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しっとりファンタジー

わがまま王子と赤ん坊

作者: 成若小意

 あるところに大変わがままな王子がいた。彼の両親も傲慢だったが、そんな者たちの統治は長く続かない。やがて反乱がおこり、国王と王妃、そしてわがまま王子が乗った飛行船が行方不明となった。これはそんな王子が無人島で一人目覚め、なぜか巻き添えになった赤ん坊とともに生き抜く物語である。






「くそっ。さっきの衝撃は何だ」


 王子ヴェリテは砂まみれになった髪やマントを払いながら、身を起こす。どうやらここは砂浜のようだ。そこで彼は一人倒れていたようで、腕や頬、そのほかあちらこちらに裂傷が見られた。彼は怪我など今までほとんどしたことのない身だ。ひどい有様に眉をしかめる。


「母様。無事ですか」


 ヴェリテは自分の腕の傷を気にしながら、周りも見渡さずにそう声をかける。周囲の警戒、状況判断は自分の仕事ではない。彼は自分のしたい事だけすればいい。そう育ってきた。


「父様。今回の騎士団長はこの件が終わったら首にしましょう」


 こんな状況を許した無能な護衛騎士たちだが、今すぐには首にしないでやろう。ヴェリテはそう考えた。ひとまず王城に帰ることが先決だ。それくらいなら彼にもわかる。


 しかし、ヴェリテはもっと重要なことに未だ気が付いていなかった。彼の周囲には誰もいないということに。






 あまりにも返事がないことにようやくおかしいと感じ始めたヴェリテ。ふと顔を上げると、そこには彼以外誰もいなかった。


 眉間のしわを深くするヴェリテ。わがままではあるが無能ではない。日頃おかしな動きをする貴族連中がいることには気が付いていた。


(臆病な奴らだ。何か行動に起こせるとは思っていなかったが。なるほど奴ららしい。直接手を下すことを恐れて、事故に見せかけてこんな姑息な手段に出たのか。欲しいのは玉座か)


 この事故は反対派閥の貴族によって起こされたものだとヴェリテは当たりを付けた。


 誰もいないなら自分が状況判断するしかない。その段でようやくヴェリテは自分の置かれた状況を分析し始めた。時刻は日の沈み始めた夕暮れ。右手側には見渡す限りの海。波はそう高くはないが凪いでもいない。立っている場所は砂地。左手側は熱帯地域の植生と見受けられる、つまりはジャングル。


 目に入る範囲では人の気配も人工物もない。いかにもな無人島のように見えた。


(逆賊どもも人のいる土地に我々を落とすことはないだろう。少なくとも味方のいる土地ではないはず)


 むしろ人がいた方が厄介かもしれない。現地人が友好的とは限らない。敵地だと考えた方が良いだろう。


(奴らめ。こんなことで俺を弑したつもりになっているのだろう。しかしこれしきの事、俺にとっては何の障壁でもないわ。さっさと王宮に戻って息の根を止めてやろう。驚愕の表情が見られるのが今から楽しみだ)


 ヴェリテがそう自信を持っていられるのには訳があった。彼のいたところでは人々は魔法を当たり前のように使ってた。そしてその中でもヴェリテは別格の才能を持っていた。その才能が彼の傲慢さを助長していたほどだ。彼の魔法をもってすれば無人島を抜け出すことは造作もないことのように思えた。彼自身もそう思っていたのだ。


 とりあえず状況をもう少ししっかりと把握するため、彼はようやく一歩目を踏み出した。






 島を一周したころ。ヴェリテはうっすらと汗をかいていた。普段運動をしない彼にとって島巡りはハードだったということもあるが、もう一つ理由があった。島に結界が張られていることに気が付いたのだ。


(これは、父様と母様を弑そうと思って企てられた墜落事故ではない。……おそらく俺を閉じ込めるための策略だ)


 島の結界はヴェリテの魔法を以てしても破壊できるものではなかった。それほどまでに強力な魔法を何もない島にかけておく訳がなかった。つまり、彼を閉じ込めるために用意されたもの。そう考えた方が自然だった。


(奴らめ、俺の力を相当恐れていたのだな。俺だけを閉じ込めてそのあとどうするつもりだというのだろうか。まあここで考えてもわかるわけもない)


 ヴェリテは無駄なことは考えない。とりあえず目の前の問題を解決することにした。寝る場所と食べ物を確保するのだ。


 島は一周しただけでつぶさに調べたわけではないが、ぱっと見では猛獣の類はいなさそうだった。油断はできないが、ヴェリテの魔法があれば大した問題ではなかった。彼はとりあえず寝心地のいい場所を探すことにした。






 茂みの近くを歩いているとき、ヴェリテはありえないものを見た。腰丈程もある長い草。その間に生えるヤシの一種と思われる樹木。緑と茶色が続く中、肌色が見えたのだ。大きさは大人のこぶし大か。一瞬気のせいかと思ったが、目の端にとらえられたその異物を思わず二度見してしまった。


(なんで……)


 ありえないと思いつつ、忍び足でその物体に近寄る。草をかき分け出てきたそれは布にくるまれた赤ん坊だった。見えていた肌色とは赤ん坊の顔だったのだろう。


 流石のヴェリテも息をのんだ。


 そして一歩後ずさる。


(奴ら、しくじったな。一般人も巻き込みやがって)


 ヴェリテが推察するに、この赤ん坊はヴェリテをこの島に飛ばす時に何らかのはずみで巻き添えになったのだろう。そもそも彼自身飛行船から落ちてかすり傷だけで済んでいるのだ。魔法で飛ばされたと考えた方が自然だった。そして大規模な魔法にミスはつきものだ。対象指定を間違えたのか何なのかはわからないが、とりあえずこの赤ん坊はヴェリテと一緒に飛ばされてきたのだろう。


(現地人が置いて行ったとも思えない。赤ん坊を巻いている布もまだ目新しいから、この場所に来てそう時間がたっていないようだ。しかし……)


 ヴェリテはもう一歩下がる。


(悪く思うな)


 ヴェリテとて10歳。赤ん坊を抱えて無人島で生き抜くのは難しい。ここで保護するのは流石にためらわれた。悪いのはヴェリテではない。ここに彼らを飛ばした犯人だ。そう思いながらもう一歩下がろうと思ったが、彼は深く息を吐き、そこで立ち止まった。


(さすがに見殺しは夢見が悪い)


 ヴェリテはわがままではあるが冷酷ではなかった。


(それに……)


 ここで赤ん坊を見殺しにしたとする。そうすると、赤ん坊の遺体がずっとこの場所にあるということになる。もしかしたら獣が持っていくかもしれないが、それを確かめる気にもならない。この島にどのくらいの期間いなければならないのかはわからなかったが、こんな小さな島の中、立ち寄れぬ場所ができてしまうというのも嬉しくない状況だ。


(しゃべりかける相手がいるのも悪くないかもしれない)


 そう結論付けて、赤ん坊に近寄る。恐る恐る手を布の下に差し入れ、そっと抱き上げる。丁寧にするのは優しさからというよりも、得体のしれない赤ん坊という存在に対しての恐れからでもあった。しかしその重みと柔らかさ、赤ん坊独特のにおいをかぎ、ヴェリテは思わず赤ん坊をしっかりと胸に抱きなおした。気を張っていたが、この常ならざる状況に心は素直にダメージを追っていたようだ。ヴェリテはこらえたものがあふれ出るのを止められず、無垢な存在に顔をうずめた。






 そうしているうちに日が沈んでしまった。見知らぬ土地で暗闇の中うろつきたくはない。太めなヤシ似の樹木の間に土魔法で即席の壁を作る。足元も土で固める。火の魔法で火球を作り、ヤシ似の木の実を撃ち落としたが、火が木に燃え移り、あわてて水魔法で消火する。土壁に何か所か空気穴をつくり、火の魔法で明かりを灯す。


 その間赤ん坊は地面に転がしたままだ。


 ヴェリテは次に柔らかそうな葉をいくつか集め、水で綺麗に洗い流す。風の魔法で乾燥させ、縦に割いて土の家の端に積み上げていく。そして虫がいないか確かめたうえで、赤ん坊をそっと即席の草のベットの上に置いた。


 水魔法で手を洗い、何個か回収した木の実を即席の家の端に積んでおいた。本当ならそのまま寝てしまいたかったが、赤ん坊が泣きだしたので、何をすればいいのか分からずとりあえず抱き上げてみた。


「おい、どうした。腹が減ったか? なんか言ってみろ。わからん」


 赤ん坊に理不尽な問いかけをしつつ、赤ん坊と言えばとりあえずお乳だろうと、木の実の汁をあげることにした。


「従妹のチビにジュースをやったら叱られたことがあったな」


 そう思い出し、木の実を割り、中から流れ出る木の実の汁を水魔法で少し薄める。そして、そこからどうすればいいのかわからなくなる。


「参ったぞ。哺乳瓶などないしな。ストローのようなものを作るか? 」


 ヴェリテは眉を八の字に下げながら辺りを見回す。そして赤ん坊本人を見て


「ああ」


 と納得する。赤ん坊はたまたま口の近くに来ていた布をチューチューと吸っていた。


「布を使えばいいのだな」


 そうして布に木の実の汁をつけてやってから、赤ん坊の口に近づける。そうすると、初めは嫌そうに首を振っていたが、布の端が唇についたとたん唇を開けて布に吸い付いてきた。何度かちゅっちゅと吸っている様子をヴェリテは眺める。しばらくしてもう一度布に汁をつけようと赤ん坊の口から引き抜こうとするが、意外と口の力が強く、苦笑いする。


「食いしん坊だな」


 そう言いつつ何とかそっと布を引き抜き、汁をつけ、吸わせ手を繰り返しているうちに吸い付くリズムが遅くなってくる。


「ようやく寝たな……」


 ヴェリテ自身も眠たい目を何とかこじ開けながら、赤ん坊を草のベットにそっとおろす。赤ん坊もつかれていたのか、おろされても泣かずに寝ていた。


 ヴェリテはもう一つ木の実を割り、自身も汁を飲み、果肉を少し火であぶって食べてから、ようやく土の床に寝転がった。マントを広げているもののやはり固い。自分の分の草のベットも明日作ろう。そう思いながら眠りにつこうとすると、赤ん坊からブリブリという音と、あの匂いが漂ってくる。


 流石にヴェリテも舌打ちしつつ、赤ん坊から布をはぎ取り雑に水の魔法で赤ん坊と布を洗い、雑に乾かし、もう一度布を巻き付けてやった。


 突然起こされ水を浴びせられた赤ん坊は火のついたように泣き出す。


 疲労の限界だったヴェリテは最初そのまま放置して寝ようかと思ったが、あまりにもうるさいので眠れない。自分も泣きたい気持ちをこらえながら、むしろ泣きながら、ヴェリテは赤ん坊を抱きかかえ、赤ん坊をゆすってやりながら横になる。そうやって二人して泣き寝入りして無人島一日目の夜を明かした。






 目を覚ましてからまずすることは、身を清めることだった。今までの習慣を壊したくなかったとかそのような理由ではなかった。腕に抱いた赤ん坊の布からおしっこが漏れてきていたのだ。


 不快な布の湿り気に起こされ、二人は泣きながら目を覚ました。


 とりあえず身を清めることにしたヴェリテはまだ日の上りきらぬ浜辺で砂を掘り始めた。そこに大きな葉を敷く。そして魔法で水をだし、火で温める。そこにそっと赤ん坊を入れる。昨晩のように水をかけて泣き続けられるのはたまらないからと学習したのだ。


 今朝の海は凪いでいる。ようやく上り始めた朝陽が水面を不思議な七色に照らす。


「気持ちいいか?」


 お湯に揺蕩たゆたい気持ちよさそうに口を開ける赤ん坊を見て、思わずヴェリテも笑った。


 赤ん坊を綺麗にした布でくるんでやり、ヴェリテも水浴びをする。そして、木の実の朝食を食べる。赤ん坊にもやる。


「甘いものばかりでは飽きるな。昼は鳥でも焼いて食うか」


 そう言って、木陰に赤ん坊を置き、焼き鳥の前にねぐらの改造に取り掛かる。土ではやはり心もとない。木の枠組みが欲しい。装飾も付けたい。虫が寄らないように床も高くしたい。


 しかし、ヴェリテはエレメントという風、火、水、金、土の五つの基本要素の魔法しか使えない。その精度と規模は別格だったが、加工はできない。物質加工のような便利な魔法が今は欲しいと思った。


「ないものねだりをしてもしかたがないか。」


 基本わがままなヴェリテだが、わがままを言う相手が自分しかいない現状では言っても意味がない。四苦八苦しながら、不格好ながらも何とかねぐらを改良した。今よりも幼いころに非常時対策として軍人よりサバイバルの手法をいくつか手ほどきしてもらったのが功を奏した。いやいやながらにでもやっていてよかったとヴェリテは振り返る。あの時はやはりわがままを言ってすぐ放り投げてしまったが。


 今ここでわがままを言うのは赤ん坊の役目だった。ヴェリテが四苦八苦している最中も何度も泣き声を上げてヴェリテを呼ぶ。なぜ泣いているのかわからないので、これにも四苦八苦しながら、赤ん坊からの難問を解いていく。木の実の汁をやり、おしめを変え、抱きかかえて寝かしつけをする。


「赤ん坊は一日三食じゃないのか」


 あきれながらも、何度も木の実の汁をやった。


「まあこの木の実で腹を壊さなくてよかったな。ここではこれ以外お前が食えそうなものはないからな」


 そう言いながら赤ん坊をのぞき込んだ。赤ん坊はまだはっきりと笑うわけではなかったが、その無垢な瞳を見るとヴェリテはいやされているのを感じた。


「これがお前の報酬か」


 ヴェリテはにやりと笑った。






 面倒尽くしの赤ん坊の世話だったが、この二人の出会いは赤ん坊だけでなくヴェリテにとっても僥倖だった。この島で一人であったら、自分を世話する者が突然いなくなったことに文句を言い続けていただろう。人に甘えた心を捨てきれないまま無人島で過ごしていくのはとても辛い。しかし、赤ん坊がいると有無を言わせぬペースで赤ん坊の世話をせざるを得ない。ヴェリテは自分を守るのではなく、赤ん坊を守るために頑張らなければいけなかった。そして、それが彼の心を強くした。


 ヴェリテはわがままを言わなくなった。当然言う相手がいないからだ。そしてわがままを言われるようになった。赤ん坊はとてもわがままだ。食べたいときに泣き、不快があれば泣き、寝たいときに寝る。それに振り回されながら過ごしているうちに、ヴェリテは庇護される側から庇護する側の気構えが出来上がってきていた。そうして一年が過ぎた。


 王宮にいた時の彼を知るものが今の彼を見たら、よく似た別人だと思うほどになっていた。一年間の無人島暮らし、そして新生児の世話はヴェリテを驚くほど成長させた。しかし、王宮の者が彼を迎えに来る気配はなかった。居場所がわからないだけなのか。彼は死んだと思われていたのか。それとも彼の味方はすべて死に絶えたのか。


 彼自身も島から抜け出す方法を色々と探った。そのどれもが無駄に終わった。


 ついでに島の探索をした。島はかつて人が住んでいたようで、いくつか人工物が見つかった。島の中心は周辺より海抜が高かった。崖のような場所もあった。小高い場所に小屋があり、ヴェリテたちはそこに移り住んだ。人口もそれなりにあったようで、小さな学校の跡地の様なものあった。


 ヴェリテは赤ん坊に笑顔スリールと名付けた。時間があるときにはスリールに学校の本を読み聞かせるようになった。ぼろぼろの物も多かったが、石の箱に入れられており無事なものも多くあった。


「スリール。お前も島の外に行ったとき色々なことを知っていないとならないからな。俺が育てたんだ。無能な子供とは思わせないぞ」


 そう言って、スリールが木の枝を持てるようになってからは文字を教え、学問を教えた。木の実以外も食べられるようになったスリールに狩りの仕方も教えた。鳥を捕り、魚を捕り、食生活はそれなりに豊かだった。


 当然魔法も教えた。スリールの才能があったのか、ヴェリテの教え方が良かったのか、はたまたその両方か、スリールも魔法においてとても優秀だった。


 狩りをし、勉強をし、魔法を鍛え、家を改良していく。島には誰も来なかった。救出の便りがないままいつしかヴェリテは便りも待たなくなった。あの時スリールを見殺しにしないでよかった。そう思えるほどに幸せな日々を送っていた。宮殿にいた頃よりものびのびと楽しめていただろう。そうして10年の時が過ぎた。


 ヴェリテは20歳。スリールは10歳になっていた。そんなある日、待っていなかった救助隊が島を訪れた。






 かつての無能な護衛騎士団の団長はまだ生きていたようだ。そしてまだその役職を辞してはいなかった。

 彼の説明によると、反乱は失敗したそうだ。しかしヴェリテの父親と母親もその騒動のさなか亡くなってしまったと言う。ヴェリテの従兄がその遺志を継ぎ、政権を維持したと騎士団長は説明した。


「あいつが国王か」


 優男だった従兄の顔を思い出し、皮肉そうに笑う。


 そのヴェリテの表情をどう勘違いしたのか、団長が慌てて説明する。


「ずっとヴェリテ様を探しておられました」


 魔力の強いヴェリテを味方につけたいのだろう。ここで新国王に悪印象を持たれてはならないと団長は必至だ。しかしヴェリテはとうに国政に興味をうしなっていた。従兄の敵になる気はなかったが、味方になる気もなかった。


「ヴェリテ様! この子は……」


 そう言って騎士団の者がスリールを連れてきた。


「俺の子だ。一緒に連れていく」


 そう言って、接岸された軍用の船にスリールを伴ってヴェリテは乗り込んだ。騎士団の者たちは混乱しながらも、二人を船に迎え入れる。こうしてヴェリテとスリールの無人島生活は終わりを迎えた。






 王宮への道で、そして王宮での歓待に、ヴェリテは微妙な思いで応える。勝手な事情に振り回されて島へ飛ばされ、また勝手な事情で島から連れ戻された。この歓待も果たしてどのような意味があるのだか。そう思いながらも、大事なスリールの手を握り締めてる。人があふれかえる王宮の中、ヴェリテはゆっくりと周囲を見回す。周囲を警戒するのは彼の役目だ。


 従兄である新国王を目の前にして、今の国の情勢を聞くと、いまだに安定していないようだった。こんな状況の中スリールを置いておくわけにはいかない。国王にもスリールは自分の子供だと説明したが、10歳で無人島に行ったヴェリテの子では無いのは明らかだった。国王もスリールを、王宮には置けないが最良の場所に保護すると提案した。そしてヴェリテにもふさわしい地位と配偶者を用意すると。


 長らく社会から離れてたヴェリテにもそれが最良と思えた。その提案にうなずきかけた時、握っていた手を思いっきり引っ張られてヴェリテがたたらを踏む。スリールが引っ張ったのだ。


「ヴェリテはいつも自分のことは後回しにする! たまにはわがままを言ってよ!」


「わがまま……?」


 かつてのわがまま王子の印象しかない周囲の者は失笑している。しかし、スリールの未だに無垢な瞳は真剣だ。


「本当のことを言って。ヴェリテ。本当に一緒にいたい人は誰なの?」


 その瞳を見て、ヴェリテは笑う。


「困ったなスリール。いや、君にはずっと困らされてきたか」


 スリールはヴェリテが無人島でも苦労しないように大事に育ててきた。過保護が過ぎてややわがままになっていた。そして、二人で過ごしていたにもかかわらず、どこで覚えてきたのか口がとても達者だ。最近ではヴェリテはスリールに口では勝てないようになっていた。


 勝気な瞳でスリールがヴェリテを見る。


「何で困るのよ」


「君の名前をなんでスリールにしたか、覚えているかい?」


「私の名前? 笑顔って意味でしょ。よく笑う赤ん坊だったのね?」


「いや、なかなか笑ってくれなくてね」


 周りの者は何の話だかまるで分らないままなりゆきを見守っていた。


「君を笑顔にさせるために島にいた間ずっと頑張っていたんだ。それがあったから頑張れた。島から出たとたん君を怒らせてしまった。だから困っているんだ」


 そのヴェリテの言葉に、若干の怒りの表情は残したまま、スリールは眉を上げる。


「……それで? 私の扱いはヴェリテが一番よくわかってるのでしょ? 」


 スリールが出す難題を解くのはヴェリテの役目だった。この十年解き続けてきたのだ。スリールが怒っている。どうすれば笑顔になるのか。その答えは簡単だ。


「スリール。俺が一緒にいたいのは君だよ。これからも一緒に住もう」


 そう言って二人王宮から自らの意思で出て行った。

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