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今日も、いつも通りに一日が過ぎていく。

俺の作業区画は商業階層の3階。

いわゆる“勝ち組エリア”だ。


「あれを見ろ。連中は“タイタン”から俺たちを監視してやがるんだぜ。背筋が寒くなるっての」


モヒカン頭の世紀末野郎、マックルモアが言う“タイタン”とは、下層帯半自動追跡塔――要は、ハイテク物見櫓(ものみやぐら)だ。



規律違反者は、

・警告

・頭上照射

・足元爆破

・制圧

という手順で処理される……本来は。


実際は、目をつけられた時点で“遊び半分で”殺される。

誰もがそれを理解している。あくまで半自動だからな。


そんな不条理な塔が、居住区以外のあらゆる階層に立っている。基本的に、タイタンは上層の階層が担当する。

今いる3階の塔は、4階の連中の持ち場だ。



――――――ドォォォォンッ!

遠くで銃声が響いた。



「……また誰か撃たれたな」


「よし、あと二か所くっつければ終わりだ。今日は早く帰れそうだぜ……陽もまだ高いしな」


「あっ……そういや今日の夜番、お前じゃなかったか、ルーク?」


そろそろ寿命の迫るベンジャミンが、最悪なタイミングで思い出してくれた。ありがたいことに、彼は常に“優しい”。



「よォベン……今の発言、安くはつかねぇぞ」


「ははは。どうせもうすぐ死ぬ身さ。機械人形にあっさりやられるよりマシだろ?」

「ほら、さっさとこの配線つなげてくれ」



やれやれ……俺は作業に戻った。





報酬を受け取り、煙草をくゆらせながら帰路につく。


「ふぅ……」


労働階層は5層構造で上に行くほど責任が増えるが、その分待遇も良くなる。俺の居住区域は2階。下層の監視も仕事のひとつだ。


この階層では毎朝ホームと呼ばれる広場に人々が集まり、電光掲示板でその日の”ジョブコード”と”担当エリア”を確認する。コードは毎日変わる。


仕事内容も、行けるエリアも日替わりだ。


遺伝子チェックと、月に一度の信号管点検――統制局の監査も日常の一部。階層を越えての移動は厳しく制限され、無許可の移動は“バグ”として処理される。


処理方法は誰も知らないが、重い罰が待つことだけは皆何となく知っていた。



「まったく、この坂はこたえるな……」



息を切らせながら雑居群の一角にたどり着いた。

作り替えで与えられた我が家――思い入れなんてあるはずがない。


また煙草に火をつけ、キッチンで一息ついていると――



「ガタンッ」



リビングルームから物音がした。



「……?」



恐る恐る覗いてみる。


当然のように、誰もいない――はずだった。


「おい、誰かいるのか?」


「ガタタッ!」


部屋の隅に、誰かがうずくまっている。


「なんだお前……そこで何してやがる」





「――――っっ!」




「えっ?」


「おねがい、たすけてっ!」


女……いや、少女だ。

この階層には、原則として“男”しかいない。

30年前、生産階層でタイタンの設置作業をした時に細身の女性管理者を見かけたことがある。それ以来だ。



「すぐに出ていけ。じゃなきゃ、統制局に突き出す」



「おねがい……たすけてっ!」



執拗い。



「…それ、何だ? お前が抱えてるそれ」



何かを大事そうに抱きしめている。




「おねがいたす――」




「黙れっ!」




俺は咄嗟に少女の口を塞いだ。

聞き覚えのある音が、耳に届いたからだ。



バババババ――この羽音。




統制局の機械人形。


自立型偵察衛星(Plene Automatic Speculandi Fucum)

通称:P.A.S.F.(パスフ)


群れをなして飛び、命令を機械的に完遂する殺戮兵器。

制圧された区域でしか見ないはずの奴らが、なぜここに――?



「モゴモゴ……」


「しぃっ!!」



このガキ、知らないのか?

あの羽音を!



ババババババババ……



羽音が近づいてくる。


突然、右手に激痛が走った。


「痛ッッ!?」


噛みやがった、このクソガキ!


「おねがい、たすけっ……」


「ドンッ! 馬鹿野郎!」


逆の手で口を押さえつける。


「いいか。あのドローンに見つかったら、二人ともおしまいだ。通り過ぎるまで黙ってろ!」


「おねがいたすけ――」


「わかった、助けてやるから黙れって言ってんだよ……」




バババババババ……!




窓のすぐ外に来た。




「…………み〜ん、みんみんみ〜」




探知エコー。

生体反応を可視化する電子スキャンだ。

気色悪い電子音……頼む、どうか……!




「ジジジジ……ジジジジ……」




まさか、写ってない……?




やがて羽音は遠ざかっていった。




「……もういいぞ」




「ぷはっ! ありがとう、わたしは“リカ”」


「リカ……? まぁいい。さっさと出ていけ。俺は夜勤なんだよ」


「でも、助けてくれるんでしょ?」


「……」


軽はずみに口にした“助ける”が、呪いのように響く。


「どこから来た?」


「生産階層。これを“MOTHER”に届けてって頼まれたの」


少し大きい古びた鍵を差し出す。


「誰に頼まれた?」


「あなたの、しんゆう!」


「……は?」


「あなたの、しんゆうが言ってた。“ルー”なら助けてくれるって」


「名前を言え。フルネームで」


「じょなさん・うぉーばーと」


「ジョニー……?」


馬鹿な。

なぜ、あの名前を……


「わたしを、MOTHERのところへ連れてって」


「お前の言うMOTHERって何だ?」


「せかいの、ちゅうしん。このせかいの、すべて」


……意味が分からない。


「今夜、道がひらかれるの。あなたの、しんゆうが導いてくれる」


ますます意味が分からない。

だが、あの名前を知っていた時点で、全てを否定はできなかった。


「いいか。そこに木箱がある。中に隠れていろ。俺が確かめてくる」


「うん、わかった」


俺はジョニーの家のドアを叩いた。


「ジョニー! 出てこい! 話がある!」


反応はない。

だが、扉は開いていた。


真っ暗な部屋。

テーブルの上には、紙。


「字、書けたのかよ……」


俺たち労働階層には筆記具の配給がない。

文字の読み書きは、統制局に目をつけられるリスクさえある。


『夜勤の前に労働階層2階のオピニオン・センター跡に彼女を連れて来い。そこで全てを話す』


血で書かれたそのメッセージ。

俺は紙切れを燃やして、彼女のもとへ戻った。








続く....

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