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その機械が発明されて、もう久しい。

今や世界中で当たり前の存在になっている。


それを使えない者は、人権がないも同じだった。

そう、まるで“存在しない”のと変わらない。


もちろん、俺も利用している。

労働階層として生まれた俺には、生まれながらに3つの才能が与えられていた。


・人体再生力

・身体能力の強化

・物質を組み立てる力


割り当てられた“職務”はブルーカラー。

俺には、ちょうどいい仕事だった。


労働階層の人間はみな、寿命が50年ほどになるよう設計されているらしい。

終わりがあらかじめ決まっているからこそ、人生を効率よく全うできる。

それはある意味で幸福で、俺もそれ以上を望んだことはない。


「今日はここまでだ!」


その言葉を聞いて、作業を止める。

煙草に火をつけられれば、それで十分だ。


ふぅ……


夕暮れ時、自動機械が居住区に投影する“夕方の情景”を見ると、今日も無事に終えたと実感できる。



「ルーカスさん、本日の配給は3です」


「……先週より、少し下がったな」


「寿命が近づくにつれて、配給数は減少する規則です」


「……分かってるさ。ありがとう」


「お疲れ様でした」


3枚の配給チケットを受け取って、俺は行列から離れた。



「よぉルーカス、このあと空いてるか? 久しぶりにさ」


声の主は、機械大戦の頃の戦友ジョニー。

今も同じ労働階層の仲間だ。手の合図で挨拶しながら、後ろから着いてくる。


「よせよジョニー。今日は3枚だったんだぜ?」


「またそれか。お前はいつもそう言う」


「おい喧嘩売ってんのか? 今の俺は簡単に買うぞ」


「はは、冗談だって。俺なんて先月から2枚だぜ?」


「ハハハッ」

「ハッハッハ」


互いに決まりのハンドサインを交わして、いつものように愚痴をこぼし合いながら歩く。

仕事終わりの日課だ。




……俺が生まれたのは、今から40年ほど前。

あの頃からこの世界は、ほとんど変わっていない。


機械が造り、機械が統制し、機械が生かす世界。


物心がついた頃には、俺たちは生育施設を出され、労働階層の居住区へ押し込まれていた。


ジョニーとは腐れ縁だが、気が合わないわけじゃない。

家族を持てない労働階層にとって、こんな“兄弟”のような存在がひとりでもいれば、それだけで救われる。


居住区の下層には「商業区」と呼ばれる一帯があり、労働者たちのささやかな憩いの場になっている。



“bar-ooze”


「乾杯!」

「兄弟に!」


ドラム缶に石ころを詰めて蹴飛ばしたような、がらんとした店内。

犯罪以外はすべて許されている──そんな雰囲気だった。


「なぁルー、お前いくつになったんだ?」


「さぁな。最近はもう、気にしたこともなかった」


昔はよく、ジョニーと二人で歳を数えていた。

でも、いつからか自分の年すら分からなくなった。


「少なくとも、お前よりは年下っぽいってのが安心材料だな」


「ははっ、バカヤロー。すぐに追いつくって」


「違ぇねぇ!」


俺たちは、“Ceerシール”という安価な炭酸酒を勢いよく飲み干した。

そして無愛想にモニターを睨んでいるカウンターのウェイターに、すぐさまおかわりを頼んだ。


「よし、乾ぱ―――――――」










ドォォッッッッ――と耳を劈く爆発音。

反射的に、身を丸めるしかなかった。




パラパラ……




コンクリートの破片とガラスの欠片が、床を埋め尽くす。爆発の衝撃で、店内は一瞬にして地獄のような有様に変わった。


「……クソ、ジョニー! 大丈夫か――」


「しぃっ!」


腐れ縁のあいつが、人の心配より自分の身を守れって顔をしてた。爆煙が立ちこめる中でも、そう言ってるのが分かる。


「見ろ……“機械人形”さまのお出ましだ」


爆発に反応し、その場の全員が本能的に身を伏せていた。

倒れた机の裏、壊れた椅子の影に隠れて、誰もが息を殺している。


ふと、ひとりの額に赤いレーザーポインタが走った。


「ひっ……!」


レーザーは、次々と数を増やしていく。

煙の向こう、黒光りする“それ”が姿を現した。


ガシャ、ガシャ、ガシャン……

金属が軋む音。硬質な足音。


「――統制局だ。全員、動くな」


言葉は要らなかった。すでに店内は凍りついていた。

誰ひとり、息すらできない。


地面を踏み締める四本の脚に、武装化された四本の腕。

計八本の腕を持つ、蜘蛛のような機械人形。

無機質な合成音声、オイルの臭い、無表情な一つ目のレンズ。


それは、まるで恐怖そのものだった。


「この施設内で“バグ”の存在が確認された。

 通報者には、配給チケット50枚。

 隠蔽は、自滅を意味すると思え」


突き出されたミニガンの銃口は、ひび割れた古い刃のように錆びついている。


その理由は明白だった。

毎日のように、その回転筒で誰かを“統制”しているからだ。


「……誰かが売ったな。お前か? ルー」


もちろん違う。

だが、対してジョニーが誰かを売るとも思えない。


「ふざけるな……冗談じゃねぇ」


カラカラカラ――


……なんの音だ?

あれは――


「回ってる……」


ミニガンが空転を始めていた。

威嚇だ。


奴からすれば、ここにいる全員を撃ち抜いても構わない。

むしろ、面倒が減る分、都合がいい。


「私は戦闘アンドロイドだ。

 欲に溺れる貴様らとは違い、気は長くない。

 現在の指令は、残り3分でこの場の“バグ”を排除すること――それだけだ」


たとえこの中に“犯人”がいたとしても、名乗り出るはずがない。つまり、俺たちの運命はほぼ決まったも同然だった。



「あ、あのぉ〜」


ウィーン……

巨大な眼球が、声の主に向けて旋回する。


「ロッドナンバー・1979。貴様が“バグ”か?」


「い、いえ!違います! 私じゃありませんよ!」

「その……質問がありまして」


「……許可する」


「“バグ”って、一体なんのことでしょう?

 心当たりがなければ、名乗り出ることも、密告もできやしませんよ」


ざわ……


“密告”──その言葉は、最悪の引き金だった。


「てめぇ、仲間を売る気か」

「このクソ野郎!」


怒号とともに、瓶やグラスが1979に飛んでいく。

「やりやがったな!」


俺とジョニーは、混乱に乗じて店の最奥――カウンター席まで後退した。

あと30秒もすれば、“それ”が始まるからだ。


カラカラカラカラ……


「あっ――――」


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダクダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダタダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ夕ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダヌダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……!!






パラパラ……




機械に削られた壁から、崩れ落ちる残骸。

硝煙と血の匂い。床には肉片と燃えた布が散っている。


「……お前らがこの薄汚れたパブを死に場所に選んだとしても、我々には関係ない。たった50年の余命をここで終わらせても、代わりはいくらでもいる」



ざっと20人。

だが、これはあくまで“現時点”の話だ。

致命傷を負った連中を含めれば、ここにいた半数以上はもう助からない。



最悪なのは――奴が、それを“何とも思っていない”ことだ。


「名乗り出ないか? 全員を処理するのも一興だが……」


「ちょ、ちょっと待ってください! あそこにいる、あのクソ野郎が裏切り者です!」


バーのマスターが指を差す。

その先には、小柄な――もとスキンヘッドの男が転がっていた。


「マルコ・ベギーズ。ロッドナンバーは3457だ!」


ウィーン……


機械人形が、死体に近づく。


ガシャ、ガシャ……


「胸部を見てください。人工心臓の信号管が外れてる。

 つまり、統制局に位置を知られたくなかったってことです……“バグ”だからな」


「……持ち帰って審議する。邪魔したな」


油の臭いを残しながら、機械人形は破壊した壁からマルコの死体を担いで去っていった。



「…………ふぅ」



マスターの機転がなければ、全員お陀仏だった。

とはいえ、生き残ったのは――ざっと見積もって、15、6人。


元の定員は50。

つまり、店の半分以上が“処理”されたことになる。


「……世知辛いねぇ」


「がはは……まったくだ」


俺はジョニーと無言で頷き合い、床に転がっていた酒瓶を拾い上げた。

瓶口を叩き合わせ、上下を反転させて、残っていた酒を一気に体内へ流し込む。


喉に焼けるような熱が走る。

それは、生きている証のような気がした。







「更新不定期」

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