疑惑ウォッチ
喫茶店での会話が終わり、二人は街灯の点々とした大学周辺の街を歩いていた。気まずさと照れ臭さを感じながらも、二人の間にはどこか穏やかな空気が流れていた。
「今日はありがとう、マコトくん。久しぶりにこんなにゆっくり話せて楽しかった。」ひとみは、歩きながらふと立ち止まり、マコトに微笑みかけた。
「僕も…ありがとう。」マコトは、少しぎこちなく返事をした。彼にとっては初めての経験でありひとみの言葉が少し信じられない部分もあったが、確かに彼女と一緒にいる時間は悪くなかった。
「ねえ、今度また一緒にどこか行かない?マコトくんと話すの、私すごく好きだなって思ったから…」ひとみは、少し遠慮がちに提案した。
「えっと…もちろん。」マコトは、再び胸の鼓動が速くなるのを感じながら答えた。
甘ったるい雰囲気を仕切り直すがごとく、ひとみは、ポケットから小さなキーホルダーを取り出した。
「これ、見て!」猫の形をした可愛らしいデザインだった。彼女は天使のような笑顔で猫のほっぺをつつく。
「可愛いね。」マコトは、ひとみの笑顔につられて、少しだけ微笑んだ。
「そうでしょ!これ、私のお気に入りなんだ。友達からもらったんだけど、いつもバッグにつけてるの。」ひとみは、そのキーホルダーを大切そうに握りしめた。
「本当に好きなんだね。」マコトは、少しずつひとみとの会話に慣れてきた。
「うん、マコトくんも何かお気に入りのものってある?」ひとみは、興味津々に尋ねた。
「僕は…あんまりそういうのないかも。」マコトは苦笑いをしながら答えた。
「そうなんだ。じゃあ、今度、一緒に買い物行って、マコトくんのお気に入りを見つけようよ!」
その後も二人は楽しく会話を続け、時間が過ぎるのも忘れるほどだった。あっという間に、それぞれの帰り道の分岐点についてしまう。
「じゃあ、またね!」ひとみは手を振り、マコトに別れを告げた。
マコトも手を振り返し、彼女が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。彼はひとみとの会話を振り返りながら、ポケットに手を入れると、そこで何か硬いものに触れた。
「…ん?」マコトはポケットから取り出したそれを見て、驚愕した。
それは、さっきひとみが自慢していた猫のキーホルダーだった。
「どうしてこれが…」彼は思わず声に出してしまったが、すぐにひとみが帰るときに彼に渡していたことを思い出した。
「やばい、ひとみが大事にしてるやつじゃないか…」マコトは焦り始めた。彼女がこれを失くしたらどれだけ悲しむかを考えると、居ても立ってもいられなくなった。
「返さなきゃ。」マコトは急いでひとみもとへ向かうことにした。ポケットの中のキーホルダーをしっかりと握りしめながら、彼は走り出した。
普段運動なんてしていない体が、この時ばかりは軽やかだ。すぐに愛しい彼女の背中がみえる位置まで追いついた。
その足取りは、よほど機嫌がよいのかスキップまでしている。
気づいていない彼女の後ろから抱き着いて驚かせようかと考えたが、すぐにらしくないと普通に声を掛けることにする。
そういえば、まだ名前ちゃんと呼んだことなかったな。なにがいいかな。佐々木さん?いや、ひーちゃん?いやいや、ここはあえて呼び捨てでいくべきじゃないか?
実際の時間にしてほんの1秒、しかしマコトの脳内では数時間にも及ぶ会議が始まる。今まで女子を呼び捨てで呼んだことなんてない(というか女子としゃべる機会がなかった気がするけど)
新たな一歩を踏み出すため、漢、マコトは決意した。
いけ...!!!言うんだ...!!!!!
勇気だせ!!!!!
「ひと……」
「ごめん、ひとみ。遅れちゃった」
マコトの数メートル先で、背が高く、スポーツマンのような風貌を持つその男性は、親しげにひとみを抱き寄せた。
人生そんなに甘くない。
次回、8/18夜更新予定です。