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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
東雲に来る
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7


 瑞樹が眠りについたのを見計らって、糸原はナースステーションへと戻った。


「あ、糸原さんっ」


 ナースステーションに入るなり、いきなり大きな声で呼びかけられる。


「ニノ方……」


 さっきまで大泣きしていたとは思えないほどハツラツとした声に、糸原は少し呆れて彼を見た。


「どうしてここに?」

「それが、大変なんです」


 糸原の問いに、ニノ方は慌てて返す。


「実は、先程、警察の方から事情聴取を受けまして」

「事情聴取?」

「はい。事件の可能性があるので、念のためと言われました」

「事件の可能性があるなら仕方ないな」

「そうなのですが……」


 しかし、ニノ方は憤懣やるかたないと言った様子だ。


「何をそんなに怒っているんだ?」

「刑事さんです」

「刑事? そんなに失礼な刑事だったのか?」


 冗談めかしたつもりだったが、ニノ方は我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷き、「本当に、失礼な人でした」と頬を膨らませた。


「まるで、部長の息子さんのことを犯人みたいに言うんです」

「……部長の息子って、廉くんのことか?」


 一瞬ギクリとしたが、平静を装い確認する。


「はい」とニノ方は頷いた。


 やはり警察は廉を疑っているのか──。


 当然と言えば当然のことだろう。家族が事件に巻き込まれたのに、行方知れずなのだから。関連性を疑うのが筋というものだろう。


「それでお前はなんて答えた?」

「答えるもなにも、僕は部長の家族のことは詳しく知りませんから。代わりに、糸原さんを紹介しておきました」

「え?」


 それもどうなのだろうと、糸原は首を傾げた。


「なので、後で刑事さん達が事情を聞きにくると思います」


 ニノ方はこともなげに言う。


 これが、『いまどきの子』というものなのかも知れない。ニノ方とはそう年齢が変わらないと思っていたが、世代間ギャップを感じた。


 *


 ニノ方の宣言どおり、刑事達は割とすぐにやってきた。


 四十歳前後の中肉中背の眼鏡の男と、二十代半ばくらいの背の高い筋肉質な体型の男の組み合わせだった。


「帰れ」と言っても帰らないニノ方に少しの間業務を任せ、当直室へと彼らを通す。


「そちらに掛けて下さい」とソファーを勧め、インスタントコーヒーを淹れる。その間、刑事たちは興味深そうに室内を眺めていた。

「どうぞ」と、ソファーの前のローテーブルに、カップを二つ置く。それからスティックシュガーとマドラーの入った紙コップも置いた。


「砂糖はありますが、ミルクはないので」


 そう言って、デスクの椅子をローテーブルを挟んでソファーの向かいへと移動し、腰掛ける。


「ありがとうございます、お気遣いなく」と眼鏡の男が言った。


「こちら、当直室という割には、ずいぶん立派な部屋ですね。県警の当直室なんて、とても寝られたものじゃないですよ」

「そういう病院もあるみたいです。うちは、院長が福利厚生にこだわっているので」


「なるほど、羨ましい」と眼鏡の男は頷く。


「ところで、お話とは?」

「ああ、すみません」


 男はソファーから立ち上がり、背広の内ポケットから、名刺を取り出した。それから糸原へと手渡す。


(わたくし)県警の第一捜査課の葛西(かさい)と申します。そしてこちらが……」


 同じように立ち上がった若い男が、名刺を差し出した。


「藤田と申します」


 糸原は二人の名刺を受け取り、交互に顔を見比べた。葛西の名刺の肩書きは、警部となっているから、こちらの方が階級が上なのだろう。


「すみません、普段から名刺を持ち歩いてないので、手持ちがありません」

「まあ、お医者様だと、あまり必要ないですよね」

「ええ。なので、口頭で失礼します。小児科医の糸原です」

「糸原? ……珍しい苗字ですね」

「そうですか? さっき話を聞いた『ニノ方』のほうが珍しいのでは?」

「まぁ、それはそうですが」


 ハハッと軽く笑い声を上げる。


「でも、糸原も珍しい。……私が知っている糸原は、この辺りでは西城大学病院の院長くらいですかね」


 ちらりとこちらの顔色を窺う。


「もしかして、親族の方ですか?」

「ええ、まぁ、父ですね」

「ほう、お父様ですか」

「それがなにか?」


 いえ、と葛西は首を捻る。


「お父様が大学病院の院長でしたら、あなたも大学病院にお勤めできたのでは、と思いまして」


 葛西の言葉に糸原は表情を固くした。


「……父とは疎遠なものですから」と独りごちた。


 どうもこの葛西という男は、話が脇に逸れる癖があるようだ。こちらをリラックスさせる目的もあるのだろうが、事件と関係ないことを聞かれるのは気持ちの良いものではない。なるべく、手短にすませたいところである。


「それで、お話とは?」


 糸原は、刑事二人にソファに座るよう手で示し、再度話の続きを催促する。それから自らも椅子に腰を下ろした。


「ああ、すみません」と葛西はソファに腰かけながら、穏和な笑顔を浮かべて詫びた。表面上は笑っていても、感情が読み取りにくく、扱いづらい。


「まず、笹本さんとのご関係をお聞きしたいのですが」


 話をするのは専ら葛西の役割らしい。若い藤田は懸命に手帳にメモを取っている。


「勤務先の上司です」


 なるべく聞かれたことには簡潔に答えることにした。後ろ暗いことはないが、脇道に逸れないよう、必要以上の情報は与えないようにだ。


「それだけですか? ニノ方さんの話では、家族ぐるみの付き合いだったと聞いてますが……」


 思わず心の中で、ニノ方を叱り飛ばす。


「そうですね。部長の家族とも親しかったです」

「奥様を糸原さんに紹介したのも笹本さんだとか」

「そうですね」


 個人情報なんてあったものではない。ニノ方によって、だだ漏れである。


「よろしければ、馴れ初めなんかを」

「えっと、今、それ関係ありますか?」

「分からないです」

「え?」

「関係あるかどうかは分からないので、一応、聞かせて貰ってもいいですか?」


 葛西は和やかに言った。


 この葛西という男は刑事の中でもかなり変わり種なのではないだろうか。隣の藤田も驚いた顔で葛西のことを凝視している。


 唖然としている糸原を葛西は「遠慮なくどうぞ」と催促した。


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