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ゲーム攻略の第一歩

 このゲームのキャラクター造形の完成度に感心しながら、数秒見惚れていると、彼女はむっと眉を寄せた。その表情を見て、まるで現実の女性の顔をジロジロと吟味、採点してしまったような罪悪感が湧いてきて、目線を咄嗟に少しずらす。


「あの、大丈夫ですか? ……どこか痛む所が?」

「あー、すみません。大丈夫です。ありがとうございました」


 俺ははっとして立ち上がり、乱れた衣服を正す。


 よくあるゲーム序盤のお助けイベントか。そして、この女性キャラの作り込み、絶対に攻略対象キャラクターだ。つまり今は、最初のヒロインと出会う大事なシーン。ここからの俺の振る舞いは当然、好感度に直結するだろう。


 人の印象は最初が肝心だ!!


「俺はリクです。貴方が助けてくれなかったら魔獣に殺される所でした。改めて感謝します。ありがとうございます。命の恩人の名を覚えておきたいので、お名前をお伺いしてもいいですか?」


 目の前の娘は地味なマントで全身を覆い、フードまで被っている。彼女はサファイアみたいに綺麗な青い瞳の焦点を俺に合わせて、「良かったです」とほほ笑んだ。そして、少しだけ気まずそうに小さな咳払いをした後、話を切り替える。


「……ところで、こんな所で何をなさっていたのです? 恰好を見るに、木こりや狩人ではありませんね?」


 名前を言わない。どういうNPCだ? こんなイベントに立ち会う以上、名前が無いわけはない。……恰好からして、実は犯罪者で名前を隠す理由があるとか?


「この先の山小屋に住んでいる知人を訪ねてたんですよ。都に行こうと思ったら、さっきの奴に出くわして」

「なるほど……山ジイのお知り合いでしたか」


 彼女は柔和な笑みを浮かべて、口元に手を当てた。上品な仕草だ。


「はい。貴方も彼と知り合いなんですか?」

「ええ。まぁ」


 彼女は曖昧な返事をした後、「また魔物に襲われては大変ですし……よろしければ都までお送りしましょうか?」と言った。好都合だ。


 丁度、このキャラクターの素性を探りたい欲が湧いて来た所だった。


 何をしにココに来たのだろう。まぁ、普通ならこのお助けイベントのためにご都合主義全開でたまたま通りかかったと解釈する事もできるが、さっきから何かを伏せているような不自然な口ぶり……。何かストーリーに関わる大役で、山ジイことさっきの爺さんに会いに行く過程なのかもしれない。


 探ってみるか。さて、どう出ようか……。まずは世間話からか? ついでに情報収集をしよう。今の俺は正規のルートから外れている可能性があるし、二週目前提のルートに突入した場合なども加味すると、前提情報をなるべく集めるに越したことはない。


「助かります。近頃、都を襲う魔獣が増えている理由ってなんなんでしょうね」

 普通の人間同士の会話なら些か強引な話題転換だが、NPCはプレイヤーの発言を基本的に無視できないはずだ。


「……巷の噂では、」

 彼女はそこまで呟いて視線を伏せる。


 俺が訝しむ視線を感じたのか、彼女は静かに呟きを加える。


「魔王軍はこのシュヴァルツ王国の陥落を狙っているらしいです」


 確か、公式の開示している事前情報にもあったな。冒険の始まるシュバルツ王国の都は、物語の始まりで魔王軍に壊滅させられる。


 そこで運よく生き残った主人公が貴方です——みたいな感じだ。


 ……てことは、そこまでは確定的な運命で、今はチュートリアルと捉えるべきか?


 いや、これが罠なのか? ちょっとヤラシイ想定ではあるが、運営の開示してる情報は飽くまでノーマルエンドの始まりを指しているのかもしれない。他のルートではこの都の壊滅からして防ぐ事ができる、そんな可能性まであるだろう。


 ただ、俺はまだレベル十九だ。魔王の軍勢を一人でどうこうなんてできない。まずは、魔王の軍勢とやらの力量がどの程度か探ろう。


「陥落……。魔王軍にそれが出来ますかね」

 俺の言葉に彼女はマントの裾を握りしめた。そこには悔しさが滲んでいるように思われる。


「王国最強と名高かった騎士ラインハルトが敵の将軍に討たれてしまったのはご存じないでしょうか? 彼の死後、都にはどんよりとした空気が渦巻いているのです。そして、最強の抑止力を失ったこの王国に、直に魔王軍が攻めてくるという憶測が噂となり……民達は皆、王国の明日を憂いています」


 都に関する情報を頭の中に叩き込みつつ、このキャラクターの境遇を想像してみる。


 言葉遣いや立ち振る舞いは上品で、いっそ高貴ですらある。見ず知らずの俺が投げる問いにも丁寧に回答してくれるが、名は伏せる。


 もう少し探るか。

「山ジイとはどんな関係ですか?」


 彼女は俺の顔を見て首を傾げる。

「……山ジイは私の……せ、先生……です」


 先生という言葉の前に逡巡があったな。微妙に嘘を織り交ぜたか、言って良い事なのか悩んだ時間だろう。


 そして、先生という目上の立場に対して山ジイという呼び方、少しだけ違和感がある。


 屁理屈かもしれないが……、普通これだけ気品のあって上品な言葉遣いの人が、ただの恩師を山ジイなんて砕けた呼び方するか? 


 俺が山ジイという呼び方を借りて問いを投げたのは、その呼称が一般的であるかを確かめるためでもある。彼女は首を傾げた。その表情は『なぜ貴方が山ジイという呼び方を?』とでも言いたげだった。

 読めてきたぞ。


「わかりました。色々聞いてすみません。先ほどのお誘いですが、ぜひお願いしたいです。俺を都まで連れて行ってもらえますか?」


 彼女は俺の言葉に下唇を噛みしめた。

「その……山ジイにはどんな用があったのですか?」


 嘘だろ? NPCがプレイヤーの要望をガン無視で逆質問? 


 さっき俺の質問に名を伏せたのはそういう境遇の“設定”があったからだと思えば理解できるが、この提案はさっきこの子が自分でしたものだ。つまり、今の問いの中で何らかのフラグが立ち、そのフラグは彼女の中で俺を送迎する選択肢を消すに足るもの、少なくとも無視するだけの理由を作るものだったと言う事だ。だとしたらどれだ? どれかが彼女にとって重要な情報……。


「あの、どうかされましたか?」

「山ジイは恩人ですよ。俺に貴方の事も話してくれました」

 大嘘かましてみた。


 彼女は俺の目を見て『嘘でしょう?』とでも言いたげな怯えた表情をした後、一瞬頭痛に顔を顰めるような表情と共に頭を抑え、直後再び顔を上げる。


「……そうでしたか。山ジイが私の事を……。でしたら貴方を信用します」


 彼女は純粋な笑みを浮かべた。少しだけその代わり様に違和感を抱いた俺だったが、その理由に思い至る。……そうか!! 俺が大嘘をかました事で、タレントの虚言改変が発動したんだ。俺が山ジイに彼女の事を聞いたという嘘が、彼女の中で真実になった。


 だから一気に警戒心が解けたのだろう。……好意や敵意には影響しないって説明があったが、事実を捻じ曲げた結果としては敵意が薄れる事もあり得るわけだ。


 これからは、喋る内容一つ一つに気を遣う必要がありそうだ。嘘は出来るだけ避けないと。


「では、先ほどまでの問いは私を試していたのですか? 山ジイも人が悪いですね」

 彼女はリラックスした様子でフードを脱ぐと、俺のよこで腕を上に伸ばしてストレッチする。


「実は、スパイに警戒していたのです。私が今日山ジイの小屋で一夜を過ごす事が明るみになってしまっては大変ですから」

「あの小屋で一夜を過ごす?」


 思わず口にでた。いや、そういう意味じゃないのはわかるけどね!?


「ち……何を想像しているのですか!! そういう意味ではありません!! 魔王軍が今夜、私を攫いに来ると言う予知があったのですよ! 貴方も山ジイに聞いているのでしょう!!」


 顔を赤くして眉を寄せ、俺に指を向ける。


「俺は別に何も言ってないですけど。貴方の方こそ、実は結構そっちの知識に興味があるんじゃないですか?」

「そんなわけっ……!!」


 彼女は更に赤面した。そしてもじもじとした様子で、「……ないです」と呟いた。


「貴方くらいの年頃なら、そういう知識に興味があるのは普通ですよ」

「無いと言っているではないですか! し、しつこいです! 不敬です!」


 彼女の赤面している姿を揶揄うのは楽しいが、これ以上は好感度に取り返しのつかない影響が出てしまいそうだ。俺は頭を下げる。


「こういった冗談は控えます」

 彼女は頬を赤らめたまま、目を逸らし「冗談とか関係ありませんから!」と言った。


「すみません。そこまで過敏に反応されるとは」


 俺の言葉を聞いた彼女は、自分の胸の前に軽く握った手を添えて、不安そうに俺を一瞥した。


「か、過敏でしたか? ……その、普通の女の子達は、そういった冗談にどんな言葉を返すものなのでしょう」

「え? まぁ、なんというか、」


 わかんねぇ。俺に分かる訳ねぇ。でも、セクハラじみた発言をしたのは多分事実。俺もゲーム内のキャラクター相手じゃなければ、こんな風に相手の嫌がる話題を広げたりしない。


 とはいえ、今は相手から聞いてきているわけだし、適当に答えるか。


「エッチなのはダメ! 死刑! とか、えっちぃのは嫌いです! みたいな感じで、拒否感を全面に出しながら、俺を殴るとか?」


 彼女は俺の言葉に「え? え?」と困惑に眉を寄せた後、小さく拳を俺の胸に伸ばした。


「え、エッチなのは」


 彼女の小さな拳が俺の胸板に触れる。その状態のまま停止した彼女は、俺を上目遣いで見上げながら、「じ、実は、少しだけ興味があって」と呟く。


 彼女の表情と言葉を数秒掛けて咀嚼した俺の脳みそは、一瞬の間を置いて沸騰しそうに熱くなった。体も熱くなる。彼女の顔も真っ赤だった。絹のようにキメ細かく白い肌の顔が、リンゴのように赤くなる。熱でも出ているような赤さだ。


「そ、そういった知識に触れられない環境で育ったもので……その」


 え? この流れでそういう反応されることあるんだ? これエロゲじゃないよね?


 ……もしかして俺のタレントがどっかのタイミングで発動した? 冗談で言った事が本当になっちゃった? この子、エロい事に興味津々の女の子になっちゃった?


「さ、さっきも言った様に、それは普通の事ですよ! とりえあず、今は都への道案内をお願いしても良いですか?」


 気まずい空気の中、俺は彼女の後に続く。というか、彼女の事を知ってる体にしてしまったせいで名前が一生聞けないのは由々しき問題だぞ。


文字数が安定しなくてすみません

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