迷い人、山小屋で筋骨隆々のジジイに出会う
「起きてくだされ、異邦の迷い人さん」
鳥のさえずりと木々のざわめきに混じって、しゃがれた老人の声が聞こえた。目を開けると、右上にオートセーブ中の文字が浮き上がる。左上にはレベル1の表示と、HP19の文字。
「すみません、ココどこですか?」
「ふぉっふぉっふぉ。安心しなさい異邦の迷い人よ。近頃は魔獣が人を狙ってよく都に降りておるが、ココは安全な山間の小屋じゃよ。ぬしと共に転がっておった剣はそこに置いてあるぞい。恰好を見るに、この辺の生まれではないのかのう?」
第一村人にありがちな過剰説明だ。親切にどうもって感じだな。
なるほど、都は今魔獣に襲われてるのね……。
俺は見覚えのない剣を手に取り、腰のホルダーに収める。ピッタリだ。俺の恰好は平易な旅人って感じの地味な布服だが、どうやらこの辺の生まれには見えないと。
このゲームはストーリーのネタバレが全面的に禁止されている。だから俺はこの世界の事をほとんど知らないのだ。少しずつ情報を仕入れていかないと。
「山間の小屋……魔獣は山に潜むような気がしますが、安全なのですか?」
俺の言葉に老人はしばし固まった。
「魔獣は人の多いところを狙っておるのじゃ。こんな骨と皮だけの老いぼれ一人を狙うような事はせんのじゃよ。ふぉっふぉっふぉ」
俺は自分を指さす。
「俺は食糧適性バリバリの年代ですよ」
老人はいきなり眉を寄せて「安心なされ!」と叫んだ。俺は少しだけ背筋が伸びる。
こわっ。
「若者よ、暖炉の木が無くなってしまったんじゃ。このままでは夜を超せない、切ってきてくれんか?」
老人は片手で斧を掲げ、俺に迫った。その元気が有れば自分で切れるだろ。
初っ端からお使い……。まぁ、よくあるパターンだ。恩を売る形で情報の提供なり都へ移動する案内なりをして貰えるはず。だけど……。
このゲームは自由度の高さが売りだ。ここでしっかり従う必要ないよな。
「いえ、俺は都を目指します。すぐ出発しますので」
老人はふたたびしばしのフリーズの後、「都を? 何故ですじゃ?」と問う。
提案を断りたいだけ、と言える訳もなく。
「都に友人が居るんですよ」
「友人……? いや、異邦の……???」
なんだ? 老人がまたフリーズする。そして、
「そうじゃったか。若者よ、何かあればまた訪ねてくるんじゃよ」
と言って俺を送り出した。
今の反応、なんか変だったよな。『異邦の人』とでも言おうとして、その言葉がふさわしくないと思ったような反応。
まぁ、多少の矛盾に対しては多めに見るプログラムなのかな。
俺は山小屋を出てすぐ、爺さんがまだ手を振っているのを背に右手の人差し指をちょいと曲げて右にスライドする。
木々の隙間からのぞく太陽の木漏れ日に目を細めながら、ステータスをじっくりと見る。
HP19、MP48……。あとは力が高めで、賢さも高めだな。恐らくだが、素軽さ、堅牢さ、精神力なんかは並か?
そうだ。タレントはっと……。
『虚言改変』
は? 虚言改変? ……なにこれ????
効果を読む。
『この世界の人物に説得力を持って放たれた貴方の嘘は、条件を満たした場合、実現する。実現するかどうかは、
①対象が貴方の言葉にどの程度納得したか。
②その可能性がこの世界の中でどの程度起こり得る事象か。によって決まる。
※注意事項:好意や敵意といった印象のパラメーター、対象の強い意思、方針に関わる場合には実現しにくい』
「この説明だけだと、チート能力かカス能力かわかんねぇな」
思わず呟く。例えばあれか? 「お前は今から隕石が落ちてきて死ぬ」と言ったら、その通りに敵を殺せるって事? いや、それは流石に強すぎるな。恐らく②の方に反するはず。
検証が必要だな。
俺は振り返り、まだ手を振っている爺さんに叫ぶ。
「おじいさーーーん!! 隕石が降ってきますよ! そこに居たら死にますよー!!」
爺さんは首を傾げる。
「何を言っておる? 隕石? そんなものが急に落ちてくるものか。さっさと都に行け小僧!」
しばらく待つ。しかし隕石は振ってこない。やはりあまりにも確率が低い事象は起きない。だとしたら、「おじいさん!!! 狼が!! 狼が居ます!!!」
「なにっ!?? 魔獣か!???」
その瞬間、世界が数フレームだけ、ほんの一瞬だけフリーズすると共に魔獣が複数現れた。
……ははーん。なるほどねぇ。
爺さんは背後に紐でくくっていた手斧を取り出すとマッスルポーズを取って上半身の衣服を弾き飛ばした。血管の浮き上がった巨大な筋肉の鎧を身にまとった彼は、飛び掛かってきた魔獣の首を一瞬で叩き落とす。
爺さんつよーーーーっ!!! って、そうじゃなく!!!!
このタレントは要するに、相手が起こるかもと思える範囲内の事なら、俺の言葉をトリガーにして実際に起こせる……って事だ。戦闘でどの程度使えるかはわからないが、かなり使い勝手は良さそうだ。
俺は目を閉じて、この世界の能力付与を司る女神、イヴを思い出す。あの女神の困った表情を瞼の裏に思い浮かべながら、俺は口の端を上げた。
……オモロイ能力じゃねーか。
爺さんは計六体の魔獣の首を落とした後、玉のような汗を拭って斧を地面についた。
この爺さんの戦闘力は利用できる。とりあえず、もう一度魔獣を呼んでさらに検証だ。