逸
息を切らしながら、一行はようやく地上階へと戻ってきた。
背後の扉を重く閉め、マーカスが慎重に内側からロックをかける。無言のまま、誰もが重たい呼吸を整えようとしていた……
ゼンとドリーの不在。
それが胸を締めつける。
ただの仕事仲間。
それだけのはずだった。
しかし、いつの間にか彼らは家族のようになっていた。
「姉弟、一緒に逝けて……少しは、よかったのかもな……」
と、ゲイルが呟く。
マーカスは無言で頷いた。
だが、どこか遠くを見つめているその眼は、後悔と怒りを含んでいた。
スティーヴンも何も言わなかった。
ただ、心のどこかで決意が強くなるのを感じていた。
広場を横切り、彼らはかつて“開かずのドア”と呼んでいた金属製の重厚な扉の前に立つ。カードリーダーが埋め込まれたパネルが、まだ微かに明かりを灯していた。
「さて……試してみるか」
マーカスがポケットからドリーが命を賭して得たカードキーを取り出す。差し込むと短い電子音が鳴り、錆びた扉がゆっくりと、ギィ……と悲鳴のような音を立てて開いていく。
中は驚くほど整っていた。
電力がまだ生きており、蛍光灯が静かに空間を照らしている。空調も作動しており、ここだけ別世界のように清潔で、動植物の痕跡すら見当たらない。
「生きてりゃ……こいつは宴だったな」
とゲイルが苦笑する。
スティーヴンは微笑まずに、一番奥の部屋へと向かう。
他の2人は外側の端末群を調べ始めた。
最奥の一室には、どこか異様な静けさがあった。
小さな作業机。
錆びたキャビネット。
壁には過去の研究内容と思しき紙が、何枚も貼られていた。彼はその中の一つに目を留める。
だが、文字は半分以上かすれており、読み取れるのは断片だけだった。
──『環境最適化プロジェクト……培養ユニット……知性進化段階……』
──『地表への適応成功……事故発生……被害区域封鎖』
──『母星への報告……継続不可能……』
「母星……?」
意味は分からなかった。
そのときスティーヴンは、壁際のロッカーの中に鍵付きの金属ケースを見つける。
マーカスがカードキーを取り出し、静かに挿入する。
クリック!と音がして、蓋が開いた。
中には、旧時代の通信デバイスが収められていた。
手のひらサイズで、擦り傷だらけのボディ。
慎重に電源を入れると、微かに光が点灯した。
「……反応、あるな」
だが、画面は暗いままだ。
電源は入っているのに、何も映らない。
スティーヴはため息を吐き、再び資料の束に目を通していると――――――
「……我々……は…レジスタンス………統制局に……」
空間に微かな音声が響いた。
「……座標……9365.2181に…MOTHERを壊す…秘密…ある…」
3人はすぐに反応し、音声の出所である通信デバイスを両手で包み込む。
「世界を……MOTHERから…救ってくれ…」
次の瞬間、ノイズ音と共にデバイスは沈黙した。
「スティッツ、聞いたか今の……!」
ゲイルが走って部屋に入ってきた。
「9365.2181……記録した。おい、マーカス、聞こえてたか?」
「ああ、全部な……その“MOTHER”ってのが、何かは知らねぇが……あの声、ただの残響じゃないことは確かだ」
スティーヴンは手にした通信デバイスを見つめた。
そこに映るものは何もなかったが、確かに“呼ばれた”気がした。
ドリーとゼンが命を落としてまで繋いだもの。
それが、今この手の中にある。
「……行こうぜ。世界を壊す秘密を探しに」
静かに、そして確かに、三人の間に決意が生まれていた。
――――――――――――
かつて何かが空を裂いたような軌道の先に、打ち捨てられたように横たわる丸いポッド。
その表面には焦げ跡とひび割れが走り、過去の衝撃を無言で物語っていた。
死んだ金属の胎児──あるいは、何かを生み落とした繭の亡骸にも見える。
その傍らには、砂に深く刻まれた足跡がふたつ。
ひとつは大人のもの、もうひとつは小さく、ふわりと風にかき消されそうな輪郭。
丘の斜面をゆっくりと登る男がいた。
背には少女を背負っている。
その小さな身体はボロボロの布に包まれ、あたたかなぬくもりを背中越しに伝えていた。
少女は眠っている。
深く、静かに。
男はただ歩いていた。
決して平坦とは言えない、不規則に風化した地面の上を。
足元には砕けた外骨格のような破片。
そこかしこに枯死した植物の根と、金属質の残骸が埋もれている。
生と死、自然と人工。
始まりと終わりが入り混じったこの赤い大地で、彼はふと考えていた。
――俺も、いつかこうして朽ち果てるのだろうか。
背負うこの命をどこまで運べるのだろうか、と。
時間の感覚が曖昧になる中、彼は背中で眠る少女に気付かれぬよう、小さくため息をついた。
彼女が持つという「鍵」。
MOTHERを壊す手段。
そして、世界の行く末を変えるかもしれない命。
――それが、今の俺たちにとって何の意味を持つ?
しかし、無意味だったものに意味を与えるのが“生きる”ということではないか?
そんな問いが、足音に混じって頭の中を流れていく。
やがて丘の頂上にたどり着いたとき、赤い朝靄が地平線の向こうから差し込んだ。
青い太陽……
見下ろせば、広大な赤土の中にいくつものドームが沈んでいた。自分たちが生きていたあのコロニーと同じ構造のものたち。
静かに、笑みが漏れる。
懐かしさか、それとも皮肉か。
自分でも分からない。
――そのとき、遠くに何かが見えた。
砂煙を巻き上げながら、3台の磁力浮遊バイクが一つの壊れかけた一際小さいドームへと向かっている。あれは、昔労働階層の商業区画で見た事がある。
その姿は流星のようで、明らかに組織的な動きだった。
ここにも、ヒューマノイドが生きているのか?
いや、もしかすると……本物の“人間”かもしれない。
分からない。
が、確かめる価値はある。
男は背中の少女を支え直すと、無言のまま身をひるがえす。
フッ――と赤土が舞い上がる。
そして、丘を駆け下りていく。
その先にあるのが、希望か、それとも破滅か。
それを知るために。