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東雲が襲撃された二日後、アルバートは再び東雲の前に姿を見せた。古書店から出てきたところで異国人の姿を見つけた東雲は、「はぁ」とため息をつきながらも拒むような様子はない。
「本当だったのか」
歩き出した東雲に寄り添うように並びながら、アルバートがそんなことを口にした。
「何がです?」
「義理堅いと言ったことだ」
「化け物にそんな気持ちがあるのはおかしいですか?」
「いいや、人間味あふれる怪物というところも興味深い」
「そういえばあなたは……」
「アルだ」
東雲の言葉が止まる。ちろっと隣を見てから再び「はぁ」とため息をついた東雲は、わずかに歩みを遅くしながらもう一度口を開いた。
「あなたは、最初から僕のことを興味深いと言っていましたね」
「わたしは小さい頃から珍しいものに惹かれる性格なんだ。祖国では幽霊が出ると有名なホテルまで幽霊に会いに行ったこともある。そんなわたしがもっとも興味を持ったのが日本だった。日本は何もかもが興味深い。祖母から話を聞くだけじゃ満足できなくて、こうして長い船旅を押してまでやって来るほどにな」
「なるほど。そして今度は化け物に興味津々というわけですか」
何の感情も伺えない声に、アルバートが横目でちらりと様子を見る。「友人になりたいと言ったはずだが」と訂正したが東雲の表情は変わらない。
「それは友情ではなくただの興味ですよ」
「たしかに興味はある。この前のような気持ちになる原因にもな」
「僕の力のせいだと言ったでしょう」
「それは聞いた。だが、東雲さんまでああなるのがわたしの血に対してだけなのか、新たな興味がわいた。言っておくが、そうした怪物への興味と友になりたいという気持ちは別物だ」
「まったく、化け物と友人になりたいだなんてあなたのほうがよほど化け物じみていますよ」
「やはり似た者同士だな」
東雲の足がぴたりと止まった。「とんだ減らず口ですね」と呆れながら澄まし顔の異国人を見る。
「そもそも化け物である僕は人とは相容れません。そんな僕と友人関係になってどうするというんです? 人間のように、やれ観劇だの食事だのと連れ回されるつもりはありませんよ」
「そうしたことをするのだけが友というわけでもないだろう?」
「では、あなたは僕と友人になってまで何をしたいんです?」
「それはこれから考える」
「あなたねぇ」
「それに友になればいつでも血を飲ませてやることができるぞ?」
黒目がギロッとアルバートを睨みつけた。
「たしかに僕は化け物ですが、友人から血をもらったりはしませんよ」
「東雲さんは優しい怪物だ」
「あのですねぇ、いい加減化け物の僕に関わるのは……」
「残念ながらわたしはきみ以上の怪物をよく知っている。そもそも怪物のような人間はあちこちにいるし、そういう人間をわたしは大勢見てきた。それに比べれば東雲さんは可愛いほうだ」
「は……? 可愛い……?」
金縁眼鏡の奥の黒目がわずかに見開かれた。そしてすぐに訝しむように眉をひそめる。その様子をじっと観察しながらアルバートは言葉を続けた。
「きみはわたしの傷を二度も治してくれた。人間味もあるし情緒も持っている。それに比べたら十一歳の弟に毒を盛る十三歳の姉のほうがよほど怪物だと思わないか?」
東雲の表情がわずかに変化した。よく見れば不快そうな顔にも見える。これまでどの事件現場でも無機質な表情だったことを考えると「多少はわたしに興味を持っているんだろうか」と、アルバートの胸に小さな期待が広がった。それだけで気分が高揚し口元がほころぶ。
「だから、どうして自分の命が狙われたという話をしているのに笑うんです? あなたのほうがよっぽど化け物のようじゃないですか」
「怪物同士、やはりわたしたちは友になれると思う」
「……本当にああ言えばこう言う」
再びスタスタと歩き出した東雲の後をアルバートが微笑みながらついていく。
「おっしゃるとおり心が化け物の人間がいたとしても、僕は肉体的にも化け物なんですよ」
「わかっている」
「いいえ、わかっていません。化け物である僕は人とは様々なことが違います。食事然り、力然り、それに寿命も違う」
隣に並んだアルバートが「なるほど」と頷いた。
「ドラキュラの小説にもそういったことが書かれていたな」
「たとえ友情とやらが芽生えたとしても、化け物と人では交わりようがありません。それとも、あなたも僕と同じ化け物になるとでもおっしゃるんですか? もしくは僕を人間に変えてしまおうと考えているとでも?」
「人と怪物の違いはさておき、なぜ東雲さんが人になる必要がある?」
アルバートの答えに東雲がわずかに目を見開いた。歩みも若干だが遅くなる。
「なぜ驚くんだ?」
「……いえ、てっきり同じ人生を歩みたいと考えているのかと思ったので」
「ふむ、たしかにそれはいい考えかもしれない。そうすれば生涯の親友にもなれるだろう。だが、わたしは怪物のままの東雲さんが好きなんだ」
横目で見た東雲の表情に変化はない。だが、ほんのわずか動揺するように肩が揺れるのをアルバートは見逃さなかった。
「血を啜り、わたしを抱えるほどの力持ちというのはやはり興味深い。血を啜るときの姿は見惚れるほど美しいと思う。わたしはそういう東雲さんに興味を持ち、友になりたいと思った。こんなわたしは同じ人間から見れば奇異に映るだろうが、これがわたしだ。こういうわたしに東雲さんも興味を持ってほしいと思っている」
東雲の言葉はない。それでもこれまでとは明らかに違う様子に見えた。些細な変化かもしれないが、何かが違うと感じたアルバートはわずかながら都合のいい期待を抱いた。
「東雲さん」
声をかけると、なぜか顔を逸らされた。続けて「阿呆すぎるだろう」というつぶやきが聞こえてくる。声色も無機質なものではなく感情に揺れ動いているように感じられる。
(思っていたより、わたしに興味を持ってくれているということだろうか)
期待がさらに膨らんだ。いきなり友人になるのは無理だとしても、せめて隣人くらいの関係になれないものだろうか。
気がつけば手を伸ばしていた。友になってほしいと正面から伝えたくて肩を掴もうとさらに腕を伸ばす。もう少しで肩に触れようとしたとき、背後から「アルバート様!」という声が聞こえて手が止まった。振り返るとクローシェ帽に膝丈下のワンピースを着た女性が小走りで近づいてくる。
「あぁ、嘉村卿の」
アルバートは邪魔をされたと不快な気持ちになった。わずかに眉をひそめたものの、すぐさま叩き込まれた人当たりのよい笑みを浮かべる。そうして「走っては危ない」と紳士らしい言葉を投げかける。
「ありがとうございます、アルバート様。でも、こういうときに父の名を呼ぶのはよろしくありませんわ。綾子とお呼びくださいと何度も申し上げておりますのに」
そう言って微笑んだ綾子の目がチラッと東雲に向いた。しかしすぐさま視線を逸らしアルバートに笑顔を向ける。その仕草にアルバートはかすかな違和感を感じた。しかしそれが何なのかわからない。
「アルバート様、わたくしアルバート様にお詫びしなくてはいけないことがありますの」
「お詫び?」
「はい。今日はお詫びがしたくて、ずっと探していたのです。お目にかかれてよかったですわ」
アルバートは首を傾げた。綾子に最後に会ったのは手の甲を怪我したときで、そのときに何かあっただろうかと考えるが思い当たることはない。そんなアルバートに「本当に申し訳なく思っておりますの」と綾子が眉尻を下げた。
「先日、そちらの方に怪我を負わせたのは我が家の下男なのです」
綾子の言葉にアルバートは碧眼を見開いた。




