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赤い大地を、乾いた風が舐めるように吹き抜けていく。


その風は、遠い昔に誰かが抱いた理想の名残か、それともここが未だ滅びきらぬ地であることを示す最後の証明か。


地平線の端を切り裂くように、一筋の砂煙が伸びていた。


エンジン音というよりも、唸る磁場の重奏——“アリス・カウェリ”のブースターが赤い岩肌の上を滑るように進んでいく。



「おい、そろそろリッジ帯に入るぞ。エンジンに無理かけんなよ、スティッツ」



ハンドルを握る”スティーヴン”に、リーダーの”マーカス”が注意を飛ばす。スティーヴンは口元で苦笑しながら、アクセルを少し緩めた。



「了解、隊長殿……それにその呼び方、そろそろやめないか?道だって覚えたらどうだい?毎回言われると、オールドテック野郎も気にするんだぜ?」



「お前の運転に信用を置けないってだけだろ?」



横から顔を覗かせたのは”ゲイル”だった。

スティーヴンの肩を軽く叩くと、いつもの軽口で場を和ませようとする。



「この前だって、崖下に突っ込みそうになったの忘れてねぇからな?あの時はドリーが横っ面引っぱたいて助けたんだ」



「そう、私に借りがあるよね」



誰より勝気な”ドリー”が腕を組んで鼻を鳴らした。

風に翻る彼女の髪には、過去に踏破してきた多くの砂と火が染み付いている。



その隣で、姉とは対照的に静かな”ゼン”がナビデバイスを操作している。


ホログラムに浮かび上がる地図は、断線したネットワークを補完しながら描かれていた。



「……もう少しで目標地点。座標D-0962.7311、旧型植物育成プラントのドーム跡だ。周囲にシグナルの痕跡はない。無線沈黙……ここ数年で誰も入ってないかもしれない」



「やったぜ!」


ゲイルが両手を上げる。


「じゃあそろそろお宝タイムってわけだ。旧文明のデバイス発掘で、今年こそ生活改善だな?」



「浮かれるな、ゲイル」



マーカスの声が低くなる。



「過去の遺物には罠がある。前に旧型自動防衛システムに引っかかったとき、誰が撃たれた?」



「……僕……です」



ゼンが小さく挙手した。

左腕の義肢が、その証拠を物語っている。



「今回も、同じとは限らない。スティッツ、お前も旧いデバイスに詳しいんだ。気になるものがあったら、すぐに報告しろよ」



「……ああ」






大地の振動に揺られながら、ゲイルが後ろから声を上げた。


「……ここって昔は緑のドームだったんだろ?信じられるかよ!」


「ドームってのは全部そうだ。酸素、湿度、電気、温度、それに土壌菌まで制御されてた。けど、もう使われちゃいない」


前を走るスティーヴンが淡々と応じる。


「……今はただの廃墟ってわけだ」


「まぁ、夢の墓場ってやつだね」



そう返したのはゼン。

口数は少ないが、観察眼は鋭い。



彼らは3台のアリス・カウェリに分乗していた。

浮遊型のこの旧世代バイクは、かつての開拓時代の名残であり、今もなお外界を旅する者たちの足であり続けている。


先頭はスティーヴとゲイル。

2番目にマーカスとゼン。

そして最後尾にドリー。


ひとり乗りを好む彼女は、ハンドルを握るとあまり口を開かなくなる。



「で、スティッツ」



「……その呼び方、やめろって言ってんだろ」



「いいじゃん、スティーヴン・“オールドテック”」



ゲイルが楽しそうにからかう。



「今回のブツ、本当に見つかると思ってんのか?

旧ドームの地下は大抵空っぽだって噂もあるし、機械泥棒(ハンター)が出るって話も……」



「通信記録は残ってた。3日前、この座標で何かが反応したんだ。恐らく旧時代の痕跡……珍しい形式だ。」



「そんなんでワクワクしてるの、お前ぐらいだぜ?」



「俺はワクワクなんかしてねぇよ。ただ……」



スティーヴンは一度、遠く霞んだドームの残骸を見やった。

ひび割れた骨組みの間から、夕陽のような薄い光が差している。



「……知りたいんだ。過去が、何を遺してくれたのかをさ」


「……お前さァ」



ゲイルが少し真顔になる。



「本当に、何がしたいんだ?こんな所まで来て、誰かに褒められるわけでもねぇのに」



「分かんねぇよ。けどさ……何かが変わる瞬間って、いつも馬鹿な一歩から始まる気がするんだ。それに、俺たちだって機械泥棒(ハンター)みたいなもんだろ?」



その言葉に、しばらく誰も続かなかった。

だが背後から、低く力強い声が届いた。


「ははっ違ぇねぇ……!よし、いつも通り最初に見つけたやつの取り分だからな」



マーカスが笑いながら言った。



「誰かが動かなきゃ、何も変わらねぇ……それに、ここがどんな場所かは、俺たち自身で確かめる必要がある」



「姉さん、やっぱりあのドームの中に入るの?」



ゼンの声に、最後尾のドリーが言葉少なに返す。



「もちろん。腐ってようが何だろうが、入って確かめなきゃ意味ないだろ?」


砂が舞い、遠くで何かが崩れる音がした。




スティーヴンは、崩れかけた支柱の影にバイクを寄せると、静かにエンジンを切った。

乾いた風が吹き抜け、赤茶けた砂を巻き上げている。


背後では、他の二台もそれぞれエンジン音を殺し、合流した仲間たちが静かに集まってきた。



「よし、ここから先は徒歩だ。目立ちすぎる」

マーカスが声を低くして言う。


「この廃ドーム……マジで中に入んのかよ。前に潜った奴が音信不通になったって聞いたぜ?」



ゲイルが軽口を叩くが、どこか落ち着きがない。



「その話、何回目だよ。怯えるなら帰ってもいいのよ、ゲイル」



ドリーが片眉を上げながら肩の銃ストラップを直した。



「へいへい、姉さん怖いねえ……」



ゼンは無言でポータブル端末のチェックをしていた。

彼はこの世界の地図を誰よりも把握している。


マーカスが腰のホルスターから、自動装填式の軽機関小銃(マシンライフル)を確認し振り返った。



「よし行くぞ、無線は切っておけ。俺の合図で短波に切り替える」



一同は頷き、廃墟と化したドームの裂け目へと足を踏み入れた。



床に散らばる鉄屑を踏みしめながら、薄暗いドーム内を進んでいく。崩落した天井から斜めに差し込む光は、朽ちた鉄骨の影を歪ませていた。


気温は外より幾分低く、空気は澱んでいる。

内部は冷えた静寂に包まれていた。


粉塵にまみれた古い植物プラント、傾いた照明柱、ひび割れたガラス片。



「これは……相当な年月放置されてるな」



マーカスが周囲を見回しながら呟く。



「こっち、なんか通路みたいなのが続いてる……まだ生きてるセンサーが反応したぞ」



ゼンが手元の探査デバイスを指差す。

スティーヴンは黙ってその方向に歩を進めた。



「……こりゃ、長居すべき場所じゃないぜ」



ゲイルが肩越しに呟いた。

軽く握った軽機関小銃(マシンライフル)が彼の不安を物語っている。



「黙ってろ。声が反響する」



マーカスが短く叱る。

ドリーとゼンはそれぞれ左右の通路を警戒していた。


スティーヴンは周囲を確認しつつ、壁際のパイプをまたいだ。すると、床の染みがまだ湿っていることに気づく。




「……これ、雨漏りか?」




廊下に似た通路を進むと、やがて異様な湿気が肌に張りつくのを感じた。



「……変な匂いがする。生臭いっていうか、鉄臭いっていうか……」


ドリーは鼻をしかめた。

その時だった。


ぽた、ぽた……


どこか高い位置から、液体が落ちる音。



「……なんだ、これ」



ゲイルが足元を見下ろすと、茶色く濁った液体が床に染みを作っていた。



「よく見ろ、水じゃない……油でもない。ぬるぬるしてやがるぜ」



スティーヴンがゆっくりと天井を見上げた。

薄暗いパネルの合間に、何か“動いているもの”がある。



そう思った直後、頬に冷たい雫が落ちた。

上を見上げると——

天井の亀裂から、黒光りする液体がボタリ、と垂れた。


それは単なる水ではなかった。

僅かに粘性を帯びたそれは、金属の床に落ちると、じゅう……と鈍い音を立て、白い煙を上げた。


その瞬間だった。


ばさり、と乾いた音がして、巨大な何かが天井から滑り落ちるように現れた。



「っ……!!?」



それは四足で地を這い、長くしなやかな首の先には鋭利な嘴のような口。


ギチギチ……ギチ、ギチ……

 

軋むような音とともに、斜陽の下に姿を現す。

視界の隅で揺れた”それ”は、長くしなやかな“脚”のように見えた。四本、いや六本か?



全身を覆う毛並みは濃密で、不規則に動く身体は明らかにこの世界の“常識”から外れている。



顔にあたる部位は存在せず、ただ長い首の先に鋭く尖った“口”が突き出ていた。



その“口”からは、今まさに天井から垂れていた液体が滴っている……



黒く濡れたその身体からは、数本の細い腕が脊椎のように突き出ていた。



「……おい、なんだよ、あれ……」



ゲイルの声が震える。



「撃つか?マーカス……」



スティーヴンは一歩前に出ると、軽機関小銃(マシンライフル)のセーフティを外し、全身を冷ややかな緊張感で包んだ。



「待て、スティーヴ。まだ距離がある……」



「いや、今のうちだ!距離のある内に仕留めるんだよぉ!」



ゲイルは震えながら構えた。

化け物は音もなく、ゆらりとこちらに向き直る。



「まずい——ッ、構えろッ!!」



その声と同時に、全員が銃を構える。


怪物は静かに、まるで笑っているかのように口を大きく開いた。歯はない。ただ、”喰らうため”の形状だけがそこにある。


次の瞬間……地面が跳ねた。

いや、化物が跳躍したのだ。



「ゲイルッ!」



ドリーが叫び、ゲイルが横に飛び退いた。



「なんなんだコイツ!?」



スティーヴンは冷静に照準を合わせ、引き金を引いた。


ドドドド……!


連射音がドーム内部に響き渡る。

薬莢が床を転がり、硝煙が空気を満たす。


しかし、その化物は異常な動きで弾道を避け、左右の壁を蹴りながら近づいてくる。


ゼンが怯えた声を上げた。

「なんだよアレ……全然効いてない!」



「弾は通る!とにかく当てろ!」



マーカスが吠えるように叫び、左から回り込んで援護射撃を始めた。


ドガガガガ……!


スティーヴンは一瞬の隙を見逃さず、化け物の脚の付け根に一発を打ち込んだ。

 

ギィイ……と、鈍く悲鳴のような音が響き、化物の巨体がわずかに崩れた。


その隙にドリーが接近し、至近距離から短刀を突き刺す。


しかし化物はなおも動きを止めない……

その巨体が再び跳ねた時、マーカスは叫んだ——



「一時撤退だ!出入口まで下がるぞ!」



「ああ……!」



一同は背後の通路へと一斉に走り出した。

背後で化け物の咆哮が響く。


その叫びは、まるでこの世界に抗う者への警鐘のようにも聴こえた。


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