プロローグ
それにしても平和だな。買い物をしている若者や楽しそうに会話をしている親子に目を向ける。この平和はまもなく、自分の手によって壊される。悲鳴が飛び交い、炎によって焼かれる。
その者はニヤリと笑い、舌なめずりをする。
さて、そろそろお楽しみの時間といこうか。
「爆炎」
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俺の名は鈴木達央。ごくフツーの29歳。大手飲料メーカーに就職し、育児も料理も完璧な妻と2才の子供にも恵まれ、何不自由ない生活を送っている。
赤信号を待っている間にスマホをいじり、ニュースを見る。芸能人の不倫、政治家の失言、ひき逃げ事件……
まあ、毎日大体おんなじだな。
あくびをひとつする。
「ママ〜、前言ってたあのパン屋さん行こーよ。」
「ああ、ミスターパン屋?美味しかったわねぇ。よし、じゃあ明日の朝ごはんはそこのパンにしようっか。」
「やったぁ。」
隣では親子が楽しそうに会話している。ミスターパン屋か。
俺の脳内にメモをする。今度家族で行ってみよう。
信号が青になった。
スマホをポケットに入れて交差点を渡る。
その瞬間、目の前が赤く染まる。
熱い、熱い熱い熱い。あちこちから悲鳴が飛び交う。右を見る。何が、一体何が起こったんだ。皮膚が焼けていくのを感じる。激痛がはしる。立っていられなくなる。目の前が歪む。
「ママ……熱いよぉ。助けて……」
右を見る。先ほどまでパン屋の話をしていた親子だった。前にはスマホを持った女子高校生2人組、後ろには腰の曲がったおじいさんが倒れていた。皆今の今まで生きていた。そしてこれからも生きていく。はずだったのに。
ああ、死ぬのかな。妻と子を残して?俺が死んだら妻は、同僚は悲しむだろうか?
俺にもあの子にも、この子にもその子にも未来があったのに。
ダメだ、死ねない。死にたくない。
もう熱さも何も感じない。
まだ俺はやりたいことが
やらなければならないことが
まだ
まだまだ
あるんだ
こんな所で
死んで
たまる
か……
俺の意識は闇へと落ちていった。