課題と約束 1
「ぼく、変なこと聞いちゃったのかな……」
師匠はぼくの話を揶揄ったりせず、真剣に聞いてくれた。ただ師匠自身もどう答えたらいいのかすごく悩んでいるようだった。すると師匠は「少しこの部屋で待ってていてください」と言って部屋を出て行った。
どうすればいいんだろう……。
そう思いながら、師匠の部屋を見渡す。師匠は妖怪たちの相談役であり、若い妖怪たちに教えを説いている。師匠のお話は偏った話ではなく、事実を客観的に話すのだ。そんな師匠の存在を疎ましく思っている妖怪たちもいるが、ぼくは師匠のことが大好きだ。
師匠の住処は広い。山の中できれいな空気がさわさわと流れていて、自然が豊かな場所でとても落ち着いた場所に位置している。その山の一角に師匠の住処があり、そこでぼくたちは妖怪の歴史や在り方を学んでいた。
「この部屋は初めて来たな。近くに輪入道もいるのかな?」
輪入道は、もともとこの地域の出身ではなく、遙か西のほうから来た妖怪だ。ある日師匠の住処で気を失っている輪入道を見つけ、行く宛てのない輪入道を師匠が引き取った。その行動に一部の妖怪たちから反発があったが、師匠が頑として譲らなかった。
ぼくは親という存在を知らない、そもそも妖怪に家族や両親などという概念はない。種族という概念があるくらいだろう。でももし人間のように家族という概念があるとしたら、師匠は父のような存在だと思っている。それに子河童は兄で、輪入道が弟のように感じていた。実際は、ぼくらの中で輪入道が一番長い時間を経験しているのだが、それでもなんとなく弟のように感じる。
こんなことを言ったら、ほかの妖怪たちに笑われるか、顔を顰められるだろうが。
だから師匠がこの部屋を出て行ったとき、どきっとした。何か間違ったことを、まずいことを言ってしまったのかと。
そわそわしながら部屋を見渡していると、机の隅で何かが光を反射しているのが目に留まった。
それはひどくきれいな物だった。直感的に分かった、これは妖怪たちの物ではない、人間たちが作った物だ。何で師匠の部屋にこんな物があるんだろうと思いながら、ぼくはその不思議な物に夢中になった。
持ち手のようなものがあり、真ん中は透明な板が入っている。最初は鏡かなと思ったが、どうも違うみたいだ。ぼくは夢中になって、ほかにも特徴がないか観察する。そっと持ち手を持ってみる。すると、ぼくはあることに気がついた。この透明な板の部分から向こう側を見ると、向こう側が大きく見えるのだ。
なんなんだ、この不思議な物は!
ぼくは夢中になって、部屋のそこら中を見てみる。そのとき、足下に小さな蟻が歩いているのを見つけた。ぼくはそうっと、不思議な物を蟻に向けて透明な板を見る。
なんとまあ、不思議な感覚だった。黒くて、円筒形の体があり、足が生えていることは知っていた。でも蟻が複数の節を持った脚を持つのを初めて知った。触覚もあり一生懸命、床の上を歩いている。普段なんとなく見ていた蟻がこんなにも複雑な形をしているなんて、知らなかった。
ぼくは自分の心が躍っていることに気づいた。こんな感情は初めてだった。それから、また不思議な物に視線を戻した。