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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
被験者

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「それなら」と聞き手に徹していた藤田が、口を挟んだ。


「由佳さんの病気は再発しないんですか?」


 真剣な眼差しで尋ねる。

 そうですね、との糸原の答えに、藤田は、良かった、と満面の笑みを浮かべた。


 そんな藤田を糸原は羨ましく思った。なにも知らなければ、自分も藤田のように手離しで喜べるのかもしれない。


 だが、現実を知った今、この先辿る道を思うと、糸原の心は深い闇に沈んでしまう。無邪気には喜べない。


 冷めた目で藤田を眺め、教授は、と言葉を継いだ。


「部長、由佳と続けて成果があり、副作用も見られないことから、もっと沢山の人を救いたいと思ったようです」


 なるほど、と葛西が頷く。


「そこで五人の被験者に繋がってくるわけですね」

「はい。……さっきも言ったように、五人の被験者には、意思確認をした上で、実験を行っています」


「ええ、そこまでは伺いました」と葛西は糸原を見つめた。


「それで、『子供に与えた影響』というのは、どういうことなのでしょう?」


 先ほどの話に立ち返った。


「……MA1ウィルスは、一次感染者には副作用がないと、経過観察で判明しています」


 糸原の言葉に、藤田が眉を八の字にして、「一次感染者って何ですか?」とおずおずと尋ねた。

 おそらく、藤田は、さっきからの様子を見るに、生物の勉強はあまり得意ではなかったのだろう。だが、現状を理解しようと必死な姿は、糸原の心を和ませた。


「一次感染者とは、直接ウィルスに感染した人を指します。今回の場合、被験者がそれにあたります」


「被験者……」と藤田が口の中で復唱する。


 その様子を眺め、「この先は、日誌に記載がないので、あくまで私の推測なのですが」と糸原は続けた。


「二次感染者──つまり、被験者の子供には、副作用が現れるようなのです」

「被験者の子供……」

 

 葛西が呟く。そして、何かに思い当たり、ハッとした表情で糸原を見た。


「だからなのですね」


 葛西が言った。


「えっ、どういう……?」


 藤田は訳が分からず、当惑した顔をする。


「いいですか、藤田くん」


 葛西は藤田の方を向き、諭した。


「今回の事件の被害者は、被験者の子供。そして、副作用は、被験者の子供に現れる。これらのことから、犯行の動機は──」

「ふっ、副作用、ですか?」


 ガシガシと頭を掻いて、藤田が答える。


「ご名答です」と葛西は満足げな笑みを浮かべた。


「おそらく、今回の事件の犯行動機は、副作用にあるのでしょうね」


 違いますか? と葛西は糸原に向き直り、尋ねた。


 相変わらず察しがいい、と糸原は感心した。


「その通りです」

「では、その副作用とは、どのようなものなのでしょう?」


 葛西は、いよいよ核心をつく質問を放り投げた。


 糸原は、一瞬、口籠もった。


 次いで、「副作用は」と無理やり声を絞り出したが、渇いた口から漏れ出たそれは、掠れて宙へと消えた。


 糸原はコーヒーカップへと手を伸ばし、残りを一気に飲み干した。それから、勢いで、言葉を発する。


「──最も特徴的な副作用は、赤い目です」

「……赤い目?」


 葛西が眉間に皺を寄せ、探るように糸原を見た。


「それって、目が充血しているってことですか?」


 藤田もキョトンとした顔で、チグハグな質問を返す。


 二人の反応に苦笑いを浮かべ、糸原は続けた。


「充血ではなく、言葉通り、赤い目をしています。加えて、猫の目のように、光ります」


 その答えに、葛西と藤田は押し黙った。自分なりの落とし所を模索しているようだ。


「……日誌には、副作用の記載がなかったのですよね」


 やがて、葛西が口を開き、確認をする。


「はい、ありませんでした」

「では、糸原さんは、その症状をどうやって知ることができたのでしょう?」


 当然、辿り着くであろう疑問を口にした。


「見たからです」

「見た?」


 葛西は困惑し、顔を歪めた。


「いつ、どこで、ご覧になったのでしょう?」

「部長が亡くなった夜、マンションの前で、です」


 その答えに、葛西と藤田は息を呑む。


「それはつまり──」


 ええ、と糸原は頷いた。


「廉くんが、そうでした」


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