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第11話 握手

 桐谷は少し前から、あることに気が付いていた。

「久米」

 一つは自分が宗教の勧誘を受けていること。

「あまり無理しない方がいいと思うよ」

 もう一つは——

 桐谷は、瑞希の前のコップを久米に差し出した。瑞希が怪しまれないように汲んだ水のため、一切口はつけられていない。

「これ飲んでいいよ。僕が汲んだやつだから」

 久米は状況が理解できていないようで、コップと桐谷を交互に眺めていた。

「どうぞ」

 桐谷が再度進めると、おずおずと久米は口をつけた。口が乾いていたのか、一度循環させるようにほっぺたを膨らませた。そして半分ほど飲んだ。


「宗教のことはよく分からないけど」

 桐谷は少しためらいながら言った。

 自分から話を進めるのは、桐谷にとって、初めて自転車に乗るときのような恐怖があった。まっすぐ進むことができず、バランスが崩れてどちらかに倒れてしまうような恐怖が。

「久米は、本当に僕を勧誘したいのか」

 それでも話すのは、久米が辛そうだったからだ。

 瑞希に言われていた『会話をするときは人の目を見ること』というアドバイスがなければ、きっと気づかなかった。久米は桐谷に話すとき(特に神のくだりを話すとき)、目がちらちらと横を向いたり、桐谷の奥に目をやったりした。そしてコップの水が揺れていたのは、久米が貧乏ゆすりのように膝を揺らしていたせいだった。そしてだんだんと、久米の目は充血していった。

 その状態は、どの角度から見ても、あまり良いものではない。考えられるのは、久米自身があまり宗教の勧誘に乗り気ではないということだった。


「ノルマがあるんだ」久米は、白状するように言った。

 それまでの通る声とは違って、落ち着いた声だった。

「月に何人かを見学に連れていくことが、布教活動に組み込まれている。できなければお金を出さなきゃいけない。奨学金で大学に通ってる俺にそんな金はない」

 正直なところ、と久米は続けた。

「俺は別に、そこまで熱心に信仰しているわけじゃない。恩があるのと、信仰していた方が都合が良いと考えたからその団体に属しているだけだ」


 久米は背もたれに身体の体重を預けて、ゆっくりと力をぬいた。そして、安心感を与える微笑みとは違う、自分のための笑みを浮かべた。その表情は大学生らしく、どこか人を見下すような冷たさがあった。

「それにしてもこんなこと言われたのは桐谷が初めてだよ。だいたいの人は警戒して何も言わないし、熱心に話を聞く人は、自分に都合の良い言葉だけに注目して俺のことなんか見ていない。本当は心の底からやりたくないんだ、こんなこと。やばい奴だと思われるし、たまに詐欺だと思われて通報されそうになる」

「大変なんだな」と桐谷は言った。

「心から信仰していれば楽なんだろうけどな」


 一度話が落ち着いて、久米はその間に伸びてしまったラーメンを食べ始めた。その姿を眺めながら、そういえば、と桐谷は思った。そういえば、誰かと昼食を食べるのは、大学生になってこれが初めてだ。知り合った相手が、目の前でご飯を食べているというのは、妙な気分だった。

「もしよければいくよ見学」

 水を飲んでから、桐谷は言った。

 久米は麺を口にいれたまま、桐谷を見た。

「どういう感じなのか、興味あるし。それで久米が楽になるなら」

 リスのように口を膨らませた久米の、目が見開いた。

 そして言葉の代わりに、表情でその感情を伝えた。その柔らかな笑みに、桐谷は確かな暖かさを感じた。

 久米は何も言わないまま、手をさしだしてきた。

 桐谷はゆっくりと、その手を握った。


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