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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
野辺送りの参列者
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「ええ。ついに先程連絡がありました。──鑑定の結果、血液は廉くんのものだったそうです」


 葛西が笑みを消し、告げる。そうですか、と糸原は答えた。


「驚かれないのですね」

「まぁ、何となくそう思ってましたので」


 駐車場に現れたのが廉なのでは、という疑念は、彼が病室に侵入したことにより確信へと変わっていた。血液鑑定の結果は、それを裏付けただけでしかない。


「出血量を考えると、亡くなっていてもおかしくないとのことでした。ですので、警察としては、廉くんの遺体も含め、捜索することになるとは思いますが……」


 そう言って、チラリと糸原の様子を窺う。


「ただ、昨夜の侵入者が、廉くんだったとなると、話は変わってきますね」


 そうですね、と糸原は頷いた。


「──廉は、被害者ではなく、容疑者の可能性が高くなった、ということですよね」


 今までは廉が姿を現さない理由を、亡くなっているからとか、監禁されているからとか、想像する事ができた。


 しかし、瑞樹の病室に廉が侵入したとなれば、それらの理由は成り立たなくなる。


 現に、廉は生きていて、自らの意思で動ける状況にある。そして、そうでありながら、姿を現さない理由。それは、彼自身の事情──彼が父親を殺害し、逃亡しているという可能性──によるものと推測できた。


「一つ、提案なのですが」


 葛西はニコリと笑った。


「この事は、捜査本部には内緒にしておきましょう」

「は?」

「えっ?」


 糸原も藤田も予想外の提案に、素っ頓狂な声を上げる。


「何言ってるんですか、葛西さんっ。そんなの駄目に決まっているじゃないですかっ」


 糸原より早く我に返った藤田が、葛西を咎めた。


「何故ですか?」

「え?」

「何故、内緒にしてはいけないのでしょう」


 葛西は至って真面目な顔で、藤田に理由を求めた。


「いや、だって、大事な捜査情報ですし……」


 藤田は常識だと思っていたことを改めて問われ、要領の得ない答えを返す。


「しかし、私たちが黙っていたところで、優秀な鑑識の方は、いずれ廉くんに辿り着きます」

 

 たしかに、と糸原は思った。


 昨夜、廉は侵入の際に傷を負った。激しく出血していたので、病室に残る血液を鑑定すれば、難なく廉に辿り着くことが出来るだろう。


「だけどっ」と藤田が更に言い募ろうとするのを、葛西は右手で制して、続けた。


「廉くんが生きていようといまいと、捜索はされるのです。私たちが情報を隠したところで、何も変わりはありません」

「まぁ、それはそうですが……」

「それよりも嫌疑もはっきりしないうちに、容疑者扱いするのは、どうなのでしょう」


 葛西の問いに、藤田は沈黙した。


「廉くんのことを捜査本部に報告したとすれば、被疑者まではいかなくても重要参考人として扱われるのは確実でしょう。年端もいかない子供をそのように扱うのは、私としては本意ではありません」


 キッパリと言い放った葛西に、「……わかりました、黙ってます」と藤田は渋々了承した。


「申し訳ありません。わがままに付き合っていただいて」と藤田に笑いかけ、それから、「糸原さんはいかがですか?」と問うた。


 糸原にしてみても、既に警察に情報を隠した身だ。葛西のことを非難することはできない。なにより、この提案は葛西なりに廉のことを考えたものなのだ。


「わかりました」


 素直に申し出を受けることにした。


「ありがとうございます」


 葛西は綽々と頭を下げた。それから、ふと思いついたように、「それにしても、奇妙な話ですよね」と呟いた。


「何がですか?」

「いえ、廉くんが命に関わるような怪我をしているのは状況から判断して、明らかです」

「ええ、そうだと思います」


 糸原の答えに、葛西は首を傾げた。


「そんな状態のまま、壁を登るなんてことは可能なものでしょうか?」


 もっともな疑問である。


「……まず、無理でしょうね」


 答えながら糸原は、笹本から託された、あのファイルに出でくるマウスを思い出していた。


 瀕死の重傷を負いながら、翌日には傷が回復した『MA1』。その状態が、今の廉に起こっていたとしたら。亡くなってもおかしくないほどの怪我を負いながら、昨夜病室に現れたのも納得がいく。


「何か思い当たることでもありましたか?」


 目敏く糸原の変化に気づいた葛西が尋ねる。しかし、糸原は、いえ、と首を横に振った。


 まだ何か物言いたげな葛西に、「申し訳ありませんが、そろそろ参列の方がいらっしゃる時間ですので」と暗にお引き取りをお願いする。


 話に夢中になって忘れていたが、時刻は午前十時を回っていた。葛西も自身の腕時計を確認した。

「そうですね。いい時間ですね」と葛西は頷き、懐から袱紗を取り出した。

 そして、受付の前に改めて立ち、「この度はご愁傷様です」とかしこまって香典を差し出す。それに藤田も倣った。


 一通りの手続きを終え、葛西は藤田に式場の中に入るよう指示をした。そして、自らは糸原の隣に立つ。


「何ですか、葛西さん」


 ギョッとして、糸原は葛西に尋ねた。


「お一人では、大変でしょう? お手伝いさせていただきます」


 葛西は和かに告げる。


 本来、葬儀の受付は複数人で行うものだが、あまりに急だったので、人手の確保が間に合わなかった。通常であれば、ありがたい申し出ではあった。


 しかし、葛西のことだ。何か下心があるに違いない。糸原は警戒して葛西を見つめた。


「ついでに、参列者の様子も見たいので」


 すんなりと目論見を暴露し、悪びれることなく、ニコニコと葛西は言った。


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