二十年前の謎 2
目を覚ますと、身体がひんやりとした心地よい空気に包まれていた。
もしかしてここは天国?
「あ、気が付いたね」
母より明らかに若い女性が私を見ていた。
「起きれる?お水飲もうか?」
女性が私の背に手を回し支えてくれる。
私は女性からコップを受け取りお水を飲む。
「大丈夫?」
「はい」
「貴方家の前で倒れてたんだよ。もっと飲む?」
「はい」
私がぼんやりとした頭で辺りを見回すと男の人が視界に入って来た。
その人はまっすぐに立っていた。
長い身体だった。
黒い髪に黒い瞳、夏なのに長袖の黒いTシャツに黒いズボン、白い肌をしているのに、全身全てが黒に覆われてるように見えて、まるで影みたいだと思った。
「今日は暑いからねー。この炎天下で帽子も被らないで歩いてたら駄目だよ。お家の人心配してるよね。送っていこうか?」
「まだお家には帰れないの」
「お家の人お仕事かな?」
「うん。お母さんお仕事で夕方まで帰ってこないの」
「そっか、じゃあ夕方までお姉ちゃんのお家にいる?」
「いいの?」
「うん。だって今丁度お昼になったところだから一番暑いよ。今外出たら溶けちゃう。暫く休んでいきなよ」
「ありがとうございます」
「ちゃんとお礼言えて偉いね。そういえばお名前は?」
「石田桃」
「桃ちゃんかー。年はいくつ?」
「七歳。小学校一年生」
「そっか、結構大きいね」
「クラスで一番大きいよ」
「そうなんだー。お姉ちゃんはね、タナカキョウコって言うんだよ」
「キョウコちゃん?」
「うん。キョウちゃんでいいよー。ねえ桃ちゃんお腹空かない?」
「すいた」
「お姉ちゃんお素麺食べようと思ってるんだけど、食べられそう?」
「食べたい」
「じゃあ茹でるからちょっと待っててね。何か食べられないものある?」
「ないよ、トマトも茄子もキュウリもピーマンも人参も食べられるよ」
「そっかー、偉いね」
お素麺を茹でてくれたのはここまで一言も発していないお兄さんだった。
お素麺と揚げたての鶏の唐揚げにポテトサラダとお昼ご飯とは思えない立派な食事がテーブルに並べられた。
「すごーい、ごうかー」
「いっぱい食べてね」
「うん。いただきます」
作ってくれたお兄さんは一緒に食べなかった。
よく見るともう一つの部屋にはベッドがあって誰か寝ているみたいだった。
お兄さんはベッドの傍の机の前に座ると何か書き始めた。
お勉強かな。
お兄さんもお姉さんも夏休みなのかな。
「桃ちゃんは何処に行くつもりだったの?」
「コンビニ」
「ああ、そこのセブンイレブン?」
「うん。いつも駅前のモールに行ってたんだけど今日お休みで」
「ああ、定休日だったのね。一人でモールに行ってたの?」
「うん。家エアコン夜しか付けられないから」
「夜だけ?この暑いのに?」
「うん。節約なの」
「節約って、あんま暑いの我慢してると死んじゃうよ」
「だから毎日モールで涼んでたの」
「桃ちゃんのお家モールの近くなの?」
「ううん。お母さんが毎日お仕事行く前に車で送ってくれるの。夕方お母さんが迎えに来るまでそこで涼んでるの」
「え?一日モールで過ごせる?つーか危ないよ。悪い人いっぱいいるんだから」
「大丈夫。知らない人にはついて行かないから」
「それでも危ないよ」
「でもお家にはいられないし」
「ねえ、明日からお姉ちゃんのお家に来ない?一日中モールにいるよりは安全でしょ。ここね、モールのすぐそこなんだよ。十分くらいで行けるの」
「そうなの?そんなに近いんだ」
「そうだよー。それにね、お姉ちゃんのお家、漫画いっぱいあるんだよ、ほら」
お姉さんは本棚を指さす。
確かに本棚には漫画がぎっしり詰まっていて、入りきらない分は床に山積みになっている。
「家で涼んで漫画でも読んで過ごしたらいいんじゃない?ここなら変な人来ないし、お昼ご飯も用意してあげられるよ」
「でも」
「取りあえず、明日はそうしたら?明日もすっごく暑いんだって。危ないよ」
「来てもいいの?」
「うん。一緒にお昼食べて、三時になったらおやつ食べて、漫画読んでごろごろしようよ」
「うーん、いいのかなー」
「いいよー。お姉ちゃん、桃ちゃんに明日も会いたいなー」
「うーん、じゃあそうする」
「やったー。じゃあお昼食べたらゲームでもしよっか?」
「いいの?」
「うん」
「嬉しい。うちねゲームとか何にもないの。漫画も買ってもらえないんだよね。お金ないから」
「そうなんだ、お姉ちゃんの家、漫画だけはいっぱいあるからどれでも読んでいいよ」
「うん」
「じゃあ、残り食べちゃお、食べてゲームして、夕方までゆっくり遊ぼう」
その日はお姉さんとプレステ2で遊んで、おやつにアイスクリームを食べて、残りの時間は漫画を読んで過ごした。
明日もし来るの嫌になったら無理しなくていいからね、お姉ちゃん大学夏休みだから毎日お家にいるからいつでも遊びに来てとお姉さんは別れ際に言ってくれたけれど漫画の続きが気になって仕方がなかったので、私は明日もお姉さんの住むアパートに行くつもりだった。
身体の長いお兄さんは私が帰る時も机に向かって何か書いていて、最後まで一言も発したりしなかった。