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満月に狂う君と  作者: 川端睦月
あの夜の真相 —瑞樹side—
17/61

16


「……ニノ方」


 瑞樹の病室には、さっき帰ったはずのニノ方がいて、糸原は唖然とする。


 ベッド代わりにもなるソファーに腰掛け、コンビニ弁当を美味しそうに頬張っている。隣には、刑事の藤田が肩身が狭そうに座っていた。


「帰ったんじゃないのか?」

「帰ろうと……思ったん、ですけど……」


 口をもぐもぐと動かしながらニノ方は言う。口に詰め込みすぎているせいで、何を言っているのか分かりにくい。


「ごめんなさい、晴人さん。私が呼んだの」


 ニノ方に代わり、由佳が助け船を出した。窓際に佇み、申し訳なさそうな顔をしている。


「瑞樹くんが目を覚ましたから、ナースコールで看護師さんに知らせて。そしたら、ニノ方さんが診察しに来てくださって……」


 それはニノ方が勝手にやって来たというのでは、と思ったが、口にしないでおく。


「徹夜でお疲れのところ、ありがとうございます」とベッド横の椅子に腰掛けた菜緒子が頭を下げた。


 女性二人からちやほやされ、ニノ方は満足げだ。


 しかし、個室とは言え、狭い部屋に子供一人と大人六人が収まっているのだから、窮屈この上ない。互いの居場所を求めるのにも一苦労である。それでも、朝とは違う賑やかな病室に、糸原は目を細めた。


「大丈夫かい、瑞樹くん」


 ベッドで身体を起こし、ちょこんと体育座りをしている瑞樹に声を掛ける。点滴はもう外れていた。


「うん」と瑞樹は笑顔で答える。


「由佳ちゃんがいるから大丈夫っ」


 そう言って、由佳を振り返る。由佳は瑞樹の頭を撫で、ニコリと笑い返した。


「……いいっ」


 心の声ダダ漏れで、ニノ方と藤田が由佳をじっと凝視する。


 何を考えているかを想像すると、ちょっとしたカオスだ。


 糸原は苦笑いし、瑞樹の傍へと移動した。


「少しだけ診察させて」


 声をかけ、脈の確認と顔色を観察する。顔色は昨夜に比べると、断然良くなった。顔の表情も俄然明るい。


「問題ないようだね」


 糸原はニコリと笑って瑞樹の頭をガシガシと掻き回した。瑞樹は子供らしく声を上げて笑う。


「そういえば、由佳も菜緒子さんもお昼は食べました?」


 瑞樹と戯れる手を止め、どちらともなく尋ねた。


「そういえば、まだでしたね」と由佳が菜緒子に同意を求める。菜緒子も頷いた。


「それなら食堂に行ってくるといいですよ。……ニノ方、案内を頼む」


 まだ弁当を掻き込んでいるニノ方に呆れながら指示を出す。


「は、はいっ」


 ニノ方はソファーから飛び上がると、弁当のカラをレジ袋に入れ、隣の藤田に渡した。藤田は目を丸くしながらも、それを黙って受け取り、ソファーの片隅に置いた。


「それでは案内しますので、僕の後に付いて来てください」


 なぜか得意げに胸を張るニノ方に、由佳と菜緒子は顔を見合わせ笑う。


 やはりニノ方は女性を癒す能力を備えているらしい。


「それでは、お言葉に甘えて」と菜緒子が立ち上がる。それに由佳も従い、ニノ方と共に病室を出て行った。


 途端に、室内は静まり返る。瑞樹はつまらなそうに病室のドアを見つめた。


「さて」と葛西が口を開いた。


「糸原さん、瑞樹くんに少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」

「いいかな、瑞樹くん?」


 念のため、瑞樹に確認を取る。身体的には大丈夫な状態ではあるが、本人が嫌がる事は極力避けたい。


 瑞樹は初めて見る二人の男に不安そうな表情を浮かべた。


「この人達は、西城警察署の刑事さんで、お父さんの事件を調べているんだ」


 糸原はフォローを兼ねて二人を紹介する。


「右から葛西さんと藤田さん」


 葛西と藤田を順番に手で示す。


 藤田は、ソファーから立ち上がり、「よろしくお願いしますっ」と元気良く頭を下げた。


 葛西はベッドサイドに移動し、「よろしくね、瑞樹くん」と和かな顔で瑞樹に手を差し出した。


 瑞樹は戸惑いながらも握手を交わす。


「少しだけで構いませんので、お話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 葛西は改めて瑞樹に尋ねた。彼は緊張しながらも、コクリと頷いた。


 ──とりあえず、第一関門はクリアしたようだ。


 糸原はホッと息を吐いた。それから、「どうぞ」と葛西に椅子を勧める。


 ありがとうございます、と礼を述べ、葛西は椅子に座った。


「答えにくい事は答えなくても結構です。答えられる範囲で構わないので、教えて下さると助かります」


 椅子に座るなり葛西は、いつものバカ丁寧な物言いで話し始める。


 糸原は窓辺のヘリへ寄り掛かり、二人の会話に耳を傾けた。


「昨日の夜ですが、瑞樹くんの家で何があったか覚えていますか?」


 瑞樹はおずおずと頷いた。


「その話をしてはもらえませんか?」


 葛西の問いに、瑞樹は顔を歪める。それから、折り曲げていた膝にポスッと顔を埋めた。


「だめですか……」


 葛西は肩を竦めて、糸原を見上げた。


「……きのう」


 しばしの沈黙の後、不意に瑞樹が口を開いた。


「昨日、一階がうるさかったんだ。……だから僕、様子を見に行ったの」


 泣いているのだろうか。瑞樹の身体が小さく震えているのが分かった。


「それは、何時くらいのことか分かりますか?」


 瑞樹は首を横に振った。


「一階に行ったら、お父さんとお母さんが倒れていて……」


 瑞樹の声が所どころ掠れる。


「知らないおじさんが、お父さんのこと助けていたの」

「……瑞樹くんは、そのおじさんがお父さんのことを助けているって、どうして分かったのでしょう?」


 『知らないおじさん』という言葉に糸原も藤田も色めき立ったが、葛西は特に触れることなく続きを促す。


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