逃げろや逃げろ
逃げよう逃げよう 逃げろや逃げろ
トライして駄目なら諦めよう
もうこれ以上のチャレンジは意味がない
だって向こうにはそもそもその気がない
“ちゃんと話してくれなきゃわからない”
その割には“なんでそんなことで困るの?”
“しょうがない”“それはお前の被害妄想だ”
悩んでいる、ということ自体が伝わってない
“それの何が悩みなのかわからない”
どうして俺がそんなに頑張らなきゃいけないの
あなたにわかるようにわかりやすく、具体的に明確に詳細に
その上であなたは“わかってあげようかな、どうしようかな”とジャッジする
逃げよう逃げよう 逃げろや逃げろ
トライして駄目なら諦めよう
もうこれ以上のチャレンジは意味がない
だって向こうにはそもそもその気がない
そもそも理性的かどうかが疑わしい
共存のつもりがないのに共存しなきゃと命じてる
でもこっちだけが頑張るのはフェアじゃない
あるいは、あなたは“何”を頑張ってるの?
困っている人を助ける、とか
他人の哀しみを哀しむ、とか
そういう概念が、ない
“俺だって乗り越えたんだからお前もできる”
あなたは自分の苦悩に興味がないんだ
自分が一体何を考えているのか、について
興味がない
あなたはあなたで麻痺している
あなたが悩めるとき誰もあなたの話を聞いてくれなかった
今のあなたが言っていることをあなたは言われ続けてきた
そしてあなたは今のあなたになった
辛い目に遭えばそれだけ人に優しくなれる
ただその“優しさ”の形は人それぞれで
例えば“私が優しくしたいように優しくさせろ”
それが正しいか間違いかなんて誰にもわからないけれど
だけど、この場合あくまで“事実”に基づくべきだ
逃げよう逃げよう 逃げろや逃げろ
トライして駄目なら諦めよう
もうこれ以上のチャレンジは意味がない
だって向こうにはそもそもその気がない
そもそも理性的かどうかが疑わしい
共存のつもりがないのに共存しなきゃと命じてる
でもこっちだけが頑張るのはフェアじゃない
あるいは、あなたは“何”を頑張ってるの?
俺が“もしかしたら自分が間違ってるのかも”と
そう思うようには、あなたも自分自身を
疑わないなら
あなたはあなたで麻痺している
あなたが悩めるとき誰もあなたの話を聞いてくれなかった
だけど、あなたはもう大人なんだ
それが正しいか間違いかなんて誰にもわからないけれど
だけど、この場合あくまで“事実”に基づくべきだ
だから、あなたは
学ばなければならない




