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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
被験者
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「廉くんが……」


 呆然とした表情で、葛西が呟いた。


「以前の聞き取りで話さなかったのは、信じてもらえないと思ったからです」


 実際、今も、受け入れきれてはいないのだろう。どこかぼんやりとした顔で、糸原を見ている。


「あの夜、廉くんは、駐車場で赤い目を光らせ、近づいてきました」


 糸原は笹本が亡くなった夜の出来事を思い出しながら、話を続けた。


「呻き声を発し、足を引きずりながら……」


 苦しげな廉の姿が蘇る。きっと、変わりゆく自分に戸惑い、助けを求めていたのだろう。


「──そして、あと数歩で手が届きそうなところで、彼は立ち止まり、フェンスを越えて去っていったのです」


 あの時、彼を助けられていれば。彼の手を掴んでいれば。こんな事件は起こらなかったかもしれない。


 後悔が、胸の中で渦巻いた。


「──廉くんは、フェンスを越えて去っていったのですか?」


 葛西の質問が、糸原を現実に呼び戻した。


「そうです」と力なく答える。


「しかし、フェンスは、ゆうに二メートルはありますよね。それを廉くんは飛び越えたのですか?」


 半ば信じられないというように、葛西は首を傾げた。


「人間離れした、驚異的な身体能力。──それが、MA1ウィルスの更なる副作用だと、私は考えています」


 暗い目で糸原は告げた。


「驚異的な身体能力って、副作用なんですか?」


 藤田が目をパチクリとさせ、尋ねた。


「二メートルものフェンスを飛び越えるなんて、いいことだと思うんですけど」


 僕もそういう能力が欲しいです、と暢気に笑う。それに、糸原は冷ややかな視線を向けた。


「副作用というのは、良し悪しは関係ありません。本来の目的以外で発現する副次的な作用のことをいうのです」


 不機嫌そうな糸原に、そうなんですか、と藤田はバツが悪そうに肩を縮めた。


「つまり、赤い目と驚異的な身体能力は、副作用なのですね」


 横から葛西が合いの手を入れる。糸原はコクリと頷き、続けた。


「その二つだけなら、副作用も大した問題ではないんです」

「というと?」


 葛西は眼鏡の奥の黒々とした双眸で糸原を捉えた。


「──病室で、興奮状態になった瑞樹くんを覚えていますか?」


 糸原の問いに、二人の刑事は「覚えています」と頷いた。


「瑞樹くん、ちょっと異常でしたよね」


 藤田は葛西を見て、同意を求める。


 それに葛西は神妙な顔で、「大人三人で抑えつけても暴れるというのは、余程の力ですよね」と応じた。


「あれが副作用なのですか?」


 葛西は糸原を一瞥し、尋ねた。糸原は、ええ、と頷く。


「病室での瑞樹くんの様子からも分かる通り、驚異的な力も制御できなければ、赤子に銃を持たせているのと変わりません」


 苦々しさに顔を歪めた。


「つまり、副作用というのは──」と葛西が続きを促した。


「理性の欠如です」


 糸原は深い溜息と共に告げた。


「理性の欠如……」と呟いた葛西の顔に、驚きはなかった。今までの話の流れから、大方の予想はついていたのだろう。


 それは厄介ですね、と顔を顰めた。


「人間の人間たる所以が理性ですから。それを欠いてしまえば、動物と同じです」


 糸原は沈鬱な表情を浮かべる。


「──その副作用、抑える方法はないのでしょうか?」


 葛西の問いに、分かりません、と糸原は力なく首を振った。


「そもそも、副作用自体、私の推測ですから」

「詳細は、やはり、実験日誌を見なければわかりませんか……」


 そう呟いて、葛西は宙を仰ぎ見た。


「──明日にでも、大道さんにお会いしてみます」


 糸原に視線を戻し、葛西が言った。


「ちょうど名刺を頂いていましたので」とようやく葛西らしい和かな笑顔を浮かべた。


 あの名刺、捨てていなかったのか、と糸原は思った。

 葬式の席で、大道から受け取り、すぐに握り潰していた。

 とっくに捨てたとばかり思っていたのだが。


 葛西を窺うと、特に気にした様子もない。


「ところで、被験者の山内幹子さんと村上忠夫さんに、お子様はいらっしゃるのでしょうか?」


 葛西が尋ねた。それに糸原は首を傾げた。


「たぶん、実験後に生まれた子供はいないと思います。二人とも、当時で五十代と六十代ですから」

「可能性は低いですが、一応、確認してみますね」


 藤田がメモを取りながら言った。そういう確認作業は、得意なのだろう。


 葛西は頷き、「では、今のところ生存している被験者の子供は──」と糸原を凝視した。


「廉くんと瑞樹くん。……それから、由佳さんのお腹の子になりますね」


「──そうなります」


 糸原は神妙な顔で頷いた。


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