表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10



息を切らしながら、一行はようやく地上階へと戻ってきた。




背後の扉を重く閉め、マーカスが慎重に内側からロックをかける。無言のまま、誰もが重たい呼吸を整えようとしていた……


ゼンとドリーの不在。

それが胸を締めつける。


ただの仕事仲間。

それだけのはずだった。


しかし、いつの間にか彼らは家族のようになっていた。


「姉弟、一緒に逝けて……少しは、よかったのかもな……」

と、ゲイルが呟く。


マーカスは無言で頷いた。

だが、どこか遠くを見つめているその眼は、後悔と怒りを含んでいた。


スティーヴンも何も言わなかった。

ただ、心のどこかで決意が強くなるのを感じていた。


広場を横切り、彼らはかつて“開かずのドア”と呼んでいた金属製の重厚な扉の前に立つ。カードリーダーが埋め込まれたパネルが、まだ微かに明かりを灯していた。



「さて……試してみるか」



マーカスがポケットからドリーが命を賭して得たカードキーを取り出す。差し込むと短い電子音が鳴り、錆びた扉がゆっくりと、ギィ……と悲鳴のような音を立てて開いていく。




中は驚くほど整っていた。

電力がまだ生きており、蛍光灯が静かに空間を照らしている。空調も作動しており、ここだけ別世界のように清潔で、動植物の痕跡すら見当たらない。



「生きてりゃ……こいつは宴だったな」

とゲイルが苦笑する。



スティーヴンは微笑まずに、一番奥の部屋へと向かう。

他の2人は外側の端末群を調べ始めた。


最奥の一室には、どこか異様な静けさがあった。


小さな作業机。

錆びたキャビネット。


壁には過去の研究内容と思しき紙が、何枚も貼られていた。彼はその中の一つに目を留める。


だが、文字は半分以上かすれており、読み取れるのは断片だけだった。



──『環境最適化プロジェクト……培養ユニット……知性進化段階……』



──『地表への適応成功……事故発生……被害区域封鎖』



──『母星への報告……継続不可能……』



「母星……?」



意味は分からなかった。


そのときスティーヴンは、壁際のロッカーの中に鍵付きの金属ケースを見つける。


マーカスがカードキーを取り出し、静かに挿入する。

クリック!と音がして、蓋が開いた。


中には、旧時代の通信デバイスが収められていた。

手のひらサイズで、擦り傷だらけのボディ。


慎重に電源を入れると、微かに光が点灯した。



「……反応、あるな」



だが、画面は暗いままだ。

電源は入っているのに、何も映らない。


スティーヴはため息を吐き、再び資料の束に目を通していると――――――



「……我々……は…レジスタンス………統制局に……」



空間に微かな音声が響いた。



「……座標……9365.2181に…MOTHERを壊す…秘密…ある…」



3人はすぐに反応し、音声の出所である通信デバイスを両手で包み込む。



「世界を……MOTHERから…救ってくれ…」



次の瞬間、ノイズ音と共にデバイスは沈黙した。



「スティッツ、聞いたか今の……!」



ゲイルが走って部屋に入ってきた。



「9365.2181……記録した。おい、マーカス、聞こえてたか?」



「ああ、全部な……その“MOTHER”ってのが、何かは知らねぇが……あの声、ただの残響じゃないことは確かだ」



スティーヴンは手にした通信デバイスを見つめた。

そこに映るものは何もなかったが、確かに“呼ばれた”気がした。



ドリーとゼンが命を落としてまで繋いだもの。

それが、今この手の中にある。


「……行こうぜ。世界を壊す秘密を探しに」


静かに、そして確かに、三人の間に決意が生まれていた。



――――――――――――




かつて何かが空を裂いたような軌道の先に、打ち捨てられたように横たわる丸いポッド。


その表面には焦げ跡とひび割れが走り、過去の衝撃を無言で物語っていた。


死んだ金属の胎児──あるいは、何かを生み落とした繭の亡骸にも見える。


その傍らには、砂に深く刻まれた足跡がふたつ。

ひとつは大人のもの、もうひとつは小さく、ふわりと風にかき消されそうな輪郭。



丘の斜面をゆっくりと登る男がいた。

背には少女を背負っている。


その小さな身体はボロボロの布に包まれ、あたたかなぬくもりを背中越しに伝えていた。


少女は眠っている。

深く、静かに。


男はただ歩いていた。

決して平坦とは言えない、不規則に風化した地面の上を。


足元には砕けた外骨格のような破片。

そこかしこに枯死した植物の根と、金属質の残骸が埋もれている。



生と死、自然と人工。

始まりと終わりが入り混じったこの赤い大地で、彼はふと考えていた。


――俺も、いつかこうして朽ち果てるのだろうか。

背負うこの命をどこまで運べるのだろうか、と。


時間の感覚が曖昧になる中、彼は背中で眠る少女に気付かれぬよう、小さくため息をついた。


彼女が持つという「鍵」。

MOTHERを壊す手段。


そして、世界の行く末を変えるかもしれない命。


――それが、今の俺たちにとって何の意味を持つ?

しかし、無意味だったものに意味を与えるのが“生きる”ということではないか?


そんな問いが、足音に混じって頭の中を流れていく。


やがて丘の頂上にたどり着いたとき、赤い朝靄が地平線の向こうから差し込んだ。


青い太陽……


見下ろせば、広大な赤土の中にいくつものドームが沈んでいた。自分たちが生きていたあのコロニーと同じ構造のものたち。


静かに、笑みが漏れる。

懐かしさか、それとも皮肉か。

自分でも分からない。



――そのとき、遠くに何かが見えた。


砂煙を巻き上げながら、3台の磁力浮遊バイクが一つの壊れかけた一際小さいドームへと向かっている。あれは、昔労働階層の商業区画で見た事がある。


その姿は流星のようで、明らかに組織的な動きだった。

ここにも、ヒューマノイドが生きているのか?

いや、もしかすると……本物の“人間”かもしれない。


分からない。

が、確かめる価値はある。


男は背中の少女を支え直すと、無言のまま身をひるがえす。

フッ――と赤土が舞い上がる。


そして、丘を駆け下りていく。


その先にあるのが、希望か、それとも破滅か。

それを知るために。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ