの明かりが、部屋に変化をもたらしている唯一のものだった。桐谷も彼女を見上げたまま、ぴたりと動かなかった。
ニュースが明日の天気予報に変わるころ、やっと、桐谷の乾いた口が動いた。
「だれ?」
その端的な問いに、彼女はゆっくりと瞼を閉じて思案したあと、再び大きな目を開いた。
「わたしは、瑞希」
それから彼女は思い出したように、小さく笑みを浮かべた。
「きみの殺人を止めにきた」




