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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
新たなる事件
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36


「大人なら、血管の閉塞、……あっ、閉塞というのは、()()()ですね」


 葛西が取り残されたような顔をしたので、軽く説明を加える。


「脳梗塞や心筋梗塞みたいなものでしょうか?」


 そうです、と糸原は頷いた。


「大人なら、部分的に血管の閉塞も起こり得るでしょうが……。今回の場合は、身体のあちこちで一斉に閉塞が起こったように思えます。ちょっと、異常な状況ですよね」

「つまり、脳梗塞と心筋梗塞が同時に起こり、その他の色々な部位でも同時に()()()が起こったということですか?」

「そんな感じです」

「確かにそれは妙ですね。私の三度理論にも当てはまります」

「三度理論……」


 さっき熱弁していた、三度も重なるとそれは必然だという話は、そんな名前がついていたのか、と糸原は苦笑いを浮かべた。


「しかも、今回の場合は子供です。大人よりも閉塞が起こる確率は、低いのですが……。報告書には、どのように書かれていました?」


 そうですね、と葛西は思い出すように何もない空間を見つめた。


「確か、『全身に血液の凝固が認められる』と記載されていたと思います。死因は『多臓器不全』とありました」

「血液の凝固に多臓器不全ですか……」


 つまり、血液が固まって流れなくなることにより、各臓器が壊死に至り、生命活動を行うことができなくなった、ということだろうか。


「被害者は、三人とも同じ所見だったんですか?」

「ええ、三人とも同じでしたね」


 そうですか、と糸原は考えを巡らせた。


「ちなみに子供たちには、何か持病があったんでしょうか?」


 そこまではわかりませんね、と葛西は緩やかに首を振った。


「必要であれば、藤田くんに確認をさせますが」


「お願いします」と糸原が答えると、葛西は慣れた手つきでスマホを操り、LINEでメッセージを送った。

 藤田がいいように操られる現場を目の当たりにし、罪悪感を覚える。

 しかし、当の藤田は葛西の無茶を引き止められた事に満足し、尻尾を振って用件を済ませるのだろう。


 本当に、気の毒である。


「そういえば、死因が多臓器不全ということは、殺人ではない可能性も?」


 罪の意識に耐えかねて、話題を変える。


 ええ、と葛西は頷いた。


「ですから、事件名も敢えて『変死』という言葉を使っています。被害者に外傷でもあれば、殺人だと断定できるのでしょうが、今の状況では判断しかねるところです」

「薬や毒は検出されていないんですか?」

「睡眠薬以外はなにも出ていませんね。その睡眠薬も、致死に至る量ではないとのことでした」


 そうですか、と糸原は写真に視線を落した。


 確かに、多臓器不全だけでは、殺人かどうかの判断は難しいだろう。


 殺人とは、故意に人の生命を奪うことである。しかし、今回の場合、生命を奪ったという証拠はない。拉致された時に病気にかかり、死に至ったという可能性も捨てきれないのだ。


 それも、葛西の『三度理論』からすると、あり得ないことである。被害者が三人揃ってたまたま病気を発症した、というのは糸原からしてみても考えづらい状況だ。


 であれば、やはり、今回の事件は殺人のように思えるが──。


 それでも疑問は残る。もし、殺人が目的なら、わざわざ危険を冒してまで拉致しなくとも、その場で手を下すことができたはずだなのだから。


 糸原は一つの可能性に行き当たって、ハッと顔を上げた。


「……暴行されたような形跡は」


 考えたくないことではあるが、その可能性について尋ねてみる。


 いいえ、と葛西が否定したので、糸原はホッと胸を撫で下ろした。


「状態が状態だけに、はっきりと判断することはできないそうですが、その可能性は低いだろうとのことでした」


 そうですか、と糸原は頷いた。しかし、そうなると、ますます犯人の目的がわからない。


「私の印象ですが」と葛西が眼鏡を人差し指で正して言った。


「犯人は、被害者たちを殺すつもりはなかったように思えるのです」

「殺すつもりはなかった、ですか……」

「犯人の遺体の扱いには、愛情を感じます」

「愛情?」

「ええ。愛情といっても、小児性愛のような性的な意味ではないですよ。人間に対する愛情みたいな……亡くなった方の尊厳を守るような姿勢を感じたのです」


 糸原は、遺体の発見状況は分からないので、葛西の感覚には同意が出来ない。


 それを察したように、例えばですが、と葛西は続けた。


「遺体は毛布に包まれていました」

「毛布に?」


 それは初耳である。新聞には載っていない情報だ。


「はい。洗濯の行き届いた、綺麗な毛布です。それから、ドライアイスも添えられていました」

「ドライアイス……」

「おそらく、遺体の腐敗を抑えるのが目的なのでしょう」


 それも、初耳だった。ドライアイスは病院では治療などでわりと使われるものだが、一般人が手に入れるとなると、なかなか難しい代物だ。

 ドライアイスの販売業者なりを当たれば、すぐに足がつきそうなものだが。


「当然、販売業者に確認はとりましたが、今のところ手がかりに結びつく情報はありません」


 糸原の心の声に答えるように、葛西が言った。やはり、葛西には考えを読まれている気がする。


「私が気にしているのは、遺留品の多さです」

「遺留品の多さ?」

「捜査では、遺留品が多いほど犯人に繋がりやすくなります。ですから、犯人側も普通なら遺留品を残さないように気をつけるものなのですが……」

「この犯人は、逆の行動を取ってまで、遺体の状態に気を遣っている」


 糸原はハッとして、気づいたことを口にする。


 そのとおりです、と葛西が頷いた。


「自分の犯行を隠すことよりも、明らかに遺体の方を気にかけていることが分かります」


 だから、愛情を感じる、ということか。


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