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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
対決

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52


 車は街路樹が両側に立ち並ぶ、広く緩やかな坂道に差しかかった。


 西城大学は市街地から少し離れた小高い丘の上に建つ。


 この辺りは以前は、森や林などに囲まれた自然が多く残る土地だったのだが、近年は都市開発が進み、住宅街へと変わっていた。

 それでも新しい建物に混じって、所々に畑や雑木林なども見受けられる。


 住宅街といっても、街灯はほとんど見当たらない。薄暗い曲がりくねった道を、車のヘッドライトだけを頼りに、終始アクセルを踏みながら葛西の車が駆けていく。


 やがて暗闇の中に、少しだけライトアップされた二階建ての建物が現れた。

 大正時代の由緒ある建物で、大学の敷地内にある。現在は、学生たちの集まる喫茶店として利用されていた。

 隣には、よく手入れされた庭園が続く。糸原も学生の頃は息抜きがてら散策しに来ていたものだ。


 その先に、フェンスで囲まれた敷地が現れ、それに沿って百メートルほど進むと、赤いレンガ造りの門が見えてきた。

『西城大学』と彫られた青銅のレリーフが取り付けられている。


 葛西は門の前に車を止めた。


 車両用の大きな門と人が出入りするための小さな門があり、どちらも鉄柵の扉で閉じられている。


「瑞樹くんは、この中ですか?」


 葛西が尋ねた。糸原はアプリを確認する。


 フェンスで囲まれた敷地の中に、瑞樹の位置情報はあった。糸原は小さく頷いた。


 葛西は車を降り、小さな門へと近づいた。人感センサー付きの防犯ライトが点り、彼の姿が暗闇に浮かび上がる。

 葛西は閉じた鉄柵を両手で叩いた。ガシャガシャと音を立てそれが揺れる。

 ややあって、隣接する守衛所の警備員が小走りに現れた。年配の、特に身体を鍛えているわけでもなさそうな、中肉中背の男だ。有事の時には頼りにならないだろう。


 警備員は深夜の訪問者に、警戒しているようだった。


 葛西は、一言二言、言葉を交わし、懐から警察手帳を取り出した。警備員はそれを懐中電灯で照らし、大きく頷いた。門を指差し、葛西に指示を出す。


 葛西は門を見つめたまま後退った。ガラガラと警備員が車両用の門を開けるのを確認し、車へと戻ってくる。


「十分ほど前に、大道さんの車が通ったそうです」


 車に乗り込むや否や、葛西が言った。


「白いミニバンだったそうです」

「白いミニバン……」


 公園から走り去った車と同じ車種だ。


 やはり、瑞樹を連れ去ったのは、大道だったのか──


 糸原は唇を噛んだ。


 葛西は門を通り抜け、一時停車した。窓を開け、警備員に向かって、ありがとうございますと声をかける。警備員が片手を上げ、挨拶を返すのを見て、葛西は車を発進させた。


「瑞樹くんは、研究棟にいます」


 アプリを見て、葛西に瑞樹の現在地を知らせる。


「研究棟?」と葛西は戸惑って聞き返した。


 西城大学の出身者でない葛西の頭の中に、構内の地図は入っていない。


「この道を真っ直ぐ進んで、左に曲がったところです」


 糸原は葛西に指示を出し、研究棟への道を案内する。


 大学構内といっても、一つの集落に値する広さだ。門から研究棟に着くまでもそこそこの時間を要する。

 ヘッドライトの中に研究棟が現れたのは、五分ほど車を走らせてからだった。


 鉄筋コンクリート造りの白い三階建ての建物が見えた。瑞樹の位置情報も、この建物内を指している。


 とはいえ──


 この大きな建物の中のどこに瑞樹はいるのか。


 研究棟自体、小規模の小学校並みの大きさがある。アプリには瑞樹の位置情報が示されてるはいるが、平面的で、どの階にいるかまではわからない。探し当てるにはかなりの時間を要するだろう。


 それまで、瑞樹くんが無事でいるといいのだが──


 廉の肩の辺りまで進んだ壊疽を見て、糸原は思った。


「廉くんは、車で待ってて」


 そう言って、降りようとした糸原の手を、廉が弱々しく握った。


「……ぼく、が、あんな……いする、よ」

「廉……」

「ぼく、みずき……のいばしょ、わかる」


 その言葉に、糸原は葛西を見た。やはり、感染者同士共鳴するのかもしれない。葛西はコクリと頷いた。


「大丈夫なのかい?」


 糸原の問いに、廉は顔を歪めながらも「だいじょうぶ」と答えた。


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