狐の不安 1
ぼくの棲む祠は、大勢の人間が来てお参りをする。小さい頃から、人間たちが仲良くお参りしているのがなんだかすごく楽しくて、ぼくは木の上から様子を眺めているのがひそかに楽しみだった。祠の近くに住む人間達に「お稲荷様」と呼ばれ、慕われていた。
でも気になっていることがある、最近お参りに来る人間が少ない。何かあったのかな?
「最近、祠にお参りに来る人間が少ない気がするんだ。何でだろう」
とぼくは、薬草をいじっている子河童と子河童の作業をしげしげと眺めている輪入道に呟いた。
子河童は、河童の年若い妖怪だ。そろそろ「子」河童を卒業して、河童と呼ばれたいと常々呟いている。
輪入道は、肩輪に男性の顔が付いた妖怪だ。輪入道といえば、それはそれは恐ろしい妖怪と言われていて、遭遇した人間が恐ろしさのあまりに、魂を抜かれるという逸話があるくらいなのだが、ぼくらと一緒にいる輪入道は、はっきり言って怖くない。
むしろ顔は恐ろしい形相をした男の顔ではなく、童子のような幼い顔つきだ。そして、本人も大層の怖がりで色んな輪入道がいるんだなと、子河童が驚いていた。そんな子河童が
「人間の考えていることなんか、俺っちよく分かんねえわ」
と興味なさそうに言った。もう少し、親身になって聞いてほしいと思った。
「人間たちに何かあったのかな」
と輪入道は、子河童の様子を窺いながら困った顔をしながら言った。子河童は、昔から人間のことを話すと少し機嫌が悪くなる。どうして人間のことを聞くと機嫌が悪くなるんだろう、子河童の伝承は人間に関連するものなのに。そのとき子河童から、
「それより狐、俺っちの丸薬を作るの手伝ってくれ。狐は薬作るの得意だろ、輪入道も俺っちが指示するからさ」
と頼まれた。ぼくは、
「大変そうだね、子河童は」
と言った。良かった、子河童の機嫌は悪くないみたいだ。
「そうなんだ。ほんと鬼の旦那たち、毎日喧嘩しないでくれよ。毎日薬を作る俺っちの身にもなってくれ」
「狐も子河童も薬作り得意ですごいなあ。おいらも薬作り手伝えたら良かったんだけど」
そう言って、輪入道が静かに落ち込みだした。なぜ、輪入道はそんなに後ろ向きな考え方なんだ。
「みんな、向き不向きがあるし、輪入道にだって得意なことあるよ」
とぼくは何気なく輪入道を元気づけるために言った。
「そうだよね、ありがとう。狐は優しいね」
と輪入道は自信なさげに言った。なんだか、あんまりぼくの気持ちが伝わっていない気がする。輪入道は自信を持てばすごい妖怪なのに、なんだか勿体ない。そのとき子河童が、
「話してないで、早く手伝ってくれよ」
「分かったよ、何からやればいいの」
河童の急かす言葉を聞いて、仕方ないと思いながらぼくたちは薬作りを手伝い始めた。
「けっこう遅くなっちゃったなあ」
あの後、そんなに必要なのかなあ、と疑問に思うほどの薬の量を輪入道と手伝って作った。子河童いわく、作り置きしているらしい。毎日作るのも大変だからとのことだ。人気者は大変だなあ。そう思いながら、夕暮れでできた自分の影法師で遊びながら祠に帰っているときのことだった。
老いた人間の女性が祠に参拝していた。別に珍しいことでもないのだが、あまりにも真剣にお参りしているから少し驚いた。思わず参拝する人間の後ろ姿をじっと見ながら、心の底からこんな感情が湧き上がった。
――ぼくらは、まだ忘れられていない。
アニセカ小説大賞に応募したいと思い、過去作を加筆修正し投稿しています。