18
「お母さんやお兄ちゃんを助けるためには、僕の協力が必要なんでしょ。僕、まだ大丈夫だから。元気だから。早く、お母さんとお兄ちゃんを見つけてよ」
真摯な眼差しで葛西を見つめた。葛西はフッと息を吐き、糸原に視線を向けた。
「いかがですか、糸原さん。まだ瑞樹くんは大丈夫だそうですが?」
「そうですね……。本人がそう言うのであれば、どうぞ続けて下さい」
「分かりました」と葛西が再び椅子に腰を下ろす。
「それでは、先程言っていた、二人の男の人についてですが。……その方々の特徴は何か思い出せますか? 例えば、年齢や髪型などはどうでしょう?」
「えーとね、後から来た人はよく分かんない。帽子被ってたから。でも、身長は糸さんくらいだったと思う」
「そうですか。では、もう一人の方はどうでしょう?」
うんとね、と瑞樹は部屋の中に居る三人の大人を見比べる。
「……年齢は糸さんくらい。それから髪型も糸さんみたいだった」
「おやおや」と葛西がニヤニヤしながら糸原を見た。
「やはり、糸原さんも容疑者リストに入れておかないといけないようですね」と冗談めかす。
真に受けた瑞樹が「違うよ。糸さんじゃないよ」と葛西を非難した。
「葛西さん、駄目ですよ」
それまで、大人しくメモ係に徹していた藤田が、呆れた顔で葛西を諫めた。手帳を閉じ、瑞樹に向き直る。
「ごめんね、瑞樹くん。葛西さん、少し意地悪なんだ」
「そうなの?」と瑞樹が首を傾げ、葛西を見つめる。
「そうなんだ」
すかさず藤田は答え、葛西はバツが悪そうに肩を竦めてみせた。
「糸原さんのことは、僕たち、全っ然っ、疑ってないから、安心して。それより、他に覚えてることがあったら、教えて欲しいんだけど」
それに「いいよ」と瑞樹は笑顔で答える。
「それじゃあ、早速」と藤田はソファーから立ち上がり、ベッドの足元へ移動する。それから、フレームに手をかけてしゃがみ込んだ。
そうする事で、瑞樹と視線を合わせているのが分かる。藤田の瑞樹に向ける視線は、優しく、温かい。
随分と子供慣れしているな、と糸原は感心した。
「えーと、おじさんの顔は覚えてる?」
瑞樹は眉間に皺を寄せ、一生懸命思い出そうとする。
「……うーんとね、顔は普通」
「普通か……。普通ってことは、眼鏡は掛けてなかったのかな?」
「うん。あと、身長は、お兄ちゃんくらい」
そう指摘されて、藤田は自分を指差した。
糸原の身長は百七十八cmで、藤田はそれより五cmほど低いから、百七十二、三cmだろうか。
「糸原さん、どうですか? 心当たりありますか?」
藤田が糸原を見上げ尋ねる。
「そうですね……」と糸原は首を捻った。
年齢が同じくらいで、身長が百七十cmほどの眼鏡をかけていない、黒髪でショートヘアの男。
ありふれた人物像である。病院の中だけでも当てはまる者はかなり居そうだ。
「ちょっとそれだけで絞り込むのは難しいですね」
糸原はお手上げだとばかりに肩を竦めた。
「──それでは、西城大学病院に関わる人間ならどうでしょう」
葛西が眼鏡を指で押し上げ、鋭い眼光を向ける。
「西城大学病院……。確かに、そうですね」
糸原の言葉に、葛西はコクリと頷いた。
「今回の件は、突き詰めていくと、必ず『西城大学病院』という壁にぶつかってしまいます。それはつまり、そこが深く関わっている可能性が高いということでもあります。ですから、そちらの関係者をあたるのが妥当な方法なのではないでしょうか」
その意見はもっともだ、と糸原も思う。
葛西に言われた通り、記憶を思い起こしてみる。
とは言え、西城大学病院に関係のある知り合いなんて、医学部時代の友人や同期、先輩後輩くらいで、対して多くはない。その中から瑞樹の証言通りの人物を抜き出すと、片手で足りるくらいしか残らない。
しかし、だ。
「私の知っている人間が、部長の関係者だと限りませんよね?」
思いついて口にする。確かに、と葛西は頷いた。
「しかし、糸原さんに年齢が近いという点から、糸原さんの知人である可能性も捨てきれません。可能性を一つひとつ潰していくためにも必要な作業です」
そうですね、と糸原は頷いた。
「だとすれば、大体の目星は付きましたが」
糸原は、葛西に次の指示を仰いだ。
「では、その中に奥様に関係のある方はいらっしゃいますか?」
「妻に、ですか?」
糸原は目をパチクリとさせた。
「はい」と葛西はいつもの和かな顔で答える。
「ええ、いますが……。何故ですか?」
訝しんで尋ねる糸原に、相も変わらず、ニコニコと葛西は笑顔を浮かべる。
「ただの勘です。もしかしたら、いらっしゃるのかなぁ、というだけのことです。……でも、本当にいらっしゃったのですね」
最後の方は、少し語調と目つきが変わった。
「失礼ですが、その方のお名前をお聞かせ頂けますか?」
糸原は一瞬戸惑った。告げ口みたいだ、と思ったのだ。しかし、隠していてもいずれ調べられてしまうのであれば、捜査が進展するよう話した方がいい。
「……大道です。大道裕貴」
「大道って」
その名前に誰よりも早く反応したのは、藤田だった。
「由佳さんの元カレですよね」と息巻く。
「おや、藤田くんはご存知でしたか」
葛西は藤田の剣幕に興味深げな声を上げた。
「あいつ。──大道は、礼儀知らずの最っ低な奴です」
藤田は憤慨した。
「どんな風にですか?」
藤田の気勢とは裏腹に、葛西は至って冷静に尋ねる。
「どんな風にってなんですか?」
藤田は面食らって、聞き返した。
「何の根拠もなく人様のことを礼儀知らずとか最低などと言うのは感心しません。何故、そう思ったのかを教えて頂きたいのです」
「それはっ。……あいつが由佳さんのこと、振ったからです」
途端に、葛西が白けた顔をする。
それが? と言わんばかりの視線を藤田に向けた。