先輩みたいなハゲ、惚れるわけないじゃないですか!
私は新卒社会人の天邪鬼 花蓮。
高校では生徒会長、難関大学でも勉強に困った覚えはなく。社会に出てもきっと困らずになんでもバリバリ楽しくできるに違いない。優しくて高収入のイケメンスパダリと結婚して寿退社して幸せな人生を送るんだ。そう思っていた――
「天邪鬼!おい聞いてんのか?言ったよなこっちの仕事から先にやれって?お前『わかりました』って返事したよな?なんで納期が後のこっちから先にやってんだ?優先順位を間違えるな」
地方支社に勤めるおじさん上司からありがたーいお説教。
座る上司が私を立たせたままずーっとお説教をしてくるのだ。
全面的に私に非があるので強くは言えないがみんなが働いている傍で40分も同じ内容を繰り返して職場の空気を悪くし続ける方が…私が悪いんだけど今はもう上司の方が職場に悪影響を与えていてやりきれない気持ちになる。
私のミスが切っ掛けなので強く言えない、ずっと反省しましたって表情をするくらいしかできない。早く仕事に戻ってミスを埋められるよう少しでも働きたい…
私と上司の間にぬっとハゲが現れる。4つ上の先輩、日光昇先輩。27歳にして見事にハゲちらかしている日光先輩は深刻そうな顔で部長に告げた。
「部長、これ以上はいけません」
「なんだ日光。悪いのは天邪鬼だぞ文句でもあるのか?」
「40分も叱りっぱなしですよ?叱る方もダメージがあるんですよ毛根に?」
フロアから物音1つしなくなった。
唐突な流れに部長すら言葉を発せなくなった静寂の中で日光先輩は自分の頭をさすりながら言葉を続ける。
「いいですか息をそっと3秒吸って6秒吐くんです、毛根へのダメージが少しでも回復しますから真似をしてください。スーーハーーーーー」
「スーーハーーー」
「あと2セット。スーーー」
「ハーーーーー」
部署内から沈黙と視線が突き刺さる中、数回毛根回復教室を終えると日光先輩は語りだした。
「よしこれで大丈夫でしょう。冷静になった部長ならお分かりですね?天邪鬼はミスはしますが賢いのでそのミスの深刻さだけ伝えて改善点を話し合えばすぐに戦力になります。天邪鬼のミスで娘さんの誕生日に娘さんが起きているうちに帰れるか怪しくなったのは私が何とかしますから」
突然ドンと日光先輩から背中を叩かれる。え、あ、はい!今だ!
「部長!ミスをしてしまい申し訳ありませんでした!」
「ああ…俺も拗ねてしまって年長じゃとして恥ずかしいことをしたな…すまなかった」
「じゃあ天邪鬼はミスを繰り返さないように詳しく事情を聞くからちょっと外へ行こうか。すみません部長、こいつが戦力になるようにちょっと外の空気吸わせてきます」
そういって私は日光先輩に連れられ外へと出た。自由だ、解放されたなぁ…ミスは本当にすみませんでした…ってあれ?
「先輩、そういえば私が叱られていた時ってなんで部署にいたんですか?今日は出先から直帰だったと思うんですけど」
「お前が怒られっぱなしだから助けてやってくれないかってメッセージが届いたから助けに来たんだけど?」
「先輩ありがとうございます…ハゲてる以外はほんと完璧超人ですね」
「惚れたか?」
「先輩みたいなハゲ、惚れるわけないじゃないですか。めちゃくちゃ信頼していますけど恋愛対象は髪のある人なんで」
「ハゲに親でも殺されたの???」
はーやれやれ、といいたそうにする先輩。
いや、だって。素直に『とっくに惚れてますよ』なんて言い返せるほど私は強キャラじゃないんですもん…
昔から大体上手く行ったけど恋愛経験無しでここまできたんで大学の時は理想はスパダリだなんて思ってましたけど実際にはこんなに助けてくれる人が居たら惚れますって…
でも私が好きですって伝えたところできっと先輩はいつものように余裕たっぷりで動じなさそうだから悔しいのでこの気持ちは伝えません。せめてもっと私がミスらなくなって一人前になるまでは…!
「天邪鬼がハゲって言う時は恋愛がらみの弄りの時だけだよな。照れ隠しで惚れている可能性も実は」
「黙れハゲ」
ハゲって言いたくなるの仕方ないと思うんだ。これは先輩が悪い。
そんなこんなで2年半が過ぎましてね。私にも後輩が2世代できたりミスが減ってきたりしたんですよ。先輩との仲は…相変わらずハゲと言い返してしまうのでなんとも思われていないかもしれません。で、でも!恋愛的な意味で進展は無くても仕事ではパートナーだって認められるくらい最近やれている気がするんです!もっと素直になれたらなぁ…恋愛だけは素直になれないや…
そう思っていた矢先に1つのニュースが部署を巡った。
「えっ、日光さん東京本社に栄転するの?」
「あの人めちゃくちゃ優秀だから納得だわー」
「30歳くらいだっけ?まだ未婚だし東京行ってから人生スタートって感じ?」
先輩が…遠くへ行っちゃう…!?
「あ、あの。日光先輩って今日どちらでしたっけ?」
「部長と飯食いながら栄転の話しているらしいよ。ほら新人歓迎会でいつも行く焼肉屋」
「急にお腹痛くなってきたんで今日退勤しますね!!」
って駆け出したかったけどダメですよね?仕事ってこんなに簡単に抜けられないのは数年働いていてよく知って――
「繁忙期でもないしこっちでやっとくからしっかり落として来いよ~」
「馬鹿真面目に働いている子の恋くらい応援してあげなきゃねー」
「上手く行ったら結婚式には呼んでねー」
なんで職場全体に知られてるんですか!!!
温かい応援を背に私はヤケクソになりながら走り出した。みんな私がミスをして一通り迷惑をかけた気がする先輩方。ほんっとありがとうございます!!
慌てて磁気カードが上手く通らなかったり、ヒールのせいで転びそうになったりドタバタしながら服装を乱しながら息を荒げて焼肉屋の前に着くとちょうど太陽で輝く先輩が現れた。間に合った!?間に合っても間に合わなくてもこの気持ちを伝えないままなのは嫌だ!!
「先輩!東京に行くって本当ですか!?」
「天邪鬼!?お前今仕事じゃ」
「先輩が…先輩に……」
頭の中からうまく言葉を引っ張り出せない。もたもたしていると正面から先輩に両肩をポンと、優しく押さえつけられて『落ち着け、安心しろ』と伝えられる。
こうやっていつも先輩に支えてきてもらったんだ、もしサヨナラでも。東京に行ってしまうとしてもしっかり私の思いを伝えたい。
「先輩、東京に行ってほしくないです!」
言葉は頭から出てこなかった。心の底から出てしまった。
「どうしてだ?天邪鬼も立派に成長してきたし俺が居なくてもお前はやれるだろう?」
「私は…先輩がいないと…」
「大丈夫だお前はやれる。数年もすれば俺の事なんてきっと忘れちまうさ」
何を言ってるんですか先輩、そんなわけないじゃないですか。
もう泣きながらになるけど…言いたいこと全部言いますよ…
「先輩みたいなハゲ…忘れられるわけないじゃないですか…」
先輩の顔に初めて動揺が広がる。先輩、私は恋愛の話の時しかハゲって言いませんでしたよね。聡明な先輩なら驚いても次にいう言葉は予想がつきますよね?どうか…私の気持ちを受け止めてください。
「今まで素直になれなくてごめんなさい。 日光昇先輩、あなたが好きです…えっ」
ぐわっと抱きしめられた。先輩に抱きしめられた。
「ずっと天邪鬼の頑張ってるところ見てきたぞ。先輩として成長を邪魔しないように邪な目で見ないようにと心がけてきたけどもう無理だ。俺もガッツがあっていつも慕ってくれるお前が好きだよ…」
嬉しい嬉しい嬉しい!ぎゅっと抱き返す。
「俺な、東京で独立するんだ。不安定な再スタートになるんだけど…ついてきてくれるか?ゆっくり考えてから結論を――」
「はい!!どこまでもついていきます!」
その後、先輩は独立して東京で会社を興し。人を雇って私もそっちへ移った。
栄転どころかまだまだ不安だらけの小さな会社だけどこの人が皆を引っ張っていくうちは大丈夫だろう。我が社の行き先は旦那様がいるかぎり輝いているのだから。
天邪鬼「そういえば3秒吸って6秒吐くって毛根に優しいんですか?」
日光「ああやって区切ればヒートアップしているの止められるだろうなって適当な嘘ついた」